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腹が立ったので、その村、全部焼いちゃいました☆4

 和村は確かに、村と呼べるほど人が多いが、すれ違う男たちは皆一様に、嫌らしい目つきを私に向ける。


「女性の方が少ないようですが、皆出払っているのですか?」


 ふとそんな質問を投げかけると、彼は眉間にシワを寄せ、更に口元も鬼の様に歪ませる。


「この村に嫁いできた女たちは、みんな都会の方へ行ってしまったんだ。全く恩知らずな奴らだよ」


 まあ、これだけ田舎なら無理もない。と、私は何となく彼女たちの心が理解できた。


「西ノ宮なんて、そんな良いところでもないのにね」


 西ノ宮。その言葉聞くと、私はどうしても都が恋しくなってしまう。職場のある街だから、いつもは敬遠していたのにだ。


「やっぱり私、今からでも西ノ宮に向かいます」


 その言葉を聞くと、男は“またか”とでも言いたそうな表情でため息を吐く。


「あのね。西ノ宮までは一日かかるし、どの方角に歩けばいいかも分からないでしょ?」


「じゃあ、どの方角へ歩いていけばいいんですか?」


「――――君さ! 僕のせっかくの好意を無下にする気!?」


 心臓に響くかのような怒鳴り声。その地ならしの様に低い声は、反抗心というものを粉々に打ち砕く。


「ご、ごめんなさいっ」


 誰かに怒鳴られたのは久しぶりだ。まるで心臓を握られているかのような感覚。幼いころ、父に怒鳴られた記憶が蘇ってくる。


「いや、僕の方こそ声を荒げてごめん」


 そう言ってタキミは私の頭を撫でる。その瞬間、あろうことか私の心は、毛布に包まれるような絶大なる安心感を覚えてしまう。


「いえっ、私の方こそ我が儘でした」


 何故だろう。なぜか私の中に、彼に気に入られようとしている自分がいる。


「ううん。君は何も悪くないよ。ごめんね」


「はい」


 私の目が潤う。タキミに認められたようで安心しているのか?


「おい、こんな所でイチャつくなよタキミ」


 ふと笑い声が飛んでくる。


「ミキさん! お疲れ様です!」


 タキミが挨拶をし、深く頭を下げる男。その男は、タキミよりも身長が高く、腕は丸太の様に太い。


 肌もタキミより黒く、汗ばんでいるのか、その肌は太陽の光をギラギラと反射させている。


「おーう、タキミ。良い袋が出来たみてえじゃねえか」


 腹の底に響くような声。その獣の唸り声のような音に、私は生理的な嫌悪感を覚える。絶対に関わりたくないような男だ。


「はい! まず一番に、ミキさんにお渡ししようと思っています!」


 頭を下げたまま地面に声をぶつけるタキミ。その様はまるで、親分ザルにへいこらする子ザルそのものだ。


「はっはっは。そりゃいいが、お前が初めて作った袋だろ?」


「いえ! ミキさんにはお世話になってますから!」


「そうかそうか。それなら今夜にでも、お前の家に行くからな」


「はい。お待ちしてます!」


 家に行くと言っていたが、別にタキミが持っていけばいい話ではないだろうか。


 まあ、私には関係のない話だよな?


「それじゃあな。精々壊れない様、しっかりと手入れしとくんだぞ」


「はい!」


 顔を上げたタキミは、まるで仕事が褒められたような顔をしていた。まだ見せてもいないのに。


「あの方は?」


 ミキという男の姿が見えなくなったところで、私はタキミに問う。


「あの人は、この村の頭みたいな人さ。みんなミキさんには頭が上がらないんだ」


「そう、なんですね」


 まるで自分の事を話すかのように、嬉々としてミキの話をするタキミ。しかし私は、あの男からは何か不気味なものを感じていた。


 ――――どうしよう。早くこの村を出たいのに、またさっきみたいに怒鳴られたりしたら嫌だしなぁ。


 先ほどの鬼のような表情を思い浮かべるだけでも、私の心臓は激しく脈打つ。


「ところで君、恋人はいるのかい?」


 その言葉を聞いて、私はユウ様の顔を思い浮かべる。強く。記憶を振り絞るかのように。


 しかし私の頭は、いま自分が置かれている状況の事ばかりで、どうあがいてもユウ様の顔を思い出せずにいた。


「はい。恋人と言いますか、私の婚約者と言いますか…………」


 いつもなら話しているだけでもニヤけてしまうが、なぜか今の私は、この話を頑張って不幸話にしなければいけないような気がした。


「へえ」


 やはりタキミの顔は面白くなさそうな表情を作っている。


「で、でも、私の事をあまり気にかけてくれませんし、会いたくても会ってくれませんし……」


 ユウ様を否定するような言葉。しかし私は罪悪感に駆られるどころか、ユウ様を否定すればするほど、表情を明るくさせるタキミの顔色ばかりを窺っている。


「そっかあ。獣の糞のような男だな。そのユウってやつは」


 タキミの表情は満足げだ。


「は、はい」


 会ったばかりの他人が、笑いながらユウ様を馬鹿にしている。その事実に私の心は締め付けられた。


 ああ、ユウ様。どうかこんな私をお許しください。


「――――それじゃあ、陽も暮れてきたし、今日は帰ろっか」

 

 嬉しそうに私の手を握るタキミ。だが私はその手を振りほどけずにいる。振りほどいてしまえば、きっとこの男は私に酷い事をする。そんな考えが、私の頭を支配しているのだ。


 …………もういいかな。どうなっても。また明日の早朝にでも出ればいいのだし。結婚式は延期にしてもらえばいいだろうし。


 そう半ば諦めかけていたその時、再びあの感覚が私を襲う。


 まるで私を正気のままでいさせてくれるような強い抱擁感。父と母に抱きしめられているような安心感。私の心を繋ぎ止めてくれる姉妹のような存在。


 ――――それはやはり、あの物置小屋から発せらていた。


 駄目だ駄目だ。やっぱり今日にでも天界に帰らなきゃ。頑張れ私。


 そうして私は考える。


 ここは一度この男の言う通りに動いて、私が一人きりになったタイミングで、こっそりこの村から出よう。一晩中走れば西ノ宮まではたどり着けるはずだ。

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