腹が立ったので、その村、全部焼いちゃいました☆5
「ところで、タキミさんは西ノ宮に行かれたことはあるんですか?」
私は頑張って笑顔を作る。怪しまれないように、とびっきりの笑みを。
いつもユウ様の前では自然に出る笑顔だが、この時私は強い疲労感を感じた。
「もちろんあるよ。でも、ただ大きいだけで、この村のような素晴らしさは無かったなあ」
タキミも私に笑顔を返す。どうやら少しは効果があるようだ。
「確かに、ただ大きいだけですものね」
「そうそう。なんで若い女はあんなのに惹かれるんだろうねえ」
「でも私は、タキミさんと一緒に西ノ宮を歩いてみたいなあ」
ここで私は、不意に彼の肩に頭を乗せる。すると、タキミの表情がみるみる変わってゆく。
――――息遣いは荒くなり、私の手を握る彼の手がどんどん汗ばむ。
「そ、そうだね! それもいいかもしれないね」
「ええ。きっと楽しいですよ」
彼の胸元に手を添える。そうして指を這わせ、中心をなぞるように彼の肩へと手を回す。
「このまま真っ直ぐ歩いて行って、タキミ様と西ノ宮まで行けたらどれだけ楽しい事でしょう」
私は彼の耳元でささやく。甘えるように、優しく。しっとりとした声で。
「な、何言ってるんだい。西ノ宮はそっちじゃないよ」
「そうなんですの? ふふ。タキミ様は物知りなのですね」
息を吹きかけるように嗤う。するとやはり、彼の表情は初心な男子の様に強張っていく。
「そ、そうかい?」
「ええ、そうですとも。やはり殿方は地理にお詳しい方に限りますわ」
あともう一押し。
「そうだ! じゃあ、私が西ノ宮の方角を当ててみせますね」
「う、うん。面白そうだ」
そうして私は左の方を指さす。
「うーん。あちらでしょうか?」
「あはは! そっちじゃないよ」
「ええぇ。じゃああちらですか?」
「違う違う。もう、本当にお茶目だね。君は」
タキミの表情が和らぐ。しかしこれで大体の方角はつかめたので、私はすかさず話をすり替える。
「そうなんです。私、昔からトロいので、友達からはよく、亀のミウって呼ばれてたんですよ」
「ははは! 亀だって? ヒドイ友達だな」
お前が言うな。馬鹿が。
そうして私は吐き気を抑えながら、タキミの家に帰るまでの間、取り留めのない話で彼の気分を盛り上げた。
――――その夜
「今日は私がタキミ様の為にお夕飯を作って差し上げます」
胡坐をかいて座るタキミに、私は正座をしたまま頭を下げる。
「え、良いのかい?」
予想通り、彼は無邪気な笑顔を見せ、私の提案に乗った。
「ええ。ここまでタキミ様のお世話になったんですもの。何か恩返しをさせて下さい」
「参ったな。じゃあ、頼むよ」
「かしこまりました」
そうして私は居間を出て、縁側を歩いて台所へと向かう。……ふりをした。
――――よし。あとはこのまま玄関に行って、そこから西ノ宮へ向かおう。
足袋を滑らせ、音を立てない様に廊下を歩く。
――――――――ギシ!
と、たまに床が軋んで心臓が縮みあがるが、私はバレませんようにと強く願いながら、そのまま歩みを進める。
そうして玄関の前まで行き、ゆっくりと戸に手を掛ける。
その瞬間、明らかに私の力ではない力が加わり、玄関の引き戸が勢いよく音を立てた。
「おい」
目の前には、入り口一杯に広がる大きな体。
私は息をのんだ。玄関を開けたのは他の誰でもない、タキミが頭を下げ、ミキさんと言って慕っていた大男だったからだ。
私は咄嗟に、自身の能力で武器を作ろうと、自らの指に爪を当てる。
――――しかしミキは素早く私の腕をつかみ、それをさせてはくれなかった。
「っく! 離せ下郎がッ!」
「タキミィッ!」
家が震える程の怒声。その間もなくして、ドタドタと家の奥からタキミの走ってくる音が響いた。
「おい! 袋を逃がしてどうすんだッ!」
「あ、ああ。すいません!」
タキミは駆け足で私の元へ寄ると、その手のひらで私の頭を強く叩いた。
「お前ッ! 僕から逃げようとしたのかッ!」
思考が鈍る。腕を抑えられ、私は武器も作れず、ただただ狼狽えるだけ。
「あ。ああ。ごめんなさい」
謝ることしか出来ない。
「まあいいさ、活きのいい袋じゃねえか。気に入ったぜ」
――――そう言ってミキは私をその場に押し倒す。
彼の影に隠れて見えなかったが、ミキの後ろには、今朝がたタキミが挨拶をしていた男たちが、嫌な笑みを浮かべて立っていた。
「離せ! 離せぇ!」
「うるせえぞッ!!!!!!」
私の顔のすぐ前で叫ぶミキ。その鼓膜が破れそうな大声に、私の頭は一瞬にして真っ白になった。
「……へへ。龍人族はやっぱ綺麗な顔してやがるぜ」
ミキは私の着物に手をかける。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。助けて。ユウ様。
歯を食いしばり、唇を噛む。強く噛みすぎたのか、口の中に血の味が広がる。