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生きた屍 拾う少女  作者: 潰れたアリ
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1.虚構の絆 [前編]

ファンタジー世界における死生観と宗教。あとは死体の処理方法を考えてたら、興味が湧いて書きました。

飽き性+失踪癖があるので、期待しないで下さい。

  ──ここは死の樹海。

 夜に煌めく月も、朝に包む太陽の光さえも届かないほど鬱蒼とし、凶悪な死を際限なく振りまく魔獣が闊歩する。樹々は毒の胞子をばら撒き、大地を死の色に染め上げる。



 そこに死に体の男が1人。

 男の身体は人間と呼ぶには形が整っておらず、肉は裂け、骨はひん曲がり、毒の大地には赤い水溜りを作り出していた。

 更に男の身体には蛆が湧いており、その肉体を食糧にされ、蹂躙されながら、いいように苗床にされていた。


 そこまで凄惨ななりでも、男は確かに生きていた。

 呼吸をし、痛みと不快感に耐えながら、生きたいと願っていた。


   ──ただ、ひたすらに『死にたくない』と微かに声に出していた。



 ■■■



「おーきーてー下さい!」


 早朝よりも早い深夜とも呼べるその時間帯。太陽は顔を見せず、小鳥の囀りも深い夢の中。

 フリルの少ないクラシカルメイド服を着た少女リメルは、3人分の朝食を片手に、ベッドにうずくまるように寝ている主人を起こす。


「…………」


  しかし、返答はない。


「お嬢さまぁ〜。起きてくださいよぉ〜」


 リメルはベッド脇のテーブルに朝食を置き、主人の体を譲ることにした。それでも主人からの応答はない。


「ヴァーデ様はもうお目覚めですよ」

「あの怠け者がですか?」


 それを聞いた主人は淡々とした声色でベッドから這い出てくる。ベッドから這い出てきたのはネグリジェに身を包んだくすんだブロンドヘアの少女。あまりにも素早い目覚めから、狸寝入りしていたことは確実である。


