39、王子の意外な才能を見つけました
「待たせたな。さぁ、温かいうちに飲んでくれ」
テーブルに置かれたコーヒーから、果実のように芳醇なアロマが際立ち、鼻腔をくすぐる。嗅いでいるだけで身体がふわりと軽くなって、なんだかすごく癒やされる。
「飲むのが勿体ないくらい、良い香りですね」
「南部地方から取り寄せた特にリラックス効果の高い豆をブレンドしている。気に入ってくれたなら何よりだ。さぁ、味も保証するから飲んでみてくれ」
「では、頂きます」
口に含んだ瞬間広がる、調和のとれた優しい酸味に、際立つ甘み。あの芳醇な香りとは対照的に、サッパリとした味で非常に飲みやすい。
「ほっと心が温まる、優しい味ですね。すごく美味しいです」
「そうか。気にいってくれたようでなによりだ」
ああ、優しさが身体に染み渡る。今日一日頑張った疲れが、じんわりと癒やされていくのを感じる。
城下でカフェでも開いたら、王子は間違いなく人気バリスタになれると思う。
この一杯を飲むためなら、どんなに疲れてようが、雨の日だろうが雪の日だろうが、欠かさず通ってもいいくらい美味しい。
でもこれは、私のために考えてくれたブレンドだって言ってたから、他の人には淹れて欲しくないな。
「どうした?」
「明日も、飲みに来ていいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「明後日も、明明後日も……」
「そんなに気に入ってくれたのか?」
「ものすごく」
「アンタのためなら、いつでも淹れてやるよ。好きな時に来ると良い」
「ありがとうございます」
やった! 楽しみが一つ増えた!
「そんな顔されると、ますます飲ませたくなるな。おかわりいるか?」
「いいえ、楽しみは明日にとっておきます。この一杯のために、明日も頑張ろうと思えるので」
「大袈裟な奴だな。それは買い被りすぎだろう」
「いいえ、本当に美味しいです。城下でカフェでも開いたら、間違いなく人気バリスタになれますよ」
「それこそ本当に買い被りすぎだな」
「そんな事ありませんよ。本当に美味しかったんですから!」
「アンタの事を考えて、愛情をたっぷり込めたからな。それを他の奴には、飲ませたくない」
不意打ちだ。そんな気持ちまで一緒だなんて、なんかずるい。
胸の奥から愛おしさがあふれてきて、締め付けられるようにきゅーっと苦しくなった。
「リア、まだ仕事が残っているのだろう? 名残惜しいがそろそろ寝ることにする。幻覚、かけてくれるか?」
そして人の気持ちを煽っておいて、この引き際の良さ。何ともうらめしいけど、今はそれに救われたかもしれない。
このまま一緒に居たら、ボロが出る。絶対ボロがでる。
「分かりました。ではベッドで休まれて下さい」
王子がベッドで横になった所で、何の幻覚が良いか尋ねると、何故かそっと手を取られた。
「アンタの夢が見たい」
ちょいちょいなんか仕掛けてくるの、ほんと止めて! 心臓に悪いったらない。触れられた右手が急激に熱を持ちだした気がする。
「……却下します」
「何故だ?!」
「夢で、満足しないで下さい」
「そうだな。夢のアンタにばかり構ってやったら、本物が寂しがるからな」
「……っ! 分かってるなら、わざわざ言わないで下さいよ」
思わず漏れた本音が恥ずかしくなって、プイッと顔ごと視線を逸らした。
駄目だ! これ以上一緒に居ると危険だ!
「そんな可愛い反応見せてくれるとは思わなかったからな。そうか、アンタも寂しいのか。昼間はあの露店街に居るのだろう?」
「ええ、夕の刻まではポーラさんのお店です」
平常心、平常心。何を言われても平常心。冷静に言葉を返すんだ。
「なにか差し入れでも持っていくとしよう」
「気を遣って頂かなくて結構ですよ。王子も最近は忙しいのでしょう?」
差し迫ったお茶会と、来月に控えているミーティア神殿の巡拝。その準備で多忙を極めているという話をチラッとアシュレイに聞いた。
「なに、少しくらいなら構わん。俺もリアに会いたいからな。構わないか?」
「お、お好きに……どうぞ」
サラッと無邪気な笑顔で爆弾を投下され、それだけ言葉を絞り出すので精一杯だった。
最近王子と一緒に居ると、私は何かを試されているかのような気持ちになる。
王子の一挙手一投足に振り回されて、胸が苦しくて仕方ない。幻覚をかけて眠らせた後、つないだ手を離すのが名残惜しくて、しばらくその場から動けなかった。
堂々と自分から、この手を握れるようになりたい。そして今度はこちらから王子をアタフタさせてやりたい。そのためには、お仕事頑張りますか。
部屋に戻った私は、中断していた枕カバー作りを再開させた。
ふとした時、気が付くと王子の事を考えている自分に気付き、雑念を捨て去るように無心で手を動かしてなんとか今日のノルマを達成させた。
あの言葉通り翌日から、王子は本当に差し入れを持ってお店に顔を出してくれるようになった。
短い時間でも、会えるのは嬉しい。
昂ぶった心から湧いてくる雑念を払うために、皮肉にもその後の仕事がよく捗るようにもなったのは嬉しい誤算だろうか。
さらに王子効果はそれだけじゃない。
彼がよく通ってくれるようになった事で、王子御用達との噂が広まり、ポーラさんのお店はさらに人気が出て忙しくなった。
ありがたい事だけど、縫っても縫っても減らない布の山に埋もれる夢を見たのは、ここだけの話に止めておこう。











