暗躍するメイドさま
クロワールが使用している魔術は、影から影へと渡るものだ。
これの上位魔術として完全に空間を渡るものがあるのだが、どこからでも消えてしまえるそれと違って影のある所にしか渡ることのできないクロワールの魔術は、アインからしてみれば移動先がどうしても限られてしまうため、あまり使い勝手のいいものだとは思っていなかった。
しかし、この魔術を使いこなすクロワールの姿を見て、思っていたよりは使える魔術だったのかもしれないと考え直す。
それくらいにクロワールの手並みは鮮やかなものであったのだ。
一人の兵士が、影から突き出された小剣の刃に足のふくらはぎを刺される。
驚きを痛みに悲鳴を上げつつその兵士があおむけに倒れると、周囲の兵士達の注意がそちらへと向く。
思わず駆け寄ろうとした兵士が、右足にしびれのようなものを感じつつ体勢を崩して前のめりに倒れ、慌てて立ち上がろうとして右足の膝から下がなくなっていることに気が付いて呆然とし。
助けを求めようと周囲を見回すと、最初にあおむけに倒れた兵士の首から勢いよく真っ赤な噴水が上がるのを目撃。
周囲に飛び散る真っ赤な飛沫に味方が右往左往する光景を目にした兵士は、次の瞬間には背後から伸びてきた手に口をふさがれ、脇腹から腎臓の辺りまでを一突きにされて絶命。
仲間が次々にやられていく状況に耐えきれなくなった兵士が、闇雲に銃を乱射し始める中で、銃火を反射して閃いた刃が、数人の兵士の首を的確に抉る。
くぐもったうめき声と共に噴き上がる赤い血は、周囲に鉄錆に似た匂いを振りまきつつ瓦礫や地面を赤く染め、それを目にした兵士の内の何人かが恐慌状態に陥って装備していた銃を、奇声を上げながら乱射し始めた。
「もろいな」
「それはまぁ、人族ですし?」
「物理的にではなく、精神的にという話だ」
見えない敵と、次々に殺されていく味方。
このたった二つの要因だけで、あっさりと人族の兵士達は組織的な動きができなくなってしまっている。
とてもではないがアインの認識からすれば、戦場へ連れていけるような者達ではない。
そんなことを考えつつ、物陰に隠れているアインとシオンの所に、返り血一つ浴びていないクロワールが現れる。
「陛下。ご報告が二つデス」
「言ってみろ」
「一つ。敵方に援軍デス。この都市近辺に何チームか降下しているみたいデスが、ここに集結しようとしているっぽいデス」
それは仕方がないなとアインは思う。
惑星上に降下してきた彼らは何らかの作業を命じられているのだろうが、それが全く実行されていないチームがあった場合、何をしているのかと他のチームが確認しに来ることは当然なことである。
ただ援軍の存在は、クロワールからの報告を受ける前にアインも察知していた。
能力的に魔王はクロワールよりずっと上なのだから、余程のことかアイン自身に全く関心がないといった状態でない限り、クロワールが気づけたことを魔王が気づいていないわけがない。
そしてそのことを理解していないクロワールではないのだが、それでもわざわざ報告に来たのは、この場で唯一敵方の援軍に気づいていないシオンのためなのだろうとアインは考えた。
「迎撃は?」
「敵方の装備次第デスが、可能だとは思いマス」
クロワールが持つ武装はその手に握る小剣一本だけなのだが、それでも相手の武装が今しがた交戦していた奴らと同じくらいであるならば、どうとでもできるだろうとクロワールは判断していた。
もし相手の武装が自分の予想を遥かに超えて高性能なものだったとしても、アインという存在がこちらにいる以上、酷い敗北にはつながらないだろうと言う余裕もある。
「それなら一定数を残して殲滅だな」
「一定数デスか? 何人くらいデス?」
捕虜など取ってどうするのかという思いはあるものの、魔王の指示とあればこれに従う以外の選択肢はクロワールにはない。
ただ数を指定するならば、はっきりとした数字を示して欲しいと言う思いから聞き返したクロワールは、アインはちょっと困ったような顔をして尋ねた。
「連絡艇って、何人くらいいれば動かせる代物なんだ?」
「免許持ちが二人いれば動かせるはずデス」
航宙艦に比べれば、連絡艇は非常に小さい。
そして小さいなりに必要とする人員も少なくて済む。
本来の連絡艇が必要とする人員は正副の操縦士と機関士、それに無線やレーダーを担当する通信士の四人一組なのだが、エンジン関係にトラブルが起きていないものとして、通信士を副操縦士が兼任することにより、二人いればどうにか飛ばせることになっている。
「それなら三人残せ。不慮の事態を考えても一人分の余裕があれば十分だろ」
「ちなみに、私もシオン様も連絡艇の操縦は一応できマスが?」
今の理屈で言うならば、敵方を全滅させてしまったとしてもシオンとクロワールがいれば事足りるということになる。
言外に、それでも捕虜を取りますかと尋ねたクロワールだったのだが、アインの考えは変わらなかった。
「奴らの連絡艇だ。奴らに動かさせた方が何かと都合がいい」
「仰せのママに」
何かしらアインには考えがあるのだろうと考えれば、それ以上何かを言う必要はなく、そっと頭を垂れるクロワールへ、アインは続けて尋ねた。
「報告は二つだったな?」
「その通りデス、陛下」
頷いてからクロワールはその場にしゃがみ込むと、自分の足下の影へ右手を無造作に突っ込む。
本来は地面であるはずの所へ、何の抵抗もなく手を突っ込んだクロワールは、何か相当重い物でもつかんだのか、軽く歯を食いしばりながら顔をしかめつつ踏ん張り、自分の影の中からぐったりとした人の体を次々に引っ張り出していく。
それは若い男ばかりが三人。
いずれも先程までクロワールが交戦していた相手側の人族だ。
「随分と物が入るんだな、その影」
「結構ギリギリデス」
上司であるサーヤならば、この何倍かの物を入れたとしても楽々運んで見せるのだろうが、クロワールにはこれが精一杯であった。
もっともアインが最初に捕まえてこいと言った人数は二、三人なので、十分役目を果たしていると言える。
「情報を搾り取って、こいつらが連絡艇の運転免許を持っていれば、これで十分だな」
「確認をお願いしマス。私は援軍を迎撃して来マスので」
そう言うとクロワールはその身を自分の影の中へと躍らせ、またアイン達の前から姿を消したのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
書き手への燃料と言う名のブクマ・評価・励ましの感想などお願いします。
今回の暗躍の使い方は間違っています。
でも、暗い所を跳躍しているので文字のまんまかとも思いマス。




