絶対絶命
☆★☆★
「何か言いたげですな?」
帰路にて、ドラクレイオスはラスカにそう声をかけた。先程から、彼女からの視線を幾度と感じていたのだ。
少女は一瞬戸惑いながらも、口を開く。
「しがい、ふえてました」
エレンとスーに聴こえないようにか、そう声を潜めて言う。
「む……」
「ちかくに、べつのむれがいたんですね」
あの二人が窮地になりかけていた時、不運にも敵に加勢があった。それらも相手に一人で立ち回っていたのだが、彼女には気づかれてしまったらしい。一匹だけラスカのいる方に逃がしてしまったのは不覚であった。
ーー実力は、あまり見せないようにしていたんですがなぁ
キラキラキラキラ……
目の前の少女は、黄昏時の空色の瞳を輝かせていた。その表情は、まるで無邪気な子供のようだ。
「ドラクさん、でしにしてください!」
「……ほ?」
「ししょうってよんでいいですか?」
キラキラキラキラキラキラ……
「む……まあ、いいですぞ。暇があればいろいろと教えますぞ」
ラスカの尊敬の眼差しに耐えられなかった。
「ありがとうございます、ししょう」
「ドラクでよいですぞ、ラスカ殿」
「はい、ドラクししょう!」
「参りましたな」と答えながら、ほっほっと笑う。
「ラスカ殿は、なぜそんなに強くなりたいのですかな?」
「わたしは、どうしてもぼうけんしゃとして、みとめてもらわないといけないんです。その……」
自分が何者なのか、知るために。
少女のその言葉は予想外のものだったからか、強く印象に残った。
「でも、ぼうけんしゃはかっこいいです。みんなのためにたたかって、すごいです。わたしも、そうなりたいです」
「ラスカ殿……その気持ち、忘れないでくださいですぞ」
ジーンと胸に熱いものが込み上げてきて、ゆっくりと息を吐く。
ぎゅるるるる………
「これ、感動をぶち壊さないでほしいですな」
「め、面目ないっス!」
ペコペコと頭を下げるスーの隣で、なぜかエレンが赤くなってうつむいている。まあ、あれだけ動けば腹が減るのは仕方がない。
……ごごごごご……
ーー今のは、お腹の音にしては……
「走るんですぞ、皆の衆!」
はっと叫んだときには、ラスカが二人の手を握り既に駆け出していた。突然のことで彼らは戸惑っていた様子だったが、すぐに異変に気がついたようだ。
四人の足元の地面が突然崩れ始めたのだ。固いはずの地がみるみるうちに細かくなり、砂になる。
「間に合いませんぞ!」
ドラクレイオスはガシッとスーを掴むと、彼の身体を勢いよく投げ飛ばす。細いスーの身体は簡単に宙を舞った。
「ひゃぁあああっ?!」
すっ飛ばされた彼が地面に落下したのが見えた。それなりに反射神経はいいので、何かの魔法を使って衝撃を軽減しているだろうーーと、信じたい。
同じ場所へ、エレンも飛んでいった。
ぎょっとして前を疾走する少女を見る。華奢な身体だが、まさか同じように投げたのだろうか。
そればかりでなく、目の前の少女の足の速さに食らいつくので精一杯で追いつけない。
ーーなんという力!
☆★☆★
「うぐ……っ……ぅ。」
「うわっ?!……って、スー!気絶するんじゃないよ!」
スーの上に落ちたエレンはパッと立ち上がると、つい先程までいた場所に目をやり、青ざめた。
「えっ……」
巨大な穴が地面に空いている。その縁にしがみついている少女の姿を見つけ、急いで駆け寄ろうとした。
「だめ、です!」
ラスカが必死に彼女を止める。見れば、わずかな振動でも土がポロポロと崩れていた。エレンもそれに気がつき、慎重に少女に近づく。
「ほら、あたしに掴まりな!」
そう言って穴を覗きこみ、絶句した。
ラスカは、片手でドラクレイオスの手を掴んでいたのだ。そして、鉢状になった穴の底には、蜘蛛のような姿の巨大な黒い魔物がいた。
「エレンさん、ラスカさ……」
復活して彼等のもとへ来たスーもこの光景に震えあがる。
「だめ、早く、一緒に逃げるんだよ……っ」
声を震わせ、涙目になりながらも、エレンはラスカの身体を引き上げようとする。スーもそれを手伝うが、二人が力を込めて引き上げようとすると、彼らの足元が崩れていくのだ。
ラスカのしがみついているところも崩壊し始め、がくんと身体が傾いた。
その下から、落ち着いた声が聞こえる。
「吾輩には構わず、手を離すんですぞ。ラスカ殿だけなら、まだ……」
「いやです!」
「ですが、このままだとそこも崩れますぞ」
ドラクレイオスのいう通りだった。穴は鉢状で側面に身体は付いているのだが、中は細かい砂になっているので踏ん張ることができない。もがいてももがいても、砂の中に埋もれるだけだ。
穴の底では、長い手足を動かしながら獲物を待つ魔物の姿が見える。
「……」
ふと、少女は沈黙していた。何かを思案しているのか、ラスカは魔物とドラクレイオスに目を向ける。
彼はその視線をどう受け取ったのか、小さく頷いた。
ぱしんっ
握られた手が一瞬緩んだのを見て、ドラクレイオスはそれを振り払った。
「エレンさん、スーさん!」
二人の悲鳴を遮ったのは、少女の声。
ラスカはハッとする彼らを見上げると、にっこりと笑った。
「かえりましょう、みんなで。ここはあぶないので、もっとはなれてください」
そして、ぱっと手を離した。