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68:せっかく側近候補と友人になれたのだから絶対に独りにさせない②【蓮SIDE】




***




 オディオ・アゴニー・ヘイトリッドには九歳年上の姉、ステラがいた。

 母・アテナによく似ている美しい彼女は歳が離れていることもあってオディオをたいそう可愛がった。幼いオディオも姉のことが大好きだった。


 そんな平和なある日のこと。一人の男が、ヘイトリッド領に迷い込んできた。


「オディオ、こっちに来なさい!」


 ステラとオディオが二人で遊んでいた時、傷だらけの青年を見つけた。その青年は──人間にはない長い耳と大きな二本の角を頭部に生やしていた。

 魔族。その中でも特に強い魔力を持つという魔人という人種の男だった。

 彼は傷だらけで、今にも死にそうだった。


「姉さん、あの人血だらけだよ?」

「…………そうね、」

 

 ステラは彼を見捨てることができなかった。彼の手当をしたのだ。

 そんなステラの献身的な看病のおかげで魔人の男──ビルゴは元気になったのだが……


 彼は魔界に帰ることはなかった。ステラと恋に落ちたからだ。


 オディオもビルゴが大好きだった。魔族ではあるが、ビルゴは心優しい青年で、幼いオディオを実の弟のように可愛がってくれた。


「ビルゴ! こっちだよ! はやくはやく!」

「おい、オディオ! そんなに走ると危ないぞ! 前にも木に衝突して泣いていただろう!」

「今日は大丈夫だって! ほらほら、遅いよビル……ぶっ!!」

「ほらぁ! まったく、なにやってんだ……」


 一日中森で遊んでくれたこともあった。眠れない時は仕方ないとばかりに一緒に眠ってくれた。その際、歌うのが苦手だというのにへたくそな子守歌も歌ってくれた。

 なにより、ビルゴが傍にいると姉が幸せそうに笑うのだ。二人の幸せそうな姿を見るのがオディオは何よりも大好きだった。


 その後ビルゴは二年、ヘイトリッド領で暮らした。やがて恋人になった二人は森の中に小屋を建て、二人暮らしを始めた。そうして、ステラは妊娠した。

 平和で、幸せな日々が続いた。



 

 だが──



 

「オディオ!」


 今でも忘れられない。あれは家庭教師の授業を受けている時だった。何気なく外を見ていたら、ステラとビルゴの家から煙が上がっていた。

 オディオは飛び出した。姉とビルゴになにかあったのではないかと思ったからだ。両親の制止の声を無視して、必死に走った。


 そうして、そこには……


「姉さんッッ!」


 燃えている小屋。その前で倒れている姉。オディオはすぐに姉に駆け寄った。姉は冷たかった。口から血を流し、腹を抱えたまま息絶えていた。

 何が起こっているのか分からずに言葉がでない幼いオディオに影が差す。


「おいっ! ガキに見られちまったぞ! さっさと殺せ! もう時間がない!」

「ちっ、あの魔族が暴れなきゃ誰にも気付かれずに終わったのによ……!!」


 血だらけの、見知らぬ男がオディオに手を伸ばしてきた。オディオは姉の死体を抱きしめ、目を瞑る。

 男の汚い悲鳴と共に熱風がオディオの頬を撫でた。恐る恐る目を開ける。


「ビル、ゴ……」

「オディオ、来てしまったのか……」


 背中に何本も矢が刺さっている血だらけのビルゴがそこにはいた。立派な角も片方折れている。オディオを殺そうとした男達は既に彼の炎魔法で灰と化していた。

 ビルゴはずりずりと己の巨体をなんとか引きずり、ステラの横に倒れた。


「ビルゴ、ビルゴ……! どうしてこんなことに!? それに、姉さんが動かないんだ! すっごく、冷たいんだよ!」

「すま、ない……。俺が少し小屋を離れてしまったから……。俺が、ステラと我が子を守れなかったんだ。俺のせいだ……」

「そ、そんな……」


 オディオは大きな瞳からボロボロ涙を流す。ビルゴもそんなオディオを見て大粒の涙を流し、悔しそうに唇を噛み締めている。ビルゴの背中から流れた血がオディオの膝を濡らした。ハッとする。


「ビルゴ、ビルゴ!? ビルゴも凄い血だよ!! お願い、死なないで……姉さんもビルゴも、僕を置いていかないでよ!!」

「オディオ、ごめんな。ごめんな……」



 

 ──俺が魔族で、本当にごめんな。



 

