その一言で…
綺麗事は並べられる。
世迷い事は語られる。
言葉というものは嘘で塗り固められている。
他人に吐くならばなおさらだ。
あなたは私を理解しないし、私もあなたを理解しようとは思わない。
けれどあなたの言葉は私を追い詰める。
あなたにとっては些細な一言が私にとって心臓を抉る一言に成り代わる。
あれはダメ、これもダメ。
あれをしなさい、これをしなさい。
なんでこんなことも出来ないの、どうしてこうやらないの。
私はあなたのお人形じゃない。
私がいくら叫んだところであなたはそれを理解しない。理解できない。
こうしてまた今日が終わる。
新たな今日に新たなあなたとまた出会い、あなたは私におはようと言うけれど私はそれに応えない。
あなたに返す言葉はない、あなたと交わす言葉はない。
私の一日はあなたから逃げるように家を飛び出すことから始まる。
私は今日も苦虫を噛み潰しながら、同じ服を着ておはようと笑顔を振りまく集団の中に身を投じる。
おはようおはようおはようおはよう。
初々しく弾んだ声が私の鼓膜を叩いていく。
声音も声質もまるであの人とは似つかないその声たちも私の心をじわじわと蝕む。
獣のように狂ったあの声が、耳を押さえても呪いのように私の頭で木霊する。
鞄の中で何かが震えた。
私の顔を冷たい何かが伝った気がした。
道ゆく人々が私の顔を見て驚くけれど、気まずそうに瞳を逸らしてゆく。
ここではないどこかへ逃げたい。
あなたの声が届かないどこかへ。
心で狂ったように叫んでもそれは叶わない。
私は呪われているから、囚われているから。
おはよう。
地上に埋められ動けない私に差し込んだ唯一の光。
私とは似ても似つかない優しく柔らかな光。
私に唯一許された秘密。
私を唯一照らしてくれる言葉。
それがあなたのおはよう。