「おはようございます、お嬢さま」

「えぇ、おはようございます」


 ユティーという名を持つその少女は、その豊満な胸を見せつけるかのように背骨を伸ばすと、欠伸を1つ。


「怠け者が私よりも早く目覚めるとは……

 少し認識を改める必要がありますね」

「ああ、それ嘘です」

「…………まあ、気づいてましたけど」

「はいはい」


 リメルは顔をそらすユティーの発言に言及せずに、ユティーの着替えを手伝う。

 修道服に着替え終わったユティーは、自分の足元を踵でコンコン、と2回叩いた。


「起きなさい。従者の分際でご主人様より遅い目覚めなど神はお許しになりませんよ」

「…………」


  しかし、返答はない。


 主従揃って似た者同士だとリメルは思うが、口には出さず、口角を少し上げて微笑むだけだ。


「あと5秒で起きなければ、本日の貴方の仕事量を倍にします」


 ユティーがそう発言した瞬間、ユティーの影が揺らめく。そして穴から這い出てくるようにユティーの影から現れたのは、黒いナニカ。

 長身の人型をしているが、人のようには見えず、呼称するのならば影としか言いようがないそれは、シルエットからして大きな欠伸をしているようだった。


「おはよう、お嬢。最悪の目覚めだ」

「えぇ、おはようございます。無駄飯食いの分際で空寝とはいい度胸ですね」

「俺を無駄飯食いにしてるのは、お嬢の責任だ」


 ヴァーデという名を持つ影はそう言い、リメルに朝の挨拶を告げて席に着く。ユティーはヴァーデの物言いに否定せず、ヴァーデの横に座る。

 程なくしてリメルがお茶の準備をしたところで、3人の朝食はスタートした。




   □□□




 日が昇り、人の目覚めと共に軽やかに街が賑わい出す。

 屋敷から出たユティーとリメルは依頼主の元に向かう。その道すがら、リメルはユティーに尋ねる。


「そういえばヴァーデ様はどこに?」

「彼なら不貞寝してますよ。よほど食事をするのが気に食わないのでしょう」


 彼は無駄な浪費を嫌いますから、ユティーは言葉の最後にそう付け加えて自身の影を足で叩く。


「正直なところ、お嬢様もヴァーデ様も食事をして意味があるのでしょうか?」

「理由は言えませんけど、食事をする理由は確かにありますよ」


 無駄話を程なくして目的地に到着する。

 そこは冒険者ギルド『金剛の楔(ダイヤモンドコネクト)』と言う一種の組合。金剛石よりも硬い絆の意味を持つその名の通り、この街では固い結束で名を轟かせている。

 ユティーとリメルは依頼を持ちかけた人物を訪ねるために、『金剛の楔(ダイヤモンドコネクト)』の扉に手を掛け、中に入る。


「依頼を受けたユティー・ティアナックです」

「ユティー様とお付きの方ですね。話は伺っております」


 ユティーは受付に端的な自己紹介を済ますと、受付嬢はユティーとリメルを、依頼人の待つ奥の部屋に案内する。


 そこに居たのは2人の冒険者。右側に座るは戦鎚を背に背負った筋骨隆々な赤毛の男性。左に座るは翡翠の結晶をあしらった杖を持つ女神官。

 2人の冒険者はユティー達を見ると、席に着くように促し、赤毛の冒険者が口を開いた。


「よく来てくれた。私の名前はリーガルド。この『金剛の楔(ダイヤモンドコネクト)』のギルドマスターをやっている。で、こっちの神官がエスラナ」


 エスラナと紹介された女神官は頭を下げてお辞儀をする。


「存じております。わざわざご丁寧にどうも」


 ユティーはそう答えると、後ろに控えていたリメルから紅茶を受け取り、口に含む。


「……それで? 私を呼んだということは」

「ああ、裏に安置してある」


 リーガルドの言葉にユティーは頷くと、立ち上がる。



「それでは葬儀の準備を始めましょう」



 ユティーは足で床を叩き、不貞寝する従者を起こす。


「起きなさい。ヴァーデ。仕事の時間です」


 その呼びかけに応え、ユティーの影の中から、這い上がるようにヴァーデは出てくる。

 その異質な容姿と登場の仕方に、エスラナは武器を手に取り、身構える。


「お、お待ち下さい。彼はこんななりですが、確かに人の腹から生まれた身です。武器を収め下さい」


 今にも飛びかかりそうなエスラナに対して、リメルは静止をかける。


()()が噂の『葬儀屋の護衛(ヴァーデ)』か?」


 リーガルドはその鍛え上げられた太めの指をヴァーデに向けて指す。


「はい。()は力だけは十二分にあるので、葬儀に関する力仕事は一手に担ってます。 ……まあ、少々事情が複雑ですが」


 最後に小声で付け足したユティーは、ヴァーデに安置されている死体を屋敷に運ぶようにと指示を出す。

