42、そんなお披露目しなくても……
王子が手配してくれた侍女さんに、涙で崩れた化粧を直してもらい終わった頃、アシュレイがちょうど迎えに来てくれた。
「リア様、おめでとうございます」
左手の薬指にはめられた指輪に視線を送られ、何のことかは一目瞭然だった。
「あ、ありがとうございます」
「ついに、殿下とご婚約されたのですね」
「こ、婚約?!」
「ええ。男性に贈られた指輪を左手の薬指にはめられた時点で、この国では正式な婚約が成立します。ご存知ありませんでしたか?」
「初耳です」
アシュレイ曰く、貴族の家でも男子が生まれた時に、未来の伴侶のために家紋を彫り込み特別な指輪を作る習わしがあるらしい。
愛の結晶と呼ばれるリーベ鉱石から作られたその指輪を、男児は成人するまで肌身離さず持ち歩く。すると最初はシルバーだったものが神々しい輝きを放つゴールドへと変化し、未来の伴侶へ渡す指輪が完成するそうだ。
指輪のサイズなどは魔法の力で相手の指のサイズに勝手に調整されるから気にしなくて良いらしいが、問題は指輪がはまらない時だそうだ。
指輪がはまらない=どちらかの愛情が足りないと露見しているようなもの。そのため政略結婚などの愛を育む時間が足りずどうしてもはまらない時は、臨時で仮の指輪を作るそうだ。
しかし、成人するまで魔力供給を受けた本物の指輪と、急いで作った仮の指輪では色そのものが違う。
本物はゴールド、偽物はシルバー。
そのため、ご婦人方の左手の薬指を見れば、その夫婦間の仲の良さが窺えるそうだ。
ゴールドの指輪をはめたご婦人には決して手を出すな
それが貴族間に伝わる暗黙のルールらしい。
ちなみに、呪いの指輪仕様なのは特殊な印を施された王家の指輪だけだそうだ。
そんな豆知識を道中教えてもらいながら、会場についた。
王城の敷地内の中央にあるイベント用に作られた大きな庭園。どうやらそこがお茶会の会場らしい。花のアーチを抜けた先は、大勢の来賓客でごった返していた。
バイキング形式で、自由に好きなお菓子や飲み物を取って食べる事が出来るようだ。
一応貴族の優先席も設けてあるようで、会場の前半分くらいは貴賓席らしい。
「もうすぐ式も始まると思いますので、呼ばれたらあちらのステージの方へお願い致します。紹介が終われば、その後はごゆっくりされて構いませんので」
「分かりました」
「リア様、極力傍に控えているようにしますが、もし万一の事がないともございません。なるべく会場から出られないようお気をつけ下さい」
いつにもなく真剣な顔のアシュレイに、妙な胸騒ぎがした。
それから間もなくしてお茶会が始まった。陛下が来賓に向けて挨拶をし、式の開幕を告げる。そして、ステージに呼ばれた。
もうですか。
視線を感じながら、転ばないよう気をつけてステージに上がる。
「新たな特別功労者として認めたリア・ブライアンだ。彼女の幻覚魔法は素晴らしい。我が国の宝となるだろう。リア、試しに一つ見せてはくれぬか?」
そして陛下から突然の無茶ぶり。でも、居心地の悪い視線をこちらから逸らすにはもってこいだ。
「ええ、分かりました。皆様に幸福が降り注ぎますよう、ささやかながらプレゼントをお贈りします」
庭園内の空間に、幻覚で花のシャワーを振らせた。その花に触れたものは、少しの時間だけではあるものの、幸福な幻覚で満たされる。その余韻を残しつつ幻覚を解くと、辺りから拍手喝采が巻き起こった。
何とか認めてもらえたって事だろうか。拍手に包まれて退場しようとした時、突然王子がステージに乱入し会場をジャックした。
「本日はもう一つ、皆にお知らせしたいことがある」
突然の王子の発言に会場にどよめきが起こる。
「私、カレドニア王国王太子のルーク・カレドニアは、特別功労者のリア・ブライアン殿と正式に婚約したことを発表する。彼女の左手の薬指にはめられた指輪が、その証だ」
会場の視線が一気に左手の薬指に集まったせいで、一気に冷や汗が出てきた。
な、何をしてくれてんだー!!
「この春の麗らかな日に、実にめでたき事じゃ。皆の者、若き二人を祝福して今一度、惜しみない拍手をお願い出来るだろうか?」
陛下のその一言で、会場中が再び拍手で包まれた。
え、何? これ、予め仕込まれていた事だったの?
普通に陛下も拍手してるし、意味がわからないまま王子にエスコートされて、ステージを退場した。
「王子、いきなり何てことを!」
「これで、堂々と一緒に居られるだろ? アンタ、人目がないとどこまでも菓子食ってそうだし」
「はぁ!? 人を何だと思ってるんですか!」
「その際限なく盛られた皿を置いてから、聞き直した方が良いんじゃないか?」
「わかりました。では次の皿を用意します」
スイーツてんこ盛りの大皿を王子に預け、私は新たな大皿をとる。
「まだ食うのか?!」
「目指すは全菓子制覇です。王子も如何ですか?」
「いや、いい。俺は遠慮しておこう」
そういえば普段、王子はコーヒーにもそんなにシュガーを入れないし、お菓子にもあまり手を付けない。
「もしかして、甘いの苦手ですか?」
「少量食べただけで胸焼けする」
「分かりました。席を取って待ってて下さい」
甘さ控えめのお菓子を数点、小皿に盛り付けて王子の所に戻った。
「これならそんなに甘くないので食べやすいかと思います。召し上がってみて下さい」
「……確かに、これならいけそうだ。ありがとう」
「いえいえ」
一人だけバクバク食べるのは、流石にちょっと気が引けるからね。
「いいか、リア。なるべく俺かアシュレイの傍を離れるな。うまい菓子やるからって言われても、ついていくんじゃないぞ?」
「そんな誘い文句に、私が乗るとでもお思いですか?」
まったく、そんな子供だましに引っかかるはずないじゃないか。
それから挨拶に来た貴族の相手をして、王子が席を外した。ちょっとしたトラブルがあってその仲裁に、アシュレイが私の傍を離れた。
王子もアシュレイも忙しそうだ。
まぁ、ここから動かなければそのうち戻って来てくれるだろう。
独り取り残された私は、気にせず最高級のお茶と山盛りのお菓子を美味しく頂いていた。その時──
「特別功労者のリア様、ですよね?」
「はい、そうですが……」
少しおどおどした様子の綺麗なお姉さんに話し掛けられた。










