アレスティア王国
説明の部分が多いです。
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翌朝。屋敷から外に出たラスカは、周りを見渡す。屋敷の周囲は、草原と森。どこまでもどこまでも、緑、緑、緑……。
少なくとも、目に見える範囲に町らしいものはおろか、建物が一つもない。
「ラスカ。前に、ここは特別な場所だと教えたよね。ここは、世界と分離されてる。聖域にすんでいる人間は、オレ達だけなんだ」
「……?」
言っていることがよく分からず、首を傾げてしまう。
「すぐには分からないだろう。まず見てみろ」
ディークリフトが手を開き、指輪が輝いた。魔法だ。
「……??」
氷が生み出された訳ではない。グニャリ、と空間が歪んでいる。
そのまま渦をまくようにして、あっという間に穴が空いてしまった。
「世界と、聖域を繋げたんだよ。ラスカも通って」
レイに促されるまま、穴を通り抜ける。その瞬間、数多の音が鼓膜を、全身を震わせる。
「わぁっ……」
人びとのざわめき、荷車の音、どこからかいい匂いもしてくる。静寂に包まれた聖域にはない、確かな人間の生活の気配がする。
「あれ?」
後ろを振り返ると、薄汚れた壁があるだけだった。三人がいるのは、周囲を家の壁で囲まれ、狭く、じめじめした場所。聖域と繋げた穴は閉じてしまっていた。
ディークリフトを見上ると、ふいに視線を逸らされる。
「……何だ」
「え?」
頬を掻きながらどこか居心地悪そうに視線を落としている彼を見て、無意識にこの青年を注視してしまっていた事にきがつく。
そうして、なぜだか視線を逸らせる事も見続ける事も難しくなってしまった。
「今、路地裏にいるんだよ」
ふいに生まれた妙な空気は、そんなレイの声でどこかへ流されていった。
少年は人差し指を唇に当てて、念を押すように続ける。
「聖域のことも、空間を繋げたことも、誰にも言っちゃだめだよ」
「はい」
そう答えながらも、ラスカは少し不安を抱かずにはいられなかった。
居候しているとはいえ、二人の素性をほとんど知らない。何かと謎の多い彼らは、実は後ろめたいような事をしているのではーーと考えてしまう。
「ディークは、魔術師の中でも特殊なんだよ。異空間に世界を創ったり、空間を繋げたりなんて、普通の魔術師はできないんだ。
へんに目立つと、いろいろと厄介で」
「……全くだ」
「たいへん、なんですね」
何においても「特殊」と認識される者は、彼らにしか分からない苦労があるものだ。二人も、そういうものなのだろう。
細い路地の角を何度か曲がると、すぐに広い通りに出た。あまりの人の多さに面食らっていると、小さな手がぽんっと背中を叩く。
「はぐれないでよ」
「はい!」
二人とはぐれるのは最悪の事態を意味する。ラスカは聖域への帰り方を知らないからだ。
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「今いるのは、この国の王都だよ。向こうに見えるのが神殿」
ギルドを目指して、ラスカはディークリフト達と街を訪れている。歩きながら、レイは大きな白い建物を指し示した。石造りのお城のような建物だ。周りを高い壁で囲まれ、厳重に警備されているのが分かる。
「クライス教の神殿だよ」
「あれが……」
クライス教は最も信仰されている宗教だ、ということは本で読んだ気がするが、あまりピンとこない。
「そういえば、ラスカは宗教の概念もよく分からなかったね。無教徒だったのかも。この国の神殿は本殿で、他国からは聖地として崇められているんだって」
ちなみに、この国の名前はアレスティア王国。別名、光の国。聖地と呼ばれる場所があることを考えると、納得だ。
巨大な神殿から四方に伸びるように大通りがあり、中心地は立派な建物が並んでいる。王宮や富裕層の屋敷、町人の街やギルドの本部がこの王都にある。
王都を出ると街道や森があり、大小様々な領地……農村、街や商業地区、観光地などが点在している。
歩きながら、ふとある事に気がつき前を歩く少年のマントを引っ張った。
「レイ……」
彼はちらりと振り返ってこちらを見た。何かを察したのか、「あぁ」小さく肩を竦めてみせる。
「目立つのは仕方ないよ、ディークと一緒だとね」
先程から、三人はかなりの視線を集めていたのだ。ディークリフトもレイも美形なので、どうしても目立つ。
「もうちょっと自重してくれたらいいんだけど」
そう言う少年のようにフードを目深に被ったりすればいいのだが、ディークリフトは全く気にしている様子がないので、それも無理そうだ。
しかし、一番気になるのは、二人だけでなく自分に対しても視線を感じる事だ。
「わたし、なにかへんですか?」
「ラスカが?」
不思議そうに聞き返した少年が、目線を少し動かして髪を見たのが分かった。
「うーん、髪の色が珍しいとか?夕焼けみたいできれいな色だよね」
レイは見た目の割には大人びていていつも素っ気ないが、驚くほど素直なところがある。
嬉しいような恥ずかしいような、そんな温かい気持ちになって、つい少年の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「……あわわわわっっ?!」
意表を突かれたからか、彼は慌てた様子で首を引っ込めた。
「レイ、やさしいです」
「分かった、から!やめてよ!」
「……あ、ごめんなさい」
手を止めると、髪をくしゃくしゃにしたまま、レイはムッとした様子で顔を背けてしまった。
「レイ、もっと、こどもらしいと、かわいいですよ?」
「オレは子供じゃない!」
そうは言ってもせいぜい10歳くらいにしか見えないので、全く説得力がない。
「ふふっ」
「あーー絶対バカにしてるでしょ?!」
「してないです。かわいいって、おもっただけです」
まるで姉弟を見るような微笑ましい視線が向けられていたことを、二人は知らなかった。