44、どうやら敵は、かなり厄介なご様子です
目を覚ますと、手足がビリビリして力がうまく入らない。その上、後ろで両手を縛られていて起き上がる事さえ出来ない。海から打ち上げられたエビのように、ベッドに転がされている。
最悪だ……と、嘆いても仕方ない。まずは冷静に状況把握に努めよう。
ほこり臭い部屋だけど、置かれている家具はそれなりに質の良さそうなものだ。この部屋は一体……
「よかった。リア様、大丈夫ですか? 急に倒れられたので驚いて……」
さっき私に何かを盛ったらしい綺麗なお姉さんが、白々しい演技をして話し掛けてきた。
「思わずその馬鹿さ加減に、笑いがこみ上げてくる」
綺麗なお姉さんが目の前で、病んでるオーラバリバリの長い髪のお兄さんになった。右目を髪で隠しているけど、眼帯の紐のようなものがみえる。
変化魔法なんて普通は使えない。つまりこの人は……右目を犠牲にして魔法を会得した、私と同じ精霊の加護持ちだ。
休憩所へいく途中に違和感を感じたのは、やはり魔法で何かされていたのかもしれない。談笑している人達が居て、警備に騎士さん達も居たのに、倒れた私をこんな所に連れてこれるなんて普通ならありえない。もしかするとあの時、私は変化魔法をかけられていたのかもしれない。
連れの具合が悪くなったのでゆっくり休める部屋を貸して欲しいなどと言えば、あの場から抜け出す事も簡単だ。あそこまで用意周到に私の油断を誘い罠にはめてきた男だ、それくらい普通にやりそうだし。
「まさかあの馬鹿に、指輪を預けるような婚約者が居たとは驚きだ。本当は王女を連れて来ようと思っていたが、中々ガードが堅くてな。お前がチョロくて助かったぜ」
ソファーに偉そうにふんぞり返って座った青年は、高らかに笑い声を上げている。
「何が目的ですか?」
「目的? そんなもん決まってるだろ、王家に復讐だ! 本当は俺が王太子になるはずだったってのに、父は処刑され、アイツ等のせいで俺の人生は台無しだ!」
王太子になるはずだったと言うことは、それなりに身分があったという事だ。
王妃殿下がお亡くなりになったのは、水面下で激化していた王位継承権を争っての事だったと前に団長サマから聞いた。
目の前に居るこの青年は、どう見ても王子や王女より年上だ。
もし仮に謀反を起こした陛下の弟に、陛下より先に男児が生まれていたとしたら……その時点での王位継承権は一番に陛下の弟、次いでその子供になるだろう。
自分達に王位が回ってくると思っていた矢先に、陛下に男児が生まれたとしたら……怒りの矛先は王太子であるルーク王子に向くだろう。
それが最悪の形で露見したのが、王妃殿下がルーク王子を庇って亡くなった事件だとしたら……この青年は陛下の弟の子供で、王子の従兄にあたるんじゃないだろうか。
関係性を考えてはみたものの、今はそんな事どうでもいい。どうやってここから抜けだそうか。そちらの方が重要だ。
動こうにも手足が痺れて力がうまく入らない上に縛られている。
せめてこの両手の縄さえ解ければ、手足の痺れはそのうち取れるだろうし、逃げるチャンスもあるはずだ。
とりあえず今は、時間を稼がせてもらおう。
「復讐とは、具体的にどうなされるおつもりですか?」
「そうだな。お前を盾に、俺はあいつと成り代わる」
そう言うと、青年は変化魔法を使ってルーク王子に化けた。
「どうだ? そっくりだろう」
絶句した。どこからどう見ても、ルーク王子にしか見えない。
「アイツには、俺に変化させる魔法をかける。そうすればどうだ? 俺は晴れて王太子。アイツはお前を攫った誘拐犯だ。出自は平民とはいえ指輪をはめた次期王太子妃を拐かしたとなれば、その罪は重い。そのまま死罪も免れないだろうな」
そんな事、絶対させない。
手足は動かないけど、魔法は使えるし。あの青年が近付いてきた所で気絶させよう。
変化を解いた青年は再びソファーに腰掛けた。どうやら魔力を温存しているらしい。
こちらも出来れば魔力は温存しておきたい。消費を抑えるには、どうにかして青年をこちらにおびき寄せなければ……
「怖じ気づいて声も出ないか? どちらにせよ、こうやって攫われた時点でお前に未来はない。不運だったな、あんな馬鹿に好かれて」
