腹が立ったので、その村、全部焼いちゃいました☆1
「龍人の子」を読んで頂ければ、より一層お楽しみいただけます!(宣伝)
追記
頭空っぽで読めると思います。少しでもお楽しみいただければ幸いです。
空では太陽が笑い、紺碧の中を雲が楽し気に平泳ぎをしている。いわゆる洗濯物日和ってやつだ。
乾いた道では子犬がはしゃぎ、涼し気な日陰では猫があくびをする。
「行ってきまーす!」
別に“逝ってきます"と、子供のような洒落を言ったわけではない。
朝食を済ませて足早に家を出ると、両親が「行ってらっしゃい」と言ったから返しただけである。
「ミウ! 龍玉忘れてない!?」
私の名前を叫びながら、母が忙しなく玄関の戸を開ける。
「大丈夫だって。耳に付けてるから」
龍玉とは、私たち天界に住む者達が、空を飛ぶために使う神器である。
一人につき一つ。だから絶対に失くせない宝玉だ。なので私は、常日頃からそれを耳飾りの様に付けている。
「あらそう。ま、気を付けて行ってくるのよ!」
「はあい」
新聞の如く毎朝言われる言葉にウンザリしながら歩き出す。毎度のことだが、そろそろ子離れしてほしい物だ。と、ため息。
「ミウ!」
乾いた空気を突き抜ける甲高い声。
「もう、今度はなに!」
「明日は結婚式なんだから、今日は早めに帰ってくるのよ!」
それは誰よりも私が一番よく知っている。なにせ、その結婚式は私の式。人一倍気を使っているのは私なのだから。
「はぁ」
母の言葉にため息だけを返し、私は気持ちを沈ませる。折角の気持ちいい朝が台無しだ。
――――私の住む町。花柳町の端の端。下界へ降るための“飛び降り場"に私は佇む。
隣の飛び降り場を見ると、小さな少女を背負った女が、私と同じように下方を覗いている。
あの背負われた少女は、恐らく今日初めて空を翔ぶのだろう。あんな頃が私にもあった。
「よし! 今日の仕事も頑張るぞ!」
そう意気込んで腕を伸ばす。下を見れば雲の海。私はつま先を崖の先端に合わせ、龍玉を光らせる。
――――そして跳ぶ! 私はこの身を断崖から投げ打った。
下から突き抜ける突風。袴の裾から入った風は、太ももを通り、胸を撫で、首元から抜ける。
この瞬間はどれだけ歳をとっても気持ちがいい。
「龍昇!」
そう叫ぶと、私の身体が空に舞う。
――――夥しく光る耳の龍玉が、視界の端っこで手を振るようにチラつく。
「状態よし! 絶好調だね!」
蒼空を翔け抜ける体。前方を飛んでいた鳥が、気付けば遥か後方へと姿を消す。
「お早う!」
雲の隙間から顔を覗かせる巨龍。彼は私たちの天界を、下界の悪しき神から守る最後の砦だ。
言葉は通じないが、それでも私は巨龍に挨拶をする。まあ案の定、返事は来ない。
「そろそろ下界だな」
雲の隙間から光が差し込む。下界からの光だ。
「ああ。学生の頃に戻りたいなあ」
などと気持ちを鬱にさせ、私は仕事場である下界の風景を目に入れる。
果てまで続く青い海。鬱蒼とした深緑の山々。私の住む場所では拝めない自然が、視界一杯に広がる。
「んー。まだ時間あるなあ。少し休んでから行こっかなあ」
今2つの考えが頭に浮かんでいる。少し早いが職場へ行くか、ぎりぎりまで時間を潰してから向かうか。その二択だ。
「よし! 休んでこーっと」
誘惑に負けた私は、一番最初に目に付いた美しい湖の畔に足を着ける。
陽光を浴び、宝石が散りばめられたように輝く水面。不気味な森が、ポカンと口を開けた様な場所にそれはあった。
「気持ちいいい! もうずっとここに住んでもいいわぁ」
足を三角にするように座り、水面をはねる水魚を眺める。
「魚だ。美味しそうだな」
