【電子書籍配信記念の番外編】祝福の効果
お師匠様にもらった祝福で何が起こったかと言うと――
「お待ちください。ハンカチを落とされましたよ」
「あら、ありがとうござい…………ぎゃぁああ!」
アシュレイは長所が伸びてさらに強くなった。その結果、余計に女性達から怖がられるようになってしまった。本気で逃げていく令嬢達の残した脱ぎ捨てられた靴を切なそうに見ている背中に、何とも哀愁感が漂っていた。
「あら、本当に失礼な方々ね。アシュレイ、気を落とす事ないわよ。彼女達には、私がしっかりと礼儀を教えてさしあげますわ」
しかしその傍らには、シャーロッテ様が寄り添っている。あの舞踏会以来、少しは距離が近づいたのかと思いきや、シャーロッテ様も祝福の効果で長所が伸びた結果――
「はっ! も、勿体無きお言葉、誠に感謝致します!」
ますます王族としての威厳に磨きがかかり、アシュレイからより尊ばれる上司になったようだ。お師匠様、わざとなの?
「何を見ておるのだ?」
ルークは私の視線の先を辿って、バルコニーから庭園を見下ろした。
「姉上とアシュレイか。あの二人、中々進展しないな」
「むしろお師匠様の祝福のせいで、平行線がより開いたような気が……」
「下手に刺激してもよくないし、見守るしかないだろう」
「そうですね」
真面目なアシュレイから理性を取っ払うような何かが起きない限り、難しいのかな……なんて考えていたら、何故かルークが拗ねた顔でこちらを見ていた。
「それよりも、リア。いつまでアシュレイを見ている気だ?」
この眼差しは、構って欲しいって事だよね。アシュレイを見ていたというより、考え事をしていただけなんだけどな。
「ルーク、よかったら少し散歩に行きませんか? 折角良いお天気ですし、外は気持ち良さそうだなーって見ていたんですよ」
「そうだったのか? ああ、行こう!」
美しい薔薇の咲き誇るロイヤルガーデンを散歩した後、私は目的の場所にルークを誘った。王宮と騎士団の訓練所を挟む位置にある、立派な大木の元へ。
「さぁ、こちらへどうぞ」
大木にもたれかかって座った私は、自身の膝をとんとんと叩く。
「ルークの特等席ですよ。ここに頭を乗せて下さい」
「そ、そんな事をしたら、足が痛くならないか?」
「見せたいものがあるんです。だから遠慮なさらずに」
少し遠慮がちに、ルークは私の膝の上に頭を置いた。体重をかけないよう必死にプルプルしている。
「ほら、そんな空気枕みたいなことをしていると首がつりますよ。遠慮なさらずに」
頭を撫でてあげると、観念したルークは力を抜いた。耳掻きする体勢になっちゃっているけど、こうじゃないんだよな。私が見て欲しいのは。
「ほら、体勢を変えて上を見て下さい」
私の声に促されて向きを変えたルークは、木漏れ日を見て感嘆の息を漏らした。
「とても綺麗だ。リアはいつも、俺が知らない景色を見せてくれるな」
嬉しそうに弾んだ声でそう言われて少し嬉しくなった。
王子様が外で寝っ転がって空を仰ぐなんて事は、普通はないだろうしね。
優しく差し込む光に葉っぱが輝いて見えるこの景色、私好きなんだよね。前世では色々考えるのが面倒になった時、人気のない場所でよくこうして木にもたれかかって、木漏れ日を眺めていたな。不思議と落ち着くんだよね。
「じゃあ今度は目を閉じて、耳で感じてみてください」
目を閉じた時により鮮明に聞こえる木々の揺れる音や、葉っぱのざわめく音。まるで忙しい世界から切り離されたかのようなその空間は、ゆったり出来て気持ちが良い。
「これは、癒されるな……」
「でしょう? 私の好きな場所なんです。今まで誰にも教えた事なかったんですけど、ルークだけ特別ですよ」
「俺にしか、教えていないのか?」
「ええ、そうです。誰にも見つかりたくない時に来る場所ですから」
「そんな大切な場所……俺に教えてもよかったのか?」
「ルークだから、知って欲しいって思ったんですよ」
色んな事を共有して、もっといっぱい楽しい思い出を作っていきたいから。
出来ることなら、私の好きな事や場所も知って欲しい。
別にそこまで好きになれ! なんて思わないけど、そうして少しずつお互いの事を知っていければ、絆はより深まると思うから。
「嫌、でしたか?」
よく考えれば一番高貴な身分の方に、こんな場所で横になれなんて不敬すぎたかもしれない。返事がなくて不安になり、恐る恐るルークの顔に視線を落とす。
「いや、とても嬉しい。教えてくれてありがとう」
感無量といった面持ちで、ルークが言った。その頬は赤く染まり、瞳は若干潤んでいる。私の不安はどうやら余計な杞憂だったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「木漏れ日の下でするお昼寝は、格別に気持ち良いのですよ。ルーク、よかったら体験してみませんか? このまま寝かしつけてあげますから」
「やってみたい気もするが、膝……負担にならないか?」
「ご安心下さい。いざとなれば幻覚憑依でどうとでもなりますから。さぁ、目を閉じて下さい」
「分かった。ありがとう」
最近、舞踏会の準備で急がしそうだったからな。ルークの目元にはうっすらクマが出来ている。
お店がオープンしたらこうしてゆっくり過ごせる時間もしばらくは取れないだろうし、たまにはいいよね。
優しく頭を撫でてあげていたら、規則正しい寝息が聞こえてきた。やっぱり疲れていたんだね。
断末魔の叫びを上げていた頃が嘘のように、安らかな顔をしている。良い夢を見てくれていたらいいな。
「リア……」
しばらくボーッとしていたら、急に名前を呼ばれてびっくりした。寝言か。
「それは食べられないぞ……」
私、ルークの夢の中で一体何を食べているの!?