「不運? 私は王子と出会って、そのように感じたことは一度もありませんが?」
鼻で笑った青年は、嘲るようにこちらを見ている。
「馬鹿には馬鹿しか寄ってこないんだな。アイツはな、本当に馬鹿なんだよ。俺に利用されてるとも知らずに、ペラペラと機密情報を教えてくれたよ。だからそれを利用して、一番城の警備が薄くなる日に、父上はアイツに刺客を送ってくれた。それなのに! あの忌々しい庶民女に邪魔され、父上を失った。それから俺は、庶民に紛れて地獄のような日々を過ごした。次期王になるはずだった俺がそんな屈辱を味わわされたのだ。お前には分からないだろう? この俺の気持ちが!」
王妃様の命を奪っておいて逆恨み?! コイツ、本当に救いようのない馬鹿だ。
「生憎、これっぽっちも分かりたいと思いませんね。さっきから聞いてればウダウダとしょうもない。貴方が王になった瞬間、この国はきっと廃れますよ。それだけはよーく分かりました」
「はぁ?!」
「それと私、貴方が言う庶民女なんで市井での生活が地獄なんてちっとも思いません。そのちっぽけなプライドと高慢さ、捨てたら人生百倍は楽しめますよ? 何なら教えてあげましょうか?」
「この女! 生意気なその口黙らせてやる!」
青年が激高して近付いてきた所で、作戦変更。こんなクズ! ただ気絶させるだけじゃ気が済まない!
私は罪を犯した人間が死んだ時に送られるという、地獄の強制収容所で働いている幻覚を青年にみせた。
身を焼かれる痛みに耐え、灼熱の血の池を泳ぎ、全身を貫かれる痛みに耐え、鋭い針山を越えた先にある強制収容所。
そこに人権などありはしない。無駄な作業を延々とやらせられ、理不尽な悪魔に作業を邪魔され、地獄の監視官にまだ完成しないのかと烈火のごとく怒られる。
空腹と疲労は感じるのに死なない。そんな身体で決して完成する事の無い石のピラミッドを、延々と作らされる終わりの来ない地獄。
それを千倍の速さで体感させ、青年が何もかも諦め考えられなくなった頃、そっと手を差し出す。
『頑張っている貴方を、特別に助けてあげます』
とある小さな街の寂れた洋菓子屋。そこで住み込みで働く青年としての生活を与える。決して裕福ではないが、一生懸命作った洋菓子を笑顔で買っていく優しいお客さん。
『この前の美味しかったからまた買いに来たよ』
『今日はね、お母さんの誕生日なの。だからね、ここのケーキを奮発して買うの』
『結婚記念日なんだ。妻はここの菓子が好物でね、いくつかもらっていくよ』
そんな様々なお客さんに触れながら、穏やかで充実した日々を過ごす。
『お兄さん、いつもありがとう。よかったらこれ食べておくれ。うちの畑で取れた野菜だよ』
『お兄ちゃん、これお母さんと一緒に育てたお花なの。綺麗に咲いたからあげるね』
『君のおかげで良い記念日を過ごせたよ。お礼と言ってはなんだけど、これ良かったら使ってくれ』
やがて青年が一生懸命作ったお菓子が笑顔を呼び込み、寂れた洋菓子店はカフェを併設して街一番の憩いのスポットになった。
大きくはないけれど、ささやかな幸せに囲まれて青年の心が満たされた所で、かけた幻覚を解く。
「如何ですか? 市井での生活は」
「あんなに温かい笑顔に囲まれたのは、初めてだ。お前の言うとおり、プライドも高慢さも捨てたら、分かることもあるんだな」
「今ならまだ間に合います。共に会場に戻りましょう。そうすれば貴方はまた、平民として穏やかな生活に戻れます」
さぁ、縄を解いてくれ。話はまずそこからだ。会場に戻りさえすれば、後はどうにでもなる。
「こんな俺を、お前は許してくれるのか?」
「私は貴方に頼まれたお菓子の試食をしたに過ぎませんから。出来れば次は、もう少し甘さを控えたものが食べたいです」
勿論そのまま野放しになんてするつもりはないけどね。まずは身の安全を確保してからだ。
「ありがとう」
そう言って青年は、私の両手を縛っている縄を解いた。どうやらうまく改心してくれたらしいと安心したのも束の間──
「なーんて、言うと思ったか? その力、気に入った。お前、俺の女にしてやるよ」
不敵な笑みを浮かべる青年に、その場で組み敷かれた。
だ、騙すつもりが騙されただと?!
手の縄は解けたけど、状況は前より最悪だ。