 ヴァーデは気怠げに頷くと、不信感を露骨にあらわにするエスラナの案内の下で、死体の安置所に向かった。


「実はだな。今日は私も時間があるんだ。だから、葬儀の準備を手伝わせてもらう」


 リーガルドのその言葉に、ユティーは長い沈黙の後。


「………………ええ、よろしくお願いします」


 妖艶な笑みを浮かべてそう答えた。




   □□□




 ユティーの屋敷。

 そこの中庭で葬儀の準備は始まる。


「では、まずは死体を洗いましょう」


 ユティーはリメルに死体の男を洗うように命じる。

 人2人分が横たわれるほど余裕がある大きめの桶に水を張り、ヴァーデが担いで来た棺から死体を取り出してそこに入れる。


「私も手伝うわ」


 エスラナも袖を捲り、リメルと共に桶で死体を洗う。


「リーガルドさんはこちらに」

「ん? どうかしたのか?」


 ユティーはリーガルドを連れて、中庭にある椅子に座らせる。ユティー自身も机を挟み、リーガルドの正面に座る。


「貴方にはいくつか質問をさせていただきます」

「質問とな?」


 リーガルドは首を傾げ疑問を浮かべる。


「ええ、葬儀を行う上で重要な事です」

「なるほどな。私が答えれる事ならばなんでも聞いてくれ」

「ありがとうございます。では、最初に彼の方の名前は?」


 ユティーは現在進行形で身に付けているものを剥がされ、水の中でザブザブと洗われている遺体に視線を向ける。


「ああ、あいつの名はノブルムだ。槍の扱いに長けていてな。優秀な友だったよ」

「ノブルムさんは何か信仰する神、宗教などは?」

「私の記憶にある限りは無いな。あいつは無宗教だったはずだ」


 ユティーはメモ用紙に聞き出した情報をまとめる。


「ちなみに死んだ時の状況は」

「……遠征の帰りにな、気が緩み油断しているところを背後からゴブリンにバッサリと……今でも後悔が募るばかりだ」


 リーガルドはこめかみを抑えて俯く。

 その表情は見えないが、ギルドマスターとしてノブルムの死はそれなりに堪えているようだ。その巨体からは考えられないほどの哀愁が漂っている。






「随分と面白い傷をつけているな」


 暇を持て余したヴァーデは、洗われるノブルムの背中を見て言葉をこぼした。


「どうかなさいましたか?」

「その傷跡だ」


 ヴァーデはノブルムの死因となった背中の傷を指差す。

 首元から右脇腹にかけてバッサリと付けられた大きな傷。斬られた当初はそれは大量の血が流れた事だろう。


「ふっ、向こうでゴブリンごときに不意を突かれたと言っていたが……」


 そこまで言ったところで、ヴァーデは言葉を止める。その後、数秒考えたところで嘲笑いながら……


「ゴブリンごときにこれほど大きな傷を付けられるとは、この冒険者は中々愉快に間抜けな行為をする」


  ──そう言い放った。


「あ、あんたねぇ!!」


 怒りを露わにしたのはエスラナ。

 その目は怒りに震え、死した仲間に対する冒涜を赦すまじと杖を手に取る。


「それが死んだ人に対する感想!?侮辱にも甚だしいわ!!」

「……お前は無関係か」


 即発な空気があたりに漂う。

 武器を構えて今にも飛びかかりそうなエスラナに対し、何かを考え込むヴァーデ。

 その圧に耐えられず、リメルが割り込んだ。


「2人とも落ち着いて下さい!!エスラナ様、屋敷内での暴行は困ります。ヴァーデ様も今の言いようは改めて下さい」

「すまなかった。先程の言いようは問題があった」


 ヴァーデは即座に頭を下げた。あまりに素直な反応に、リメルもエスラナも目を点にして呆然とする。


「ヴァーデ。来なさい。仕事です」

「承知した」


 ヴァーデはユティーの呼び掛けに答え、リーガルドとユティーの元に向かう。


「あなたはこれを元に墓石を準備しなさい」


 ヴァーデが受け取ったのはノブルムの情報が書かれた1枚の紙。墓石に刻むべき事柄が十分に記載されている。


「今回の報酬として、ナーザル金貨6枚を受けっています。それなりに豪勢にして構いませんよ」

「それなりに、ねぇ……

 承知した。明日の朝までには間に合わせる」


 ヴァーデは屋敷の中には戻り、墓石の制作に取り掛かる。


「さて、残りはこちらで終わらせます。

 葬儀は明日の夕方に始めますので、ノブルム様の関係者には連絡をお願いします」

「あい、わかった。

 エスラナ、帰るぞ」


 リーガルドはユティーに了承の旨を伝え、黄昏が空を包む中、エスラナを引き連れ帰って行った。

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