ていうかとことん食い意地がはった奴だって思われているんだろうな。餌付けしたいとか言っていたし。
「お願いだ………それだけは食べないでくれ」
ねぇ、何食べようとしているの?
夢の中の私は一体何を食べようとしているんだよー!
ルークはそう言って辛そうに眉間に皺を寄せたかと思うと、ふにゃっと蕩けたような顔になった。一体どんな夢見てんだよ。
叩き起こして真相を問い詰めたい衝動に駆られるも、嬉しそうな顔をしているルークを見ていたらとてもじゃないが起こせない。ぐぬぬ、起きたら覚えておくがいい。
結局お師匠様が私とルークにかけてくれた祝福の効果もよく分からないし。
『そのうち分かるよ~』
としか教えてくれなかったからな。そのうちっていつだよ。後から分かるなら、何か良いことが起こるって事なのかなー?
地面を掘ったら埋蔵金を発見出来るとか……なんて考えていたら
「…………アンタが一番、可愛いよ。リア」
突然そんな寝言が聞こえて顔から火が出そうになった。膝枕、色んな意味で心臓に悪い!
「そんな夢の中じゃなくて、現実で言って下さいよ」
どうせ寝ているからいいやと、非難がましく言ったら、下からクスクスと笑い声が聞こえてきた。ま、まさか、起きていたの!?
「夢の中で、俺は何て言っていたのだ?」
「ひ、秘密です!」
どうやら、私の声で起こしてしまったらしい。
「好きだ、愛している、世界で一番愛おしい……」
上体を起こしたルークは、そう言ってじっと私の顔を覗き込む。
「どうやら違うみたいだな。うーん……」
人の顔を見て正解探るのやめてー!
顎に手をかけて考える仕草をしながら、ルークはふと表情を緩めて口を開いた。
「リンゴみたいに顔が真っ赤だ」
「もぅ、ルークのせいじゃないですか!」
「はは! でもそんなアンタが世界で一番可愛いよ、リア」
恥ずかしくて両手で顔を覆うと「どうやら正解だったようだな」って耳元で囁かれた。
『カレドニア王国の繁栄を願って、次代を担う君達がいつまでも仲睦まじくあれること。それが君達に贈った祝福さ! じゃんじゃん国を富ませていってね~』
その時、お師匠様の声が聞こえた気がした。あぁ、なるほど。確かにそれは言われないと気付かなかったかもしれない。
だってルークはいつもこうして惜しげもなく甘言を吐いてくるから。純情で真っ直ぐなその思いが嬉しくもあるけど、恥ずかしくもある。
でもそれはとても贅沢な悩みなわけで、今日も私は幸せだなって改めて思った。でもやられっぱなしは嫌なので反撃もする。
「ルーク」
「どうした?」
「好きです、愛しています、世界で一番愛おしいです」
秘技、オーム返しだ!
大体こうすると、ルークは挙動不審になって茹で蛸みたいになる。
「ふふふ、顔が真っ赤ですよ」
「り、リアのせいだ!」
「私の言葉でそうやって照れてくれるルークは、世界で一番可愛いですね」
「お、男は可愛いって言われても、嬉しくないんだからな!」
可愛いって言うとルークは少し拗ねるけど、その顔もやっぱり可愛いって思うからついつい口に出してしまう。
「あら、それは残念です。皆の前では格好いい貴方が、私の前でだけは可愛くなる。私はルークのそんな姿が愛おしくて仕方ありませんのに」
私だけの特別だよって意味を込めると、ルークは途端に嬉しそうになる。
「それなら……いい」
照れ臭そうにそう呟いたルークは、やっぱり今日も可愛いね。
最後までお読みくださりありがとうございます!
この膝枕シーン、実は電子書籍の美しい表紙に感化されて書き上げた短編なんです。
絵で見たいよって方は是非、「Renta!」さんで電子書籍版を探していただければと思います!
(幸せそうにリアの膝で眠るルークが堪能出来ます)
コミカライズも進行中ですので、引き続き【幻覚治療】を楽しんでいただければと思います。











