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10.あたしとお父様の口論

「お前ももう十八歳……。他家の令嬢であれば、とうにどこかへ嫁いでいても不思議ではない年齢だ」


 お父様の言葉が、あたしの心に重く突き刺さる。

 確かに、お父様のおっしゃる通り。

 ……そうでは、あるのだけれど……。


「これまでに何度も縁談の話は来ていたが、お前の意見を尊重し、返事を先延ばしにしていたのは知っているな?」

「……はい、存じております」


 あたしが社交界デビューを果たした十四歳当時、そこからパーティーで出会った男性達から次々に縁談が舞い込んで来た。

 直接家に贈り物を届けに来た人や、パーティーでしつこく口説こうとしてきた人だって居た。でも、どれだけ身分が高くてお金持ちの男性が言い寄って来たとしても、あたしはいつも適当に流すだけにしていたわ。

 今も昔も、あたしが一生を添い遂げたいと思う人はたった一人しか居ない。

 ……お父様もそれを知っていたから、誰からの縁談も断ったり、返事を待たせてくれていたのだから。

 しかし──


「……だが、もうその猶予も無い。このままではお前は行き遅れと後ろ指を指され、どこの名家に嫁ぐこともなく、このエルファリア家を継ぐこととなるだろう。しかしだな……」


 言いながら、お父様がテーブルの上に一枚の紙を置いた。

 そこに書かれた内容に、あたしは思わず声を漏らしてしまう。


「こっ、これは……!」


 お父様が見せた手紙の差出人は、ユーリス・エル・テル・アリストス──王家に名を連ねる者から届いたものだった。


「……先日、ユーリス殿下より縁談が来た。これだけはこちらが一方的に断るわけにも、返事を先延ばしにすることも出来ん」


 ユーリス殿下といえば、このアリストス聖王国の王族で、第二王位継承者。

 年齢もまだ二十歳になったばかりで、先日の生誕祝いのパーティーにも参列したのは記憶に新しい。話をしたのは少しだけではあったけれど、直接お祝いの言葉を贈った相手。

 その時にしか直接会った記憶は無いけれど……まさか、その時からあたしとの縁談を考え始めていたのかしら?


「この縁談を受ければ、お前は第二王子の妻となるだろう。そしてコリンナ妃無き今、お前が殿下との子を成せば、その子は次期聖王となる確率が高まる」


 コリンナ妃とは、第一王子の亡き妻の名だ。

 第一王子夫妻の間には子供がおらず、再婚もしていない。ここであたしがユーリス殿下の妃となり、子供が……男の子が産まれれば、殿下は勿論、エルファリア家も更に栄えることとなる。


「……お父様は、あたしがユーリス殿下と結ばれることを望むのですか?」


 否が応にも、あまりの怒りに問いかける声が震えてしまう。

 それはお父様への怒りが半分と、侯爵家の娘としての自分の立場への怒りだった。


「これは、政略結婚です。あたしの意思に自由は無く、王子との婚姻の機会を逃すなど愚の骨頂。それが伯爵家の……貴族の娘としての、大切な役割なのでしょう」

「ああ」


 ……それに、あたしが恋い焦がれていたレオンは出て行ってしまった。

 彼は、あたしに返せないほどの大きな恩がある。そもそも、貴族令嬢と孤児の平民という身分差もあった。

 そんな二人の間に友情が芽生えることはあっても、あたしのように高貴な血が流れる侯爵家の娘と──言い方が悪くなるけれど、どこの馬の骨とも知れないレオンが結ばれるなんて、ちゃんちゃらおかしな話で。


 だから……だから、あたしはレオンに……!


 ……このまま縁談を進めてしまえば、あれもこれも、あたしたちの十五年の全てが無駄になる。


「……ですが!」


 あたしはソファから立ち上がり、面と向かってお父様に訴えた。


「例えあたしが王の母となる道が用意されていようとも、このラスティーナ・フォン・エルファリアが心に決めた殿方はただ一人! レオン・ラント以外にあり得ないのです!」

「ラスティーナ! レオンのことはもう忘れろ!」

「嫌です! 死んでも忘れませんっ!!」

「なっ……!?」


 そうよ、忘れてなんてあげないわ!

 彼はあたしのことなんて手のかかるお嬢様で、血を吐くまでこき使わせた最低な女だと思っているはずよ。

 でも……それでもあたしは、レオンにきちんと伝えられていない。

 彼と出会った三歳の頃。それから十五年の月日が経つまでの間、あたしはずっとずっと、レオンのことが大好きなのに……!



 レオンは絶対、あたしの元から離れない──離れるはずがないと、過信していた。

 けれどもそれは、とんだ間違いだった。

 いくらあたしに甘くて優しくて、笑顔が素敵で何でもこなせて。

 やっぱりあたしにはこの人しか居ないんだと確信していても……あたしがレオンに甘えてばかりだったから、我慢の限界に達してしまったのだと思う。

 もっとレオンに優しくしていれば、もっとレオンを気遣っていれば……そんな後悔ばかりが押し寄せて来る。


「あたしは、彼に会わなくちゃならないの! それでいっぱいいっぱい謝って、今までレオンを困らせてしまった分だけ、たっぷり甘やかして幸せにしてあげなくちゃいけないの!!」

「ラスティーナ……お前、そこまでレオンのことを……」

「そうよ、お父様! あたしはそれだけレオンが大好きで仕方がないのよ! だから、だからっ……!」


 堪え切れずに溢れ出した涙が、次から次へと頬を伝い落ちていくのが分かる。


「──だからあたしは、レオンを探しに行くわ! こんな親不孝な娘でごめなさい。それでもあたしは、レオンの為に生きると決めたのです。十五年前……煤まみれで息も絶え絶えだった、あの男の子に出会ったあの時から……!!」

「まっ、待ちなさい、ラスティーナ!」


 お父様が引き留める声も聞かず、あたしは部屋を飛び出した。

 流れる涙を手で拭い、一心に脚を動かして廊下を駆け抜けていく。

 いきなり屋敷を駆け回るあたしを目撃したメイド達は困惑していたけれど、お父様に追い付かれるわけにもいかないから、説明なんてしていられない。

 あたしはそのまま屋敷を飛び出して、目指す先はただ一つ。警備の騎士達の目も欺く為に、ある場所へと入り込んでいった。

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