38 断罪イベントの前に。【リリスSIDE】
今日は第一学年第一学期の終業パーティー。
今日この日、リリスは〝王太子の婚約者〟としての役割を終えるのだ。
何故それが分かるのか。昨晩リリスはレックスにこう言われた。
──『明日の終業パーティーで、君への処置を宣言するつもりだ。相応の覚悟をしてくれ』と。
それはつまり、婚約破棄は確実だと言うことだ。エボルシオン学園の全生徒の前で、それを宣言される。それはリリスにとってありがたいことであった。何故ならリリスの父クラムによる悪魔騒動の一件で、国中の貴族達の間で様々な噂が蠢いているからだ。その中にはリリスやクラムを嘲笑するためだけに創造された嘘も数多く含まれている。要するにあることないこと他人にどうこう言われるよりはハッキリとレックスに宣言してもらった方がいいということ。
しかしリリスにとっての問題は別にある。婚約破棄はいい。だが、それだけでは済まされるはずがないということ。人間は魔族を異常というくらいに嫌っている。その理由はここでは省略するが、とにかく悪魔も魔族に分類されるものだ。故にエボルシオンの法律でも悪魔召喚した者は魔族に与した者として、よくて国外追放、悪くて死刑とされている。
──お父様は死刑、私は国外追放。それが妥当な判断でしょうね……。
終業パーティー直前、寮の私室でリリスは唇を噛みしめる。涙は出なかった。昨晩、散々泣いたから。部屋のリリスの荷物は綺麗にまとめられていた。いつでもこの学校から立ち去れるようにだ。
最後の令嬢としてのステージなのだからと母の形見であるドレスに身を包んだリリスは未来の王妃として申し分ない美しさであった。サラマがそんな彼女に冠をモチーフにした髪飾りを手渡す。リリスはそれをぼんやりと見つめた。
「……この日にこの髪飾りなんて、とんだ皮肉よね。今日で私はただのリリスになるのに」
『リリス……』
「いいのよサラマ。今まで私は未来の王妃なのだからと見栄を張ってしまった。周りに威圧的に接してしまったの。だから、最後は道化を演じますわ。……ただ、心残りは一つだけ」
リリスは枯れないようにと栞にした色とりどりの花を荷物から取り出す。思い描くのは、勿論この花々の贈り主である桜だ。彼女はいつだってリリスの心の中で笑顔を咲かせている。リリスは胸を抑え、昨日散々発散したはずの涙が一筋頬を伝うのを感じた。
「……出来ることなら、あの子とずっと一緒にいたかった。生きる希望を感じず苦しむだけの毒霧を彷徨っていた私を救い出してくれた尊い花。〝未来の王妃〟ではなくただのリリスとして接してくれた大切な友人。……そんなあの子を──どうして好きにならないでいられるのでしょうか……」
リリスは今になって、自分のサクラへの感情を自覚する。生まれて始めて、他者を尊いと思えた。瞼の裏に焼き付けられた笑顔。柔らかい手。過ちを犯した自分を正してくれる嘘偽りない言葉。彼女の魅力全てが、好きだ。
でも。
「……泣くのは、ステージを降りた後にしましょう」
リリスはそう自分に言い聞かせて、パーティー会場へ向かった。
──自分の犯した罪と、向き合うために。




