隣国の王子がやってきた
アッシュが帰ってから私はパパの領地でのんびりと過ごした。
辺境で貧乏な領地なので領民の数は1000人にも届かない。
田舎でお金持ちではないが、物々交換で生活は快適だ。
今日もマリンと一緒に治癒魔法を使って領地を回る。
治癒でお金は取らないが、後で皆が野菜などを届けてくれる。
「お姉さまのお顔が大分明るくなりましたわ。こけていた頬も元に戻ってきましたの」
「皆のおかげよ」
「お姉さまがあそこまで弱るなんて、よっぽどですわ」
そこに小さい子供が私に声をかける。
3才ほどの女の子。
話しかけてくることは珍しくない。
田舎ではお互い協力しなければやって行けないのだ。
人間関係は密になる。
「いちゅしおんさまとけっこんしゅるの?」
『いつシオン様と結婚するの?』って言った?
そもそもどうしてシオン様の名前を知っているの?
それになぜ結婚する話になっているのか?
おかしい。
私はしゃがんで子供に目線を合わせた。
「どうして私が結婚すると思ったのかな?」
「しおんさま、おはな、かってた」
「う~ん、分からないわ」
そこに母親が入ってくる。
「レア様、さっきシオン王子がこの領地でお花を買っていったのよ、レア様にプロポーズすると言っていたから、もう屋敷に着いているはずよ」
「お姉さま、すぐ屋敷に戻りましょう!シオン様のプロポーズが待っています!」
「で、でもまだ治癒で予定の所を回っていないわ。それに何かの間違いかも」
「お姉さま、物事には優先順位というものがありますわ。今すぐ向かうのです」
「レア様、早く行かないと!」
何故か子供のお母さんも子供を抱っこして後についてくる。
私はこうして屋敷に戻っていくが、戻る途中皆に応援されたり声をかけられ続けた。
そして何人か後ろについてくる。
「レア様、シオン様はイケメンだったわ!」
「レア様、結婚おめでとう!」
もう噂が広まってる!
しかも途中から結婚する事に変わってる!
早く噂を止めないと!
屋敷の前に戻ると、大人になり、印象の変わったシオンが居た。
アッシュを始め数名の護衛が後ろに控え、アッシュが手を振った。
それはいいとして、周りには領民が集まって成り行きを見守る。
シオンが近づいてくる。
南の隣国、ホワイト王国の王子。
黒い髪と黒い瞳、子供の頃と変わらない笑顔にドキッとする。
私より2才上の20才。
全属性の攻撃魔法を使いこなし、剣の腕も良く領地の統治能力も高いと評判らしい。
万能と言われている。
シオンは私の耳元でささやく。
「話がしたい。ここより屋敷の中に行こう」
記憶にあったシオンの声よりずっと低くて少し驚く。
体の中に響くような声にドキッとする。
もうすっかり大人だ。
シオンは周りを見渡す。
「そ、そうですね。みんな見てますし」
その隙にマリンが屋敷前の塀の扉を開けてもらい、屋敷の入口の扉も開ける。
「どうぞ。お入りください」
マリン、あの子は頭が良くて先回りしすぎる所がある。
屋敷に入ると残念そうに領民が帰っていった。
「告白、見たかったわ」
「あのまま告白でも良かったのにな」
良くない!
良くないから!
あんな囲まれた中じゃ恥ずかしすぎる!
それに告白されるって決まってるわけじゃないし、うん。
シオンは遊びに来ただけ。絶対そう。
◇
「好きだ。結婚してほしい。一生大事にすると神に誓う」
私はシオンに花束を渡され、告白された。
そして部屋にはマリンと護衛のアッシュだけではなく、他の護衛と屋敷のメイドも一緒に見守っていた。
最初は私とシオンだけで話をする予定だったが、マリンが「わたくしはお姉さまの運命を見守る役目がありますわ」と言ってその後アッシュが「それを言うなら俺も見守るぜ」となり、その後他の護衛やメイドも全員この場から離れない。
もちろん私は抵抗した。
「ねえ、マリンが引き下がれば皆納得して引き下がるわ」
引き下がって!
お願いだから!
「わたくしにはお姉さまを見守る役目がありますわ」
「気になって仕方がないっていう顔してるわよ」
「そんな事はありません!わたくしは役目を果たすだけですの」
「マリンと一緒にいる時間が長いから目を見れば大体考えが分かるのよ」
「なんのことですの~?」
「なあ、日が暮れちまうぜ」
アッシュがせかす。
「レア様!このままでいいじゃないですか!」
メイドが割って入ってくる。
「見られるかどうか、そりゃあ二の次じゃねえか?」
料理人も割って入る。
みんな何なのよ!
ただ見物したいだけだよね?
娯楽が少ないからって私たちで楽しもうとするのはやめて欲しいわ!
恥ずかしいじゃない!
「我らには王子を守る使命があるので目を離すわけにはいきません」
そう言いながら楽しそうに見ているシオンの護衛。
こうして周りの抵抗はかなり抵抗が激しく、今に至る。
まさかこんなにストレートに告白されるとは!?
