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16 せっかくの休日なのだから──【蓮SIDE】


「レックス様! おはようございます!」

「……ん。……、もう朝か」


 一ヶ月もレックスの犬をしていれば、流石に俺も慣れてしまう。慣れたくはなかったけどな。でも今までずっと妹の世話をしてきた俺にとって、誰かの世話をするのは性に合ってるというか意外に楽しかったりする。レックスも俺のことを「駄犬」とは呼ばなくなったし、少しは認めてくれているのかもな。

 

 今日は日曜日。レックスの数少ない休日だ。しかしレックスの下に貴族であるこの学園の生徒達からの茶会の招待状がわんさか届くため、レックスの休日はよく潰れる。レックスもレックスだ。いちいち貴族の相手なんかしなくてもいいのによ。それにこのままじゃいつか冗談抜きで過労死してしまいそうだ。そこで俺は、一つ妙案を実行することにした。


「おい犬。適当に茶会の招待状を選んだ。この封筒に記されている部屋番号の生徒に今日茶会に伺うことを伝えろ」

「あの、そのことなんですけど……」

「?」


 俺はそっと背中から一つの封筒を取り出す。そしてレックスに渡した。

 封筒には「328 レン」とだけ記した。レックスへの招待状には自分の部屋番号と名前を書かなくてはいけないから。レックスは俺を見る。


「……なんのつもりだ、犬」

「すみません、こんなこと。ですが、俺もレックス様と茶会がしたくて」

「……ぶっ!!」


 レックスが突然噴き出す。なんだこいつ! 俺は真剣だぞ!!

 

「く、くくっ、お前が茶会だと? 庶民のお前が? ははっはははは!!」

「わ、笑わないでください」

「くく、ふふふ。許せ。ツボに入った。……ふっ、面白いじゃないか犬。余を楽しませてみるといいさ」

「! じゃあ……」

「あぁ。貴様の茶会に参加してやる」

「あ、あの……一時間二時間じゃ多分足りないので、今日一日レックス様のお時間をいただきたいです」


 そうするとまたレックスは腹を抱えて笑った。こいつ、俺の前で笑うようになったなぁ。


「この第一王子の一日を奪うのだから、相応に楽しませてくれるのだろうな」

「はい。自信はあります」

「……うむ。そうか。そこまでお前に言わせたのだから、余も応えねばな。招待状は捨てておけ」

「! ありがとうございます」


 背中でガッツポーズをする俺。この日のために色々と準備をしてきた甲斐があった。

 レックスの支度を済ませると、俺はさっそく校門の前にある「生徒課」という施設に向かった。休日に出かける際はそこで名前や行き先を記録してもらわねばいけないのだ。

 ちなみに俺がレックスを連れて行きたい先は「フックの森」。薬草学の授業でよく行く森だ。この生徒課ではそのフックの森まで一瞬で移動できる魔法陣もある。自習として休日に森に薬草を探しに行く生徒も少数いるからだ。

 フックの森へ魔法陣で移動すれば、レックスは俺を見下ろす。


「おい、本当にこんな薄暗いところで茶会をするつもりか?」

「まぁまぁ、ちょっと見ていてください。おーい! みんなー!」


 俺がしばらく森の木々に声をかけ続けると、次第に妖精達がにょきりと顔を出し始めた。そうして俺の方にふよふよやってくる。


「皆、今日は作戦通り頼むよ。ちゃんとお礼にお菓子もあるから」

『やったー! おかしだおかし!』

『りょうかーい』


 すると妖精達がレックスの腕を引いた。


「うわ、何をする」

『レックスー、こっちこっち。こっちにきてー。案内するー』

「……この森の妖精をいつの間に手なずけたのだ犬」

「結構前から準備してたんですよ。今日の朝だって、会場作りとか頑張ったんですから」

「! そうか。それは期待せねばな」


 レックスは少し嬉しそうに口角を上げる。……お、今日はなんだか機嫌がよろしいようだ。


 妖精達が案内した先は木々の隙間の空間。教室一つ分くらいの広さがあったのでここを選んだ。葉と葉の間から漏れた日光が丁度いい具合に差していて、ひなたぼっこにもなるいい場所である。

 そんな空間の中心に、布を敷いてティーカップとポッド、大きなバスケット、クッションが用意してある。朝一でここに俺が置きに来たものだ。とりあえずレックスをクッションに座らせ、妖精達が熱魔法でティーポッドを温めてくれている間、バスケットを漁る。


「えっと、魔法調理学の先生に頼んで用意したお菓子です。よかったらどうぞ」

「! お前の手作りか?」

「はい。お菓子作り好きなんで」


 桜が甘いもの好きなので俺はよくクッキーやらチョコやらを前世からあいつに作ってやっていた。そしていつの間にかそこらの女子には負けないレベルになってしまった俺のお菓子作りのスキルをここで発動したのだ。ちなみに今回作ったのはステンドグラスクッキーってやつ。クッキーの真ん中にはハートの花の蜜を固めた飴が埋め込んであるものだ。


「ふむ。不思議な菓子だな。初めて見るぞ」


 レックスはそう言うと、一口それを囓った。クッキーのサクサク感と飴のカリッと割れる感覚が癖になる上に、二つの系統の甘さが舌で踊る。我ながらいい出来だろう。レックスの様子を観察していると、レックスは初めて食べるステンドグラスクッキーにこれでもかというくらい目を見開いている。


「こ、これは……!」

「ど、どうでしょう?」


 クッキーと俺を交互に見るレックス。いやそれどういう感情?

 するとレックスは俺に無言で手を差し出してきた。つまりこれは、「もっと寄越せ」の意味だと察する。どうやらお気に召していただけたようだ。少しの達成感を覚えつつ、今度は妖精達が温めてくれたお茶と一緒に渡した。ついでに手伝ってくれた妖精達にもクッキーを分けてあげる。


「ほら、他にもレーズンパン、焼き肉パンも用意したんです」

「うむ。全部食わせろ」


 レックスが俺の手作りパンを食べてくれている間は妖精達が余興にと踊ってくれた。少しだけ薄暗いところで見る妖精達の輝きはプラネタリウムに似た感動を俺達の目に刻んでくれる。

 しかしここでレックスが俺を指差して「お前も踊れ」と無茶を言うので、俺は困った。踊れと言われても、俺が踊れるのと言えば……。渋々記憶を辿りながら、とりあえず踊ってみる。そうすると、レックスが紅茶を噴き出した。


「ぶっ! ははははっはっは! なんだお前その奇妙な踊りは!」

「そ、ソ○ラン節っていいます。お、俺、この踊りしか知らなくて……よっこいしょ! ハイ!」

「ははははっははは!!! ひーっ!!」


 なんか違う意味でウケたんだけど。ま、喜んでもらえたのなら結果オーライか。少し……いや、かなり恥ずかしいけどな!!

 俺は仕方ないのでレックスの気が済むまで、小学校の運動会で覚えた踊りをずっと踊っていた……。

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