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05 せっかくの進学パーティなのだから推しに会いたすぎる。

 エボルシオン魔法学園の進学パーティは予想以上に華やかなところだった。というか、ずっと森で暮らしていたため、俺の貴族の華やかさへのイメージが乏しかったのだろう。

 妖精達があちこちで飛び回ってキラキラ輝いているし、並べられている料理だってどれも俺達を妖美に誘惑してくるし、何より同じ生徒達が皆正装だったのだ。どこかの社交場かここは。校門からうすうすそうだろうと感じてはいたが、制服である俺達は結構浮いている。

 

「蓮~、この料理すっごく美味しそうだよ。食べていいかな」

「おいおい、誰も口をつけてねーぞ? 食べていいわけないだろ食いしん坊」


 どうやら立食パーティのようだが、何をすればいいのかイマイチ分からなかった。とりあえず飲み物を入れるグラスをもらえばいいのか? つか、グラスってどこでもらえる?

 質問しようにも俺と桜を中心に人の円が出来てしまっているので聞くに聞けない。早くしないとこの食いしん坊が料理を食い始めてしまう……。


 ──するとここで、一人のイケメンが俺と桜の元に歩いてくるではないか。

 濁り一つない湖のような髪を後頭部に束ね、見る人間(男の俺でも)を三度見はさせるような魅力を醸し出すそのイケメンはその灰色の瞳に桜を映していた。その唇がほのかに緩んでいる辺り、ご飯のお預けをくらって悲しそうにそれらを眺める桜の姿が可笑しかったのだろう。


「初めまして。君達は今日初めてみるけれど、編入生か?」

「あぁ、そうなんだ。マドレーヌばあさんのツテでな」


 俺がそう言うと、周りからヒソヒソと話し声が聞こえる。このヒソヒソはさっきも経験したから慣れた。謎のイケメンもマドレーヌの名を聞いてキョトンとしている。


「あのマドレーヌ様に弟子がいるというのは聞いていたが、まさか本当だったなんてね。おっと、忘れてた。はい、これを」


 イケメンは俺と桜に青色の液体の入ったグラスを差し出してきた。俺達は咄嗟に受け取る。桜が途端に目を輝かせた。


「あ、これって……バタフライジュースだ!」

「ふふ。そう。甘いから、君が好きそうだと思って」


 バタフライジュースって、確かばあさんの家でもよく飲んでたな。蜂蜜みたいに甘いジュースだっけ。バタフラワーっていう花を摘んでは、ばあさんが作ってくれてたやつ。

 桜はばあさんの料理はどれも好きだったが、このジュースは毎日のように飲むくらいお気に入りだったはずだ。……ひとまずこの謎のイケメンに感謝しなければ。

 つか、このイケメンやけに桜のこと見てないか? もしかして桜目当て? 少しだけ俺はイケメンを警戒する。しかしイケメンはそんな俺にちょっとした誤解をしたようだ。


「あぁ、失礼。そういえば私の名を名乗っていなかったね。私はデュナミス・アンドレイヤ。よろしく」

「!」


 デュナミス。その名前は知っている。俺と桜は同時にお互いの顔を見た。


 ──そう、このデュナミスという謎のイケメン……リリスにばかり気を取られていたので気づかなかったがときファンの攻略対象女キャラである。もう一度言おう、女キャラである。この! イケメンが! 女なのである!!


 ……嘘だろおい、身長も俺と同じくらいのこのイケメンが女? 男として自信無くしてきた……。

 でもここでときファンの攻略対象に会えるとは思わなかった。俺は少しだけ感動で震えてしまう。そして心臓がさらに期待を表現し始めた。


 だって、それなら、きっと──


「──いらっしゃったわ! レックス王子とリリス様よ!」


 黄色い声と拍手が湧く。大広間の一際大きな扉が大袈裟に音を立てて開かれた。

 大広間の中央のテーブルに続く赤い絨毯に沿って人の列が出来る。俺と桜が走り出したのは双子よろしくほぼ同時だ。すまんデュナミス、話は後で!


 ──今は、俺も桜も、長年焦がれてきた想い人を、目に焼き付けたいのだ!


 そして。


 ルビー。一瞬、宝石かと間違えてしまいそうになるほどの輝かしい赤のツインテールがふよふよと漂う。俺の両目は、きっとこの瞬間のためだけにあるのではないだろうかと思った。

 今、この目で初めて、俺は推しであるリリス・イム・ミルファイアを見たのだ。


「かわいい……」


 無意識にそう呟く。人と人の隙間から見えた彼女は悪役令嬢という一言で済ませられるようなものではなかった。レックスの腕を自分の腕と絡める彼女は立派に王太子の婚約者を務める世界で一番美しい女性だったのだ。ゲームで見るよりも大人びて見えるリリス。その扇情的な唇に唾を飲み込んでしまう。

 ふと隣を見れば、桜は感極まって男泣きしていた。しかし俺もなんだかちょっぴり泣きそうになったので何も言えまい。


「うぅ、レックス様が、推しが、推しがぁ、こんなにも顔がいい……すきぃ……」

「あぁ、綺麗、だなぁ……」


 双子で放心しながら、レックスとリリスに目を離さない。

 レックス達は中央のテーブルに置いてあった黄金のグラスを手に取ると、一つをリリスに与え、もう一つを自分の手に納めた。

 ……こうしてみると、公式で婚約者関係だっただけにレックスとリリスはお似合いに見える。ゲーム内では二人の仲は険悪ではなかったものの、お互いの本心を話せるほど信頼し合ってはいなかった。この世界でもそうなのだろうか。


「──今日という日を、ここにいる皆と迎えられたことを嬉しく思う。今日はぜひ楽しんでいってくれ。そして明日から新しい学びを求め、我が王国の為に努めていこう」


 レックスの挨拶は簡潔なものだったが、十五歳とは思えない程の威厳ある声色だった。そりゃそうか、十五歳だってのに卒業したらすぐに王位を継がないといけないもんな。そりゃ大変だよな……リリスも、お前も。

 俺は心の中でレックスに同情する。するとその時、一瞬だけレックスと目が合ったような気がした。本当に、一瞬だけ。


 ……桜にそんな言ったらきっと殺されるから黙っておこうっと。

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