シオンの手がわずかに震えていた。
私からずっと目を離さない。
幼い頃の優しいシオンを思い出す。
怖いけどそれでも勇気を出して言ってくれた。
嘘は……言えない。
「ねえ、私はこの国の王子から駄目だと言われ続けて来たわ。自信が無いの。もちろんシオンの事は良く思っているわ。だけど、すぐに結婚というのは……怖いの」
「そう……か」
シオンががっくりと肩を落とす。
「ま、待つのですわ!レアお姉さまはシオン様の事を良く思っているとおっしゃいました。でしたら、結婚を前提にお付き合いしてみるのはどうでしょう?それにお姉さまは今ダイグ王子に婚約破棄されたとはいえ危険なお立場に居ます。シオン王子とお姉さまがお付き合いをする事で、もしダイグ王子が婚約破棄を無効にすると言った場合にシオン様はお姉さまを守る盾となりますわ!ダイグ王子とお姉さまが寄りを戻す事になれば、お姉さまは殺される可能性がありますの!話を聞く限りダイグ王子は危険ですわ!」
マリンが12才とは思えない大人な発言をする。
そしてすごい饒舌。
「シオン様を盾にするのは、ダメよ」
「お姉さま、そのように気遣いを重ねていたら不幸になりますわよ」
「レア、いいから守られとけ、シオンはレアを守りたいんだ。な?シオン」
アッシュがシオンに目線を送った。
「私に守らせてくれ。レア」
シオンが私の両肩に優しく手を置く。
大人になったシオンに触られて胸が高鳴る。
「あ、は、はい」
私は、はいと答えてしまった。
「「うおおおおおお!」」
周りが盛り上がって騒がしくなるが、私は緊張して頭が真っ白になっていた。
◇
私は疲れてマリンが護衛やシオンの相手をしたが、狩りをして戻ってきたパパは、マリンたちと話をした後、早馬に乗ってどこかへ出かけて行った。
暗くなり早めにベッドに入って眼を閉じるが、疲れているのに眠れない。
私は、興奮しているの?
興奮して眠れなくなってる。
コンコン!
「お姉さま、シオン様を連れてきましたわ」
私は素早く起きて手櫛で髪を整える。
「わ、分かったわ。今開けるわね」
開けるとシオンとマリンが居たが、マリンは「それでは失礼しますね」と言って去っていった。
「夜中にすまない」
「いえ、シオン様、どうぞ」
シオンが部屋に入ると「レア、昔のようにシオンと呼んでくれ」と言った。
「シオン」
言葉に出すと恥ずかしくなる。
「寒くないか?」
「少し寒いわ」
普通に話すのが少し恥ずかしい。
シオンは私に毛布を被せながら「見た目は気にせず、話そう。話がしたかった」
「そうね」
お互いベッドに座り、見つめ合うが、シオンは声も・顔も・しぐさも、全部大人になって、素敵になっていた。
「でも、良かったの?私なんかと、付き合って」
私は俯いた。
さんざん駄目だ駄目だと言われ続けてきたのだ。
「レアがいいんだ。レアが昔から好きでレア以外じゃダメなんだ。学園でひどい目に遭ったのは手紙で知った。もし楽になるなら話してくれないか?」
私は今までの事を吐き出した。
話し始めると緊張が無くなって感情を吐き出すように声が出て、私は泣いていた。
あ、あれ?もう大丈夫って安心したはずなのに。
また更に涙がでてくる。
シオンは優しく涙をぬぐって背中をさする。
無言でさする。
私がすべてを吐き出し、落ち着いたのを見計らう様にシオンが語りだした。
「私が思ったことを聞いて欲しい。まず後ろでこそこそ治療している無能というのがおかしい。後ろで治療して貰えるおかげで、前線の者の安心感が増す。兵士にとって致命傷でなければ死なないと思える安心感は大きい。ダイグ王子は前線に出た事が無いのかもしれない。それと戦場の後方はすでに危険だ。本当の臆病者はそこに来ることすら出来ない」
シオンは続ける。
「黒目黒髪は私も同じだ。レアの黒目黒髪も好きだ。それと意見するなと言っておいて指摘しないと怒り出すのもおかしい。最期に男爵令嬢とバカにするのもおかしい。好きになるのに爵位は関係ない」
シオンはさっきまでが嘘のように話を続け、その瞳には怒りがにじむ。
いつもは口数の少ないシオンが話し続けた。
「ダイグ王子はレアの事を地味顔と思っているようだが私はレアの顔も、好きだ」
そう言ってシオンの目がやさしくなった。
「それにレアの人を思いやるような考え方や、やさしさが好きだ」
「そ、そんなじっと目を見つめて言われると恥ずかしいわ」
何度も好きだって言われると、目を見ていられなくなる。
私の頭をシオンが撫でる。
私の顔が更に赤くなるのが分かる。
「可愛くてもっと見ていたくなるが、今日はもう遅い。お休み」
シオンが部屋から出ると、私はベッドにダイブし、布団を被る。
「ん~~~~~~~~~~~~!」
恥ずかしさのあまり足をばたつかせる。
今日はなかなか眠れないだろう。
まったく眠れないかもしれない。
そんな気がした。
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