――――ポチャンと、水面を打つ綺麗な音が、私の心を覆う暗い気分を晴らせてくれる。
「下界は夏かあ。暑いなあ」
汗でぬれた髪が、水草のように私の頬に吸い付いて気持ちが悪い。
ここで私は思いつく。
――――水浴びでもするか。
とは思うものの、さすがに全裸になるわけには行かないので、私は下の袴の帯だけを解き、足を抜く。
風は生ぬるいが、素足を伝う汗を冷やすには十分だ。
「ちょっとすーすーするな」
等と、水浴びを断念しようか迷いながら、丁寧に脱いだ袴を畳む。
「まあ、ちょっとだけだしいいか」
そして私は湖に足を入れた。――――瞬間、身体を突き抜けるような冷たさが、火照った私の身体を一気に冷やす。
「あああああ。気持ちいいい」
上の袴に水が飛ばないよう、静かに水面を蹴る。
先ほどの魚の様に綺麗な音は出せないが、それでもチャプチャプと耳に染みる音は心地がいい。
「今度はユウ様と来たいなあ」
ユウと言うのは私の結婚相手だ。少し口数が少なく、どこか抜けている部分もあるが、それでも頼りがいのある殿方だ。
そして、私の一番大好きな人である。
「ユウ様はお仕事頑張っておられるだろうか……」
早く会いたい。そう考えると、広い湖で一人遊んでいるのが寂しく思えた。
「……よし、そろそろ行くか」
別に寂しくなったわけではないし。一人で水遊びしているのが悲しくなったわけじゃないし。ユウ様が恋しくなったわけじゃない。
「早く明日が来ないかなあ」
結婚すれば毎日会える。毎朝起こしてもらえるし、私が起こしてあげる事も出来る。ユウ様の為にご飯が作れるし、ユウ様のご飯も食べられる。そして休日には、のんびり二人で家で過ごすんだ。
「ふふ」
甘い妄想に身をよじらせていると、ついつい口から空気が漏れる。
そうしてザバザバと水面をかき分け、袴を脱いだ場所へと戻る。
「あれ?」
しかし袴が見当たらない。確かにここに置いたはずなのにだ。
「おっかしいなあ。どこ行っちゃったんだろ」
辺りを見渡すも袴は見つからない。ここに誰かがいるわけでもないし、盗まれたなんてことはあり得ない。
確かに先ほどから気配は感じていたが、こんな山奥に誰かがいるわけもないので、私はそれを獣の気配だと思っていた。
「獣が咥えて行ったのか?」
――――ガサガサ!
そんな考えが過り、私が背筋を凍らせていると、何者かが茂みの中を走り抜けていった。
「誰だッ!」
声を尖らせる。……しかし返答はない。やはり獣か?
「もう、仕様がないなあ」
ここで袴を探していても埒が明かないため、私は音がした方へと近づくことにした。
「流石にこんな格好で職場にも行けないし」
別に袴をあきらめてもいいのだが、存外、足が丸出しだと恥ずかしい。
茂みをかき分け、林の中へと足を踏み入れる。
武器が無いわけではない。私の種族はいつでも自由に武器を生み出せる。だからそこまで躊躇わず、私は林の中に入ることが出来た。
――――それでも林の中は不気味だ。何の獣かも分からない鳴き声が聞こえるし、誰もいないはずなのに、脳が勝手に気配を作り上げる。
「お、おーい。誰かいるんですかぁ?」
恐る恐る声を出してみるが、しんとした空気だけが返事をする。
木の実が落ちる音や、風に揺れる草木が騒めきを生む。
「まいったなあ。これじゃあ遅刻しちゃうよ……」
――――ため息を吐く。
すると首筋に痛みが走る。
「っ痛。……虫か?」
虫に刺された。そう思った瞬間、とてつもない眠気が私を襲い、誰かに押し倒されるように私は地面に倒れてしまった。
「……な。…………なんだ?」
何だ? 麻酔針か? だとしたらヤバいぞ。…………このままじゃぁ。…………早く………起きな。