腹が立ったので、その村、全部焼いちゃいました☆3
「他にも、誰かいるのですか?」
「ええ。僕以外にも、ここにはたくさんの村人が居ます。よければ案内しましょうか?」
既に理解が追い付かず、思考もままならない状態だった私は、ついその言葉に頷いてしまった。
――――そうして私は男に言われるがまま、男の着物に身を包み、男のワラジを履いて外に出る。
そして目の前に広がるのは、何の変哲もないのどかな家々だった。
私の住む花柳町よりは大きくないが、それでも十分集落と言えるほどの大きさである。
「ここは僕の親友の家なんですよ」
「そうですか」
そう言って彼が指さす先には、私がいた家と同じような造りの家が見える。その玄関先には男が座っており、男はこちらに気付くと手を上げる。
「おうタキミ!」
「おう! ツガキチ!」
まるで兄弟のように笑顔を見せあう二人。その様子から察するに、どうやら本当に親友の様だ。
「聞いたぜ! どうやらいい袋を作ったみたいだな」
袋? なんだそれ。袋職人なのか?
「だろ? 俺の初めての袋だ。また今夜にでも持っていくよ」
タキミの言葉を聞くや否や、ツガキチと呼ばれた男は私の方へと目を向ける。しかしその視線は気持ちの良い物ではない。
「そいつはありがてえ! 楽しみに待ってるぜ」
「おう! それじゃあ僕は客人を案内するから、また今夜な」
そう言って二人は手だけで挨拶を交わすと、何事もなかったように表情を元に戻した。
「あの。袋って何ですか?」
「ん?」
彼は私の方を見るが、その目はまるで獣のような眼差しだ。しかしそんな表情も束の間、彼は一変して笑顔を作る。
「ああっ。僕が初めて作った袋さ。なめらかな肌触りに、子供が何人入っても破れないような頑丈さがあるんだ」
「へえ」
目を輝かせて自慢げに話すタキミ。どうやら本当にただの袋職人のようだ。しかし、私はこれからどうすればいいのだろうか。
「あの、西ノ宮まで行きたいんですけど、馬とか貸してもらえませんか?」
男の表情が曇る。何か不味い事でも言ってしまったか。
「馬は丁度、全部出払ってしまってて、たぶん帰ってくるのは明日頃になるかなあ」
「そんな……」
ああ。どうしよう。どうしよう。今から走れば、夜までには西ノ宮にたどり着けるかなぁ。
「あの、私やっぱり西ノ宮に行き…………」
「――――おう、タキミ! 調子はどうだい!」
私の言葉は、突如湧いて出てきたかのようなガラガラ声に遮られる。
声の方を向くと、そこには筋骨隆々とした大男が笑顔で立っていた。
「おう! やっとで良い革袋が出来たよ!」
タキミが大男に笑顔を向ける。またしても私に見せたような無邪気な笑顔だ。
「そうかい、そうかい! これでしばらくは安泰だな!」
タキミの言葉を聞き、まるで大金が入ったかのように笑う大男。
その男は何度も私の方を見るが、視線はどれも足元や胸元ばかりで、私と目線が合うのは終ぞなかった。
「それじゃあ、また明日にでも持っていくよ!」
「おう! 頼んだぜ!」
分からない。一体何の話をしているのか全く理解が出来ない。なぜ皆一様に、タキミの袋に対してここまで執着しているのだろうか。
「人気なんですね。タキミさんの袋」
「まあね。村の男たちは必ず袋を作ってるからね。僕もやっとで出来たから、これでようやく一人前さ」
するとここで、私の心臓がドクンと、一度だけ強く脈打つ。
「…………ぅ」
足元がフラついてしまう。
「どうかしたかい!?」
――――大げさなほど心配をするタキミ。しかし、私の肩に触れるその大きな手からは、まるで支えようという意思を感じなかった。
「大丈夫です。何でもありません」
私がそう言っても、一向に手を離さないタキミ。それどころか、その手は私の胸元の方へと、舐めるように近づいて来る。
「本当かい?」
「――――本当に大丈夫ですから!」
すぐさま私は距離をとる。
今すぐにでも走って逃げようと思ったが、絶えず私を包み込む不思議な気配に、そうすることが出来ずにいた。
それどころか、その母親の様に優しい気配は、目の前に建つ小さな小屋に近づくほど強く感じた。
「あの。あそこの小屋って……」
聞かずにはいられなかった。一見なんの変哲もないボロ小屋だが、なぜか私は、その小屋に異常な程の懐かしさを感じたのだ。
まるであの小屋が、私の生まれ育った家だと思えるほど。
「んん? あれはただの物置だけど、中には危険な呪物もあるから、決して近づいちゃだめだよ」
タキミの真剣ともいえるその表情に、私の不安はさらに大きくなった。もしかしたらこの気配も、その呪物から発せられるものなのだろうか。
「そう…………ですか」
そうして私は彼から離れることが出来ず、どんどん村の奥へと足を踏み込んでしまう。