 ビルゴはそう言い残してそのまま死んだ。

 後に国の調査でステラとビルゴを殺した盗賊はヘイトリッド領が魔族を匿っていることに気づいた反魔族派の貴族がよこした者だと分かった……。




 ***




「魔族は、悪いやつらばかりじゃない。ゴブリン達やビルゴのように心優しい者だっている。姉さんとビルゴは幸せだった。誰にも迷惑をかけてなどいないッ!! ……だというのに、反魔族派のやつらは、そんなビルゴを、魔族だからと……二人の、子供までも……っ!!」


 オディオは鉄格子に拳をぶつける。


「僕は一秒でも、ビルゴと姉さんのことを忘れたことはない。いつだってビルゴが最期に言った言葉が頭を離れない。だからっ、憎くて憎くて仕方ないんだ!! 憎む以外の、この感情の消化方法を、僕は知らないっ!! うぅ……っ」

「オディオ、先輩……」


 俺はオディオの悲痛な叫びを聞いて、怒りで歯を食いしばった。

 そうか、だからオディオは……。魔族狩り達への態度も、オディオが何故奴隷売買の会場を襲ったのかも、理解できた。


「だから僕は悪魔と契約した。ビルゴや姉さんみたいな悲劇を二度と起こさない様にするには力が必要だった。そうして、力を手に入れた後は反魔族派の貴族、その中でも魔族を奴隷として秘密裏に飼っている奴らを襲いました。奴らの懐に潜り込むため、やりたくもない色仕掛けだってなんだってしました……」


 俺はその時、夏休みの舞踏会や二学期始業式のことを思いだした。だからオディオはああやって色んな女性に言い寄っていたのか……。捕えられている魔族達の情報を聞き出すために……。


「……すまない。王国が、もっとお前の力になれていれば、」

「いいえ。国王陛下は調査に十分尽くしてくれました。ビルゴを匿っていた件も本来ならば罰を与えるべきところを見逃してくれた。今でも魔族との共存に理解を示してくださる。十分です」


 俺は隣のレックスを見上げる。


「レックス殿下。悪魔との契約を破棄することはできるんでしょうか?」

「ふむ。難しいだろうな。悪魔は契約を必ず守る。それと同時に契約者も力を与えた悪魔を裏切ることは許されない。裏切れば……」


 レックスはそれ以上何も言わなかったが、その答えはなんとなく予想できた。つまり、そんな簡単な話ではないということなのだろう。

 さて、どうしたものか。


「まぁ、全く手がないわけではない」

「へっ?」


 俺が間抜けな声を出すと、レックスは顎に手を当て、難しそうな顔をする。意味ありげに俺を見てきた。


「伝説ではあるが……お前の妹なら可能かもしれない」

「桜が?」

妖精女王(フェアリークイーン)が心を許した者は神の使いである妖精に選ばれた者として信仰の対象になる」

「あぁ、そういえば、桜がローズと契約したことは貴族達で大騒ぎになってるって前に言っていましたね」

「そうだ。妖精女王が心から信頼する人間を見つけた時、彼女の力はより覚醒し、絶対的な悪魔の契約を打ち消すほどの力を持つと言われている。実際に悪魔に囚われた人間が、覚醒した妖精の手で解放された記録が世界中にある」


 ……それって、かなり凄いことなんじゃないか? そういえば、俺が悪魔に魂を攫われた時もローズのおかげで助かったんだっけ。俺は死んでたからよく覚えていないけど。

 そんなローズがさらに覚醒するならそりゃあ悪魔の契約すら打ち消せるかも……。


「じゃあ、なおさらローズが目を覚まさない原因を突き止めないといけないってことですよね」

「そうだな。そして、そこからもう一度余らとやり直そう、オディオ。今度はお前を独りにさせない。これから一緒に、捕えられた魔族達を救う方法を探っていこうではないか」

「レン……レックス殿下……」


 オディオはまた一粒涙を流した。「意外に泣き虫なんですね」とからかうと鉄格子越しにデコピンをされてしまう。痛い。


 ……と、ここで看守が大慌てでレックスに駆け寄ってくる。何やら深刻な表情でレックスに耳打ちをしていた。


「レックス殿下?」

「レン。落ち着いて聞いてくれ」


 今まで笑っていたレックスが途端に真剣な顔になる。俺はぞわりと嫌な予感がした。

 そしてその予感はすぐに的中することになる。



 

「──サクラとローズが、何者かに誘拐された」

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