漁る魔王さま
連絡艇がやってきて、アイン達の前で着陸し、乗り込んだアイン達がまず行ったのは連絡艇内の調査という名目での家探しである。
これには主目的である今回の攻撃に関する情報を探すこと以外に、二つの目的があった。
一つはこの連絡艇自体が何かしらのトラップではないか、ということを調べるということ。
これは最初から敵勢力に鹵獲されることを見越して、連絡艇に盗聴器や位置を知らせる発信装置の類。
あるいは自爆装置などが設置されていないかどうかを調べ、連絡艇自体を安全に使用できるようにするためのもの。
そしてもう一つの目的は、連絡艇とは言えこれは人族の超銀河聖皇帝国の正規軍の装備であり、軍の機密に関するものが得られるのではないかと期待できるというものである。
「どんな感じだ?」
近くに着陸してきた連絡艇に乗り込んですぐに、アインとクロワールはそれ程広くはない艇内を、やたらと手際よく漁り始める。
「えーと……」
シオンはれっきとした子爵という貴族の出であり、半ば盗賊に近いような行為に関してはさすがに育ちの良さが出てしまうのか手伝えることがない。
しかし貴族より地位としてはずっと上のはずの魔王が、妙に手際がいいのはどういうことなのだろうかと疑問に思う。
ついでに操縦席に座ったままぴくりとも動かない土気色の肌をした兵士達について、どういう状態にあるのかも気になってしまい、どの疑問から解消したものかと迷ってしまった。
その間にもアインとクロワールは手分けして、連絡艇内に残されている物を漁りだしていく。
「陛下。軍のレーションがありマシた。つまみながらドーゾ」
「菓子みたいだな。口の中がぱさぱさするぞ。こんな物を食って戦争なんぞやっていられるのか?」
「人族国家のレーションは四ヶ国の中で一番不味くて不人気デス。運搬効率とカロリーしか見ていないのデス。味は度外視デス」
クロワールがアインへと差し出し、アインが一つつまんで口にして、とても嫌そうな表情になった代物は、シオンも何度か見たことのある人族の軍用糧食であった。
見た目は焼き固めたクッキーのような感じなのだが、魔王が嫌そうな顔をするくらいには不味く、口の中の水分を全て吸い尽くすくらいぱさぱさしている。
ただでさえストレスのたまる戦場で、こんな物など食えたものではないだろうにと思うアインなのだが、クロワールが調べたところによると人族の兵士の間では、戦場を感じさせる味として、それなりに好評なのだと言う。
「あいつら、頭おかしいだろ?」
「頭の方はドーカ分かりませんが、味覚はきっとおかしいデス」
「食料を粗末にはしたくないが……さすがにこれは」
「デスが、これ二個と水がコップ一杯で一食分のカロリーと栄養素が摂取できるそうデス」
「研究用にいくつか持っていくか?」
味の酷さは魔王を唸らせる程であったのだが、運搬効率の方は魔王を驚かせるくらいのものであった。
掌に乗せても余るくらいの大きさの物を二つ食べるだけで、一食が済んでしまうというのであれば、味の酷さを考慮したとしてもメリットが上回るような気がしてしまう。
「止めた方がいいと思いますよ?」
遠慮がちに口をはさんだのはシオンだ。
「我々の糧食は四ヶ国中で最も美味なものとして知れ渡っています。今更そんなのに切り替えてしまったら、兵の士気は底をつくかと」
「だろうなぁ」
戦場における食料は、それくらいしか楽しみがない場合が多く、兵士達の士気に多大な影響を与えることが多い。
最初から不味い糧食を食べさせられていれば、こんなものかと諦めもつくのかもしれないが、四ヶ国一美味いという評判のものから最低ランクのものへと切り替えれば、兵士達からの反発を受けることは当然のことで、軍の士気は底値まで落ちることだろう。
「非常用にならなんとかなるだろ」
「軍用糧食を食べる状態がすでに非常事態だと思うのデスが」
そう言いながらもクロワールは、連絡艇の中にあった軍用糧食を自分が操る影の中へと放り込んでいく。
「こっちには軍用暗号の解読表とかあったんだが」
「何故そんなものが連絡艇に?」
「解読方法が覚えきれなかった、とか?」
まさかそんなことはないだろうとアインとシオンは顔を見合わせるが、アインが言った理由以上のものが思いつかずにお互いに戸惑ってしまう。
「古いバージョンの奴か? 現状では全く使い物にならない、みたいな」
暗号とは常に隠す方と暴く方とのいたちごっこであるとアインは聞いていた。
だからこそ隠す方は、暴く方に追いつかれないように暗号の形式をバージョンアップすることで、古い解読方法では読み取れないようにし続けるのだ。
バージョンアップ後の古い解読表であれば、参考にはなるかもしれないが秘匿しておくほどのものでもないのかもしれないと思ったアインの言葉は、アインから解読表を受け取ったシオンの言葉によって否定された。
「これ、発行日時が一昨日のものですから、おそらく最新版です」
いくら暗号の解読方法を更新し続けていると言っても、毎日新しいものに変えられてしまっては現場が混乱してしまう。
人族の軍がどのくらいの頻度で解読表を更新するのかアインもシオンも知らなかったが、一昨日発行されたものならば、ほぼ最新版とみて間違いない。
「これは思わぬ収穫でした。後で情報局の方へ送っておきましょう」
「首尾よく帰れたらな」
アイン達がそんなものを手に入れたということが人族側にバレたのならば、死に物狂いで取り返しに来ることが予想できた。
今回の目的は別にこれではないので、最悪な状態になりそうならば返却してしまってもいいかと考えながら、アインはクロワールに問いかける。
「どんな感じだ?」
「物理的なトラップは無しデス。連絡艇の操縦システムにいくつかトラップがありマシたが、脅威度は並みか並みより下。全て対処済みデス」
「情報は?」
「これと言ったものは特にないデス」
「となると。やはりこいつの母艦にお邪魔するしかないな」
「気は進みませんけれども」
止めても行くんだろうなと苦笑するシオンに頷きを返すと、アインは死人の様相を呈している兵士達に、連絡艇をその母艦まで飛ばすように命令するのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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覚書のようなコロナのその後。
熱は平熱まで下がったのですが、咳が抜けず、倦怠感も継続中。
特に咳がしつこいです。一月くらい継続する人もいるのだとか。
皆様もお気を付けの上、ご自愛ください。




