腹が立ったので、その村、全部焼いちゃいました☆2
目を覚ますと、私は見知らぬ部屋の中にいた。
薄暗い天井。風が障子戸を叩く音。カランっと響く正体不明の音。絶えず感じる不気味さ。
「どこだ……。ここ」
丁寧に掛けられた布団を払い除ける。
「いててて」
寝すぎた時のような、不快な頭痛が頭を走る。
木々に遮られているのか、障子から差し込む光は弱く、恐らく草木だと思しき濃い影が不気味に蠢いている。
――――一体どれだけ寝ていたのだろうか。
瞬間、私の背筋は凍り付いた。
「ヤバイ! 今何時だ?」
遅刻する! 明日は結婚式だって言うのに、残業だけは勘弁だぞ! あれ、ていうか、今日は何日だ?
「……は、早く帰らなきゃ」
そう思った時、私は自身の姿に驚く。
なんと私が身に纏っていたのは見知らぬ着物。しかも男物の着物だ。誰かが着替えさせたのか?
言いようもない不安が私を襲う。
「なによ。これ」
着物から漂う知らない匂い。しかし不思議と嫌な臭いではない。
すると、誰かの足音が障子戸の奥から聞こえてきた。
乾いた木の軋む音。それはだんだんとこちらに近づいており、ぎしぎしと重く鳴り響く音は、私の部屋の前で止まった。
「誰ですか!?」
私が叫ぶと、障子戸に映し出された人影が、より濃い物へと染まっていった。
すすす。っと障子戸が敷居を滑る音が部屋を包む。建付けが悪いのか、あまり滑らかなものではない。
「良かった。目が覚めたのですね」
戸を開けたのは、見知らぬ男だった。
「誰、ですか?」
爽やかな青年くらいの男。肌は日焼けしたかのように浅黒く、髪は涼し気な短髪だ。
「あ、紹介遅れました。私はタキミと申します」
鼓膜が震えるような低い声。不覚にも、私はそれに心地よさを感じてしまった。
――――ええいっ、狼狽えるな。確かに男前だが、ユウ様には敵わぬだろ!
「お、お主! 私を攫ったのかッ」
私は精一杯目つきを尖らせる。恐らく、今自分が出せる最大の威嚇だ。
しかし男は笑う。
「滅相も無い。僕は、貴女を助けたのですよ」
私を助けただと? 嘘だ。信用するな!
「し、証拠をだせ」
男は困り果てたように眉根を吊り上げる。それを見せつけられた私は、理由は分からないが少し罪悪感を覚えてしまう。
もし本当に彼が正しければ、私はお礼を言わねばならない。
「あの、私は何で倒れたのでしょうか」
先ほどの強きはどこへやら、私の心は徐々に落ち着きを取り戻している。
「貴女は、小鬼どもの吹き矢に倒れたのですよ」
小鬼? あの妖怪の小鬼か?
「小鬼は隠れるのが上手いですから、きっと知らず知らずのうちに囲まれていたのでしょう」
あの時、あの林で絶えず感じていた気配は小鬼だったのか? もしそうだとしても、あまり彼を信用しないようにしなければ。
「ほ、本当にお主の言う通りなら、礼を……申します」
とりあえず言うだけだ。まだ信用したわけではない。
「いえ。私はたまたま近くを通っただけですから」
男は目を細めると、さらに口角を三日月の様に曲げて笑う。さながら幼子のような無邪気な笑顔だ。
――――私は咄嗟に目を背ける。決して恥ずかしいからではない。決して……。
「あの、私は、一体どれだけ眠っていたのでしょうか」
彼はあごに手を添えて考える。
「んー。多分、四半刻くらいでしょうか」
四半刻。良かった、たったそれだけか。
その事実に安堵のため息を吐き、私の心は完全に平常心を取り戻していた。
「助けて貰ったことは感謝します。でも私、仕事があるのでそろそろ行きますね」
「仕事? どこまで行くのですか? 送りますよ」
いや、さすがに得体の知れぬ男に送ってもらうわけには行かない。ここは断らねば。
「いえ、私は空を翔べますので、お気遣いなく」
「翔ぶ? もしや貴女は、天界から降りて来られたのですか?」
驚いたような顔で目を見開くタキミは、少し興奮したように息を荒げる。まあ、天界から降りてくる神は少ないから、驚くのも無理はない。
「ええ。この龍玉があれば…………」
私は耳の龍玉に手を伸ばす。
「――――――――え」
ない! うそ。龍玉が無い!
「何で!」
「どうされたのですか?」
先ほどとは違う様子で目を丸くさせるタキミ。しかし今は、彼の言葉に答える余裕はない。
「あの! 私の耳飾りを見ませんでしたかッ?」
私は身振り手振りで説明をする。下界の者は龍玉なぞ見たことが無い筈だからだ。
「これくらいの小さな宝石が付いた耳飾りなのですが!」
「……いや、貴女を見つけた時には、既についてませんでしたよ?」
そんな! じゃあ一体どこに行ったんだ。
「大丈夫ですか?」
優し気な声で私に囁くタキミ。しかしそれでも、私の心はそれどころではなかった。
「いえ。…………とりあえず、私は西ノ宮まで行きます」
職場がある都まで一体どれだけあるのか分からないが、ここでこうしていても何も解決はしない。
「西ノ宮? 随分と遠くまで行かれるのですね」
そんなはずはない。私は確かに西ノ宮からそう遠くない場所に降りたはずだ。
「それでも歩いて半刻程ですよね?」
私の弱弱しい声。こんな声が出たのは久しぶりだ。
しかし男は笑う。
「いやいや、ここから西ノ宮までは一日掛かりますよ」
「えっ」
「ここは黄美山の中でも、更に奥地にある和村です」
かず村? なんだそれ、聞いたことないぞ。
「一日って。私を担いでそれだけ歩いたのですか?」
「いえいえ。僕だけでは到底無理でした」
男は笑みを浮かべる。そろそろこの笑顔が不気味に思えてくる。それほどまでに、今の状況は到底理解し難い現実なのだ。