戸籍のない魔王さま
「科学とやらのおかげで世界が理解不能なくらいに広がったことは理解したが……魔術はどうなったんだ?」
自分が起きていた頃には影も形もなかった科学というものが人を地上から空を越えて宇宙とやらまで到達させたのであれば、魔術もまた自分の想像もしていなかった領域まで発展しているのではないか。
そう考えたアインの問いに、シオンは表情を曇らせて首を横に振る。
「陛下。陛下は私を見てどう思われますか? 見てくれの方ではなく魔術的に」
何か勘違いした評価を受ける前に釘を刺してきたシオンに、釈然としないものを感じながらアインは見たままを口にする。
「まるで魔力が感じられんな」
初代のシオンを知る身としては、目の前にいるシオンは本当にその血統に連なる人物なのだろうかと首を傾げてしまう。
それくらいに目の前のシオンは弱々しく見えた。
「その通りです。私がと言うよりは現在、宇宙のどこを探してもおそらく陛下の知るくらい満足に魔術を扱える人物はほぼいません」
シオンから告げられた言葉に、アインは言葉を失う。
魔族が魔族であるのは、魔術を扱う技術と人族よりもずっと長い寿命があってこそだ。
魔術の扱えない魔族など、無駄に長生きな人族と何ら変わりがない。
「い、一応。寿命は平均的に三百歳をキープしておりますが」
「口に出ていたか? しかし何故?」
魔術が廃れた原因はシオンにも分からなかったし、一時期はそれに関する調査や研究も行われてはいたのだが、これというはっきりとした原因は判明しなかった。
分かったことは本来、大気に満ちていたはずの魔力が薄れてしまっていたことと、魔力の減少傾向が、人が宇宙に進出し始めた頃から始まったようだということだけである。
「陛下はまだ、魔術が扱えるみたいですね」
アインが眠っていた封印の間をアインが出た時、アインは武装などしていなかったが壁などを破壊して出てきている。
魔力の感知などはできないシオンではあるのだが、アインが壁を破壊することができたのは魔術を使ったからだろうと察していた。
「あぁ使えるようだ。ただ俺の内包する魔力で行使しているから何度もは使えないし、回復できる見込みがあまりない」
大気中の魔力が薄いかほぼない状態では休息による魔力の回復が望めない。
基本的に魔力とは、呼吸で取り入れて体内に溜め込むものなのだ。
こうして取り込んだ魔力を体内魔力と言い、大気中の魔力を体外魔力と呼ぶ。
魔術は通常、体内魔力を呼び水として体外魔力を使うことにより発動するものなのだが、魔王と呼ばれていたアインくらいになれば体内魔力のみで魔術を行使することができた。
「寝ていた場所から出るのに一発撃ったからな……もう大きな魔術は使えないぞ」
「それは良かったような、残念なような」
「どういうことだ?」
残念というのはアインにも分かる。
相手が魔王だと聞かされていたと言うのに、起きて見たらその名前に見合うだけの力を有していなかったとなれば、それは残念であろう。
しかし、良かったという言葉が出てくる理由が分からない。
「魔王陛下が魔王としての力を有したまま復活されては、色々と大変そうじゃないですか。少なくとも確実に現在の魔王陛下からは睨まれますよ」
魔王とは魔族の王である。
現状、シオンが所属しているサタニエル王国という国が、魔族を主体としているものであるならば、魔王を有しているはずなのだ。
その魔王が二千年前の存在とは言え、自分以外の魔王がいることを知れば、何を考えるのかは分かったものではない。
「ちなみに魔王陛下は今でも魔王なのでしょうか?」
「俺が魔王でなくなるのは死んだ時だけだぞ?」
魔とはこの世のものではないものを指すこともある。
アインの持つ魔王の称号は他の魔王候補を下し、幾度となく勇者を倒してきたためにつけられた称号であり、たとえ一人の配下もいなくなってしまったとしても、アインは魔王であり続けるのだ。
「まぁ目に見えて何かが証明してくれるわけでもないがな」
「安心しました。見ただけで分かる何かがあったらちょっと困るところでした」
何が困るのだろう。
そう考えて首を捻るアインに、シオンは一つ咳払いをする。
「陛下。今は人一人が社会に存在するためには色々と、証明しなければならない情報があるのです」
二千年前には戸籍などと言うものはなく、人が増えようが減ろうが大した手続きは必要なかった。
しかし今では子が生まれれば情報を登録して国民として認可してもらう必要があり、死ねばその情報は消さなければならない。
つまり人一人が突然世界に現れたりしてはいけない世界なのだ。
当然、二千年前から眠っていたアインに戸籍情報などあるわけがなく、このままではまともに社会生活を送ることすらままならない。
「それは困ったな。適当に誰か始末して、そいつの戸籍とやらをもらうか」
「発想が魔王、というよりただの犯罪者です陛下。そんなことをしなくてもここは私の領地。一人分くらいの戸籍ならばでっち上げられます」
「それは犯罪とは言わないのか?」
「さぁ? 法律には疎いもので」
嘘である。
戸籍の偽造は明らかに犯罪で、しかも結構重い罪が課せられることくらい、まともな教育を受けて来ていれば誰でも知っていることだ。
ただこれには抜け道が存在する。
「私、一応王国貴族で子爵位にあるのですが、貴族には家の格に応じて騎士爵を授与し、戸籍を作ってしまうことが黙認されているのです」
「いい加減な法律だな」
「貴族への救済措置として制定されたものですので……それでその、これを適用するために必要な条件が一つありまして」
「何だ? 大概のことは受け入れるつもりだが」
穏便に自分と言う存在をこの世界に登録できるのであれば、余程のことがない限りは言われたとおりにするべきだろうと考えるアインに、シオンは急に顔を赤くしながらぼそぼそと言った。
「私の……その……私の婚約者になって頂ければと」
「いいのかそれ?」
それはどちらかというと、シオンの方が受け入れるかどうか迷うことなのではないかと思うアインであった。
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