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冒険者に

ーーー



「ここが……?」


ラスカはその建物を前に、言葉を失っていた。

目の前に建つそれは、広く、大きく、立派といえる。だが、それよりも気になるのは……


「また装飾が増えているな」

「そうだね」


ディークリフトとレイが呆れた声を漏らす。

まず奇妙なのが、建物の屋根、壁、柱、窓等の材質が、明らかに統一されていない。


建物の中に至っては、あちこちにそれぞれ異色の存在感を放つ装飾品が飾られていた。よく見ると、床に敷き詰められているタイルの色も様々だ。


まるで世界中から集めたものを、ぎゅっと一つにしたような感じだ。

そしてそれと同じように、様々な民族の人がいる。


「このギルドは、おそらく世界初の"全ての人の為のギルド"なんだよ」


もともとギルドは冒険者の為のものだったが、ここは誰でも登録し、依頼を受けることができる。年齢、性別、人種を問わず、だ。


「ラスカ、登録はこっちだよ」

「はい」


レイに促され、とあるカウンターへと向かう。受付の女性から簡単な説明を受け、少年がいくらかお金を払うと、一枚の紙を受け取った。真っ白で驚くほど軽い紙に、金色の文字が並んでいる。


「こちらにお名前と、血印をお願いします」


渡されたペンを片手に、いまだに書きなれない自分の名前を慎重に書く。

隣でそれを見ていたレイに「どうですか?」と尋ねると、彼は小さく頷いた。


「うん、それでいいよ。あとは、この針で右手の親指を刺して、サインの側に押し当てるんだ」


教えられた通りにすると、紙面上の金色の文字がふわりと浮き、あっという間に掌に吸い込まれていく。残された紙には、色を失った黒い文字が並んでいるだけだ。


「これで登録は完了いたしました」

「ありがとうございます」


そう礼を言いその場を後にしようとすると、ぐっと服の袖を引っ張られた。


「ちょっと待ってよ、ラスカ。あの、冒険者の適性検査も受けたいんだけれど、いいですか?」


レイの言葉は意外だったのか、受付嬢は困ったような反応を見せる。


「冒険者の、ですか?」

「あ、オレじゃなくて、こっち」

「彼女が……?」


ラスカは二人の視線に首を傾げた。


「一応、登録は終わったんだけど、今のラスカにはおつかいとかの一般の依頼しか受けられないんだよ。オレとディークみたいに魔物討伐とかの依頼を受けるには、冒険者の適性検査に合格する必要があるってわけ」

「なるほど……」


納得するラスカに対して、女性は驚きを隠せない様子でレイを見ている。今の言葉から、この小さな少年も冒険者だと理解したからだ。


そして何かを思い出したように、彼女は一瞬、自身の足元に視線を落とす。そこには、長いスカートの下に隠れた、蹄のついた馬のような脚があった。


「そうですね。ここは、"全ての人の為のギルド"です」


そう言って、ふっと口元を緩める。

ここでは年齢も、性別も、人種も、関係ない。


「案内いたしましょう。こちらです」




---




レイと別れ、ラスカが通された場所には、すでに何人かの人が待機していた。彼女を除いて、全員男性だ。


当然、多くの視線が集まる。

嘲笑、侮蔑、哀れみ、驚き……

だが、これからのことで頭がいっぱいで周囲のことを気にする余裕はなかった。


しかし、目の前を誰かに立ち塞がれ、ラスカは相手を見上げた。顔を見るが、知らない。正確に言うと記憶にない。


「ここはお前のようなやつが来るとこじゃねえんだよ。とっとと失せろ、ガキ」

「……?」


しばらく男を見上げた後、ふっと後ろを振り返る。案の上誰もいないので、やはり自分に声をかけているようだ。


「えっと、なにか、ようですか?」

「消えろといっているんだ」

「……あの、わたし、まほお、つかえないです」


後になって、これは「出ていけ」という意味だったのだと理解するのだが、その時は言葉の意味をそのまま受け止めてしまっていた。仕方がないだろう、言葉を覚えて間もないラスカの語彙力は、まだ幼い子供に等しかったのだ。


「うぐぐぐぐ……」

「……っぷ……はははははっ……!もういいじゃないか、その子はきっと異国の子じゃないか?」

「はーっ、笑い死にしそう」

「お嬢ちゃん、サイコー」


笑い転げる男達につられて笑っていると、突然目の前の男が腕を掴んできた。


「調子にのんな、ガキィィ……ッ?!」


腕を捻りあげられそうになったので、とっさにその動きにあわせて身体を回転させる。


「なっ?!」


怒りで顔を真っ赤にさせた男が、顔をめがけて拳を降りおろしてくる。さすがに周りもまずいと思ったのか声をあげるが、もう遅い。


シュンッ


言われるまでもなく、すでに男の目の前から脱出している。


「……え?」


誰かが呆ける声が聞こえた。


男の拳は空を切り、勢いを止められずに体勢を崩し転倒。そこにあった珍しい調度品や置物を倒してしまった。


……ガッシャーンッ!!


耳障りな音が、予想以上に派手に鳴り響いた。倒れたはずみでバラバラになった部品の一部が、衝撃音の余韻と共にカラカラと転がっていく。


ーーこれ、まずいんじゃ……?!


めちゃくちゃになってしまった物品にひやりとしていると、騒ぎを聞きつけたらしいギルドの職員が駆け付けて来た。


「何事ですか?!」


部屋の惨状と倒れている男に愕然となりながらも、職員は声を張る。


「ギルド内での争い、暴力行為は禁止ですよ!」

「あ、あの、ごめんなさい。こわすつもり、なかったです」


騒ぎが大きくなる前に謝罪しておいた方がいいだろうと、とりあえずすぐに頭を下げた。


「その、ころばせて、しまって」

「は……?」


殴られそうにはなったが回避したので、暴力は受けていない。未遂である。

その相手はというと、気を失っていた。あれだけ偉そうな態度だったが、中肉中背の普通の男だった。


「よいしょっと」


そのままにするのも可愛そうだったので、とりあえず男を長椅子まで担いでいき、寝かせる。これくらい一人で出来るので、他の人の手は借りなかった。


なぜか奇異の目で見られている気がしたが、深くは考えない事にした。






その後、適性検査には無事合格し、ほっと胸を撫で下ろす。


ーー何事もなくてよかった!

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