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林家話譚集  作者: 司馬田アンデルセン
屋根裏の魔女
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屋根裏の魔女 幕引き

 結局のところの話、こうして昔の事を思い出すとやはり忘れているところはあった。しかしだ、この想いだけは変わらずにあった。俺はメリッサの事を必要としていたのだ。そしてその感情は今でも「好き」と言う言葉と共にあった。

 今回の和蘭陀留学についてもただ画家としての技量を高めるだけが目的では無かった。実のところは何らかの理由をつけて和蘭陀、メリッサにと会いに行きたかったのだ。子供のころのあの約束を果たすために、和蘭陀にと置いてきたものを日本にと持ってくるために。俺はかつて、完成させずに持ってきた画、そして新しく買った懐中時計を手にして和蘭陀にと向かったのだ。

 そして留学先の寝泊まりする家は、案の定か、それとも運命と言うものなのか、かつてここに来た時に訪れた家にと決まったのであった。相変わらずと言っていいのか見栄えは変わっておらず、初めてこの家にと訪れたままの状態であった。

「やっぱり、俺には十分すぎるほどの家だな」

 俺はテーブルにと荷物をまとめて置き、トランクの中から小奇麗な小さな箱を取り出した。この小奇麗な箱に入っているのは、かつて和蘭陀にと置いてきたものを日本へと持ってくるために必要となる鍵のような物、懐中時計だ。これが無ければかつての約束が果たされない。

 思い立ったが吉日、そんな言葉が頭にと過った。であれば自分が取るべき行動は一つだ、俺はその小奇麗な箱を手に取り、走るように歩き出してメリッサが今でも住んでいると思われる屋根裏のあるあの家を目指した。

 彼女の家にと一歩一歩近づくたびにあの頃に戻るかのように、幼少期のころの無邪気さが若返ってくる。

 歩くペースはどんどんと早くなっていく、その速さは小走りから本当の走りにとなっていく。あの時の、初めて和蘭陀にと来たときのように。

 そして俺はついに、メリッサの家にとやってきた。随分と辺りの草が伸びているようにも思えた。俺は緊張した足取りのもと家の目の前、扉の前にと立った。そして俺は扉を叩いた。しかしその叩いた動作に帰ってくる反応はなく、無反応であった。それでも俺はメリッサが家から出てくるのを待ち続けた。だが、しばらくしても彼女は出てこなかった。

「君は、ショウロウではないか。私の事を覚えているかい?」

 しばらくして俺がメリッサの家で待っていると誰かが俺にと話しかけてきた。振り向いてみると、そこには中年くらいの男性がこちらにと近づいてきた。見たところ、歳こそは取っていたものの彼がパスカルだと分かった。

「パスカルさんですよね、お久しぶりです」

「大きくなったね、ショウロウ。やはり、画家になるために勉強しに来たのかな?」

「えぇ。やはり日本ではそこまで深く学べないと思いまして」

 俺は作り笑いに似た苦笑いを浮かべて言った。

 もしかしたらパスカルならば無反応な家であるメリッサのことについて何か知っているかもしれないと思い、嫌な予感が沸き始めていた俺は勇気を出してメリッサのことについて聞いてみることとした。するとパスカルの顔が曇り始め、気まずそうにして喋り始めた。

「彼女は、メリッサは、ベリベリになってね。ちょうどこの月の去年に、亡くなったよ」

 ベリベリ、父から話は聞いたことはある。原因不明、発生源も不明で感染性があるのかどうかも不明である病気であり、日本では脚気と言われている病気だ。

 あまりのことに俺は自分の喜々とした、高揚とした想いが崖から転げ落ちるかのように手に持っていた小奇麗な箱を落としてしまった。俺にとっての唯一の想い人、初恋の人、自分が画を描いているところを褒めてくれた人、友達以上の人、そんな彼女を失った。俺が和蘭陀にとやってきた理由の一つが無慈悲にも崩し壊された。

「ショウロウ。君に、メリッサから手紙があるんだ」

 そう言うとパスカルは俺にと一通の手紙を差し出した。俺はその手紙を受け取り、震える手つきでその手紙を開けた。

『ショーロウがこれを読んでいると言う事は、これは遺書になると思います。多分あなたは泣き崩れる、あるいは立ち直れないかもしれない。何故だって?だってあなたは私の事を私と同じくらい、それ以上に想ってくれているから。だってそうじゃないとこの手紙を読んでいないもの。だけどショーロウ、画を描くのは止めないで。私はあなたの画が好き、あなたが画を描いているところが好きなの。あなたは、あなたの画を世界に広めて、そして私の分まで自分であることを証明して』

 内容は、酷く酷なことであった。メリッサがいない今、俺は誰のため、何のために画を描けばいいのかが分からない、それどころか立ち直れないほど痛い思いなのに、それなのに君は画を描き続けることを求めるなんて酷だよ。

「ショウロウ、手紙と共にメリッサがね、君にと渡して欲しい物があってね」

 そう言ってパスカルはもう一つ物を取り出した。それは、俺がかつてメリッサにと渡した懐中時計であった。

「パスカルさん。この、これを彼女のお墓にとお供えしてください。俺は、どうにも行く気になれないもので」

 俺は落とした小奇麗な箱を拾い、それをパスカルにと渡して言った。

 現実を受け入れることができなかったのだ。だから俺は直接的にメリッサにと懐中時計を渡すことができなかったのだ。そもそも、俺はまだ彼女と別れた気になどなれていなかった。なぜなら、あの絵を完成させていないからだ。画を完成させればもう彼女には会えなくなってしまう、そんな思いから俺は、正確には彼女の助言で色は付けず完成させずにしている画がある。だから俺とメリッサはまだ別れではない、別れではないのだ。


 俺が和蘭陀にと留学して二カ月が経った。あの事柄から俺は何もかもの動力を画の技量にと費やした。その結果、俺の画の才能は伸びる一方であり、俺の画は高評価される物へと変わる一方であった。

 そして半月ほど前、俺は街で開催されていたコンテストにと入賞し、簡単に言えば大賞を手にして日本人画家としての名を街にと広めた。その結果俺は今現在新聞記者から取材を受けることとなり、俺が寝泊まりしている家の仕事場と言うアトリエ、屋根裏で取材を受けることとなった。

「それでは、ショウロウさん、日本人初の入賞者として感想をお願いします」

「感想ですか・・・そうですね、特にこれと言った達成感は無いです。私は、ただ描くだけですから、認められるまで」

 俺は取材と言う事のため、一人称を私にと変え、少し改まったような態度をとり言った。

「認められる、と言う事は今回のコンテストで入賞されたことに対してあまり好印象ではないと?」

「どうでしょうか。あくまで街のコンテスト、街で認められたとしても世界で認められるかは分かりませんから」

「ほう。つまり目標は世界ってことですか」

 目標は世界、そんなつもりで言ったわけではないがどうやらこの人はそう思ったようだ。彼女の言う「自分であることを証明して」その事がどう言いう意味なのか分からないが俺は自分であるための画を描き続ける。それを証明するために俺の画を認めてもらうようにする。

「では、画を描くようになったきっかけを教えてください」

「画を描くようになったきっかけ、昔から体を動かしたことは苦手で、それで母さんに絵を描いて見せたところ喜んだので、それがきっかけだと思います。そして、私の事を後押ししてくれた女性がいたため本格的に描くようになったんでしょうね」

 自分で言っておきながらであるが、これではただ単にむなしい過去、つらい現実を思い立たせるだけだ。それもあってか俺はしばらくの間虚無にと浸かっていたのか新聞記者が俺にと声を掛けた。

「では最後に一言。これ新聞の大まかな題材、テーマみたいに取り上げるのでできるだけカッコよくお願いします」

 カッコよく、果たしてカッコよく言えるだろうか。俺は不安の気持ちと共に、ここに彼女がいない寂しさと共に言った。

「そうですね。本来であれば、ここにもう一人いるはずである人がいないのが残念です。ですが私は、最後まで画を描き続けたいと思っています。その人のためにも、私自身のためにも」

 それだけであった、俺の思いは。

「そうですか。さて、これで以上になります。それとですが、これはあくまで僕自身の興味なのですが、その画完成させないんですか?」

 そう新聞記者が指を指したのはあの画であった。未だに絵を塗らず、そのままにしている画。

「そうですね。【屋根裏の魔女】って題名なんですがね、私の初めての人物画なんです。絵を塗るのが、嫌なんですよね」

「ほう、それはまたどうして、こんなにもよくできているのに。それに、どうして【屋根裏の魔女】という言う名に?」

「彼女が、そう望んだんです。片目が違う色、オッドアイとか言うんですかね、それを忌み嫌って友達がいないなか、一人の友達ができたんですよ。目のことを黙って友達になったものですから皮肉、戒めとして【魔女】なんて名前にしようとしたわけですから【屋根裏の魔女】です」

 そう、本来であれば【魔女】と言う名で終わるはずであった。だけどそれが嫌だった当時の俺は彼女が分からない日本語で【屋根裏の魔女】と、彼女の象徴的である屋根裏を合わせて【屋根裏の魔女】とした。

 馬鹿らしい、素直に名前を変えようと言えば良いのにそれができなかった。それができなかった俺には悔いがあった、そしてこの作品を嫌いになった時もあった。

「そして、絵を塗るのが嫌なのは・・・別れが嫌だからですよ。いわば未練です、もう会えないって分かっているはずなんですがね」

 俺は作り笑みを浮かべて言った。つい昨日までは認めることができなかった現実を言葉にとして。

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