31、お師匠様、その誘惑には負けません
『君に僕の力の一部を授けよう。その代わり、対価を払い終えるまで君は僕のものだ。だから、他人に情を移しすぎてはいけないよ? その事を決して忘れないでね』
魔法の修行を始めた当初、魔力量が少なかった私にお師匠様はそう言って誓約を交わし、あるアイテムをくれた。
魔力の宝玉──それは、私が何かを食べたり、身体を休めたりすることで、宝玉の中に魔力を蓄積出来るというもの。普通の人の魔力が十だとすれば、その宝玉の中には約千倍の魔力を貯めることができる。
この魔力の宝玉は、お師匠様の血と魔力を捧げて作られたものだ。一つ作り出すのに、約一年間毎日一滴ずつ宝玉に血を垂らして魔力を込めないといけないそうだ。ちなみにこれは、ペンダントに加工してもらって肌身離さず身につけている。
そんな大層な物を頂いたり、魔法の修行をつけてもらったりして、私がお師匠様に支払う対価の総額は、一千万ペールにまで増加していた。ドミニエル商会で働いていた時に減らせたのは百万ペールだけ。
残り九百万ペールを払い終わるまで、私はお師匠様の所有物なのだ。よって呼び出しがあればすぐに応じなければならないし、言われたことは絶対厳守しなければならない。
──チリンチリン
夢の中で涼しげな風鈴の音が聞こえたら、それはお師匠様が私を呼んでいる合図だ。何故風鈴かというと、お師匠様は今……和風の漫画にハマっていらっしゃるからだ。
鈴の鳴る方向へ足を進めると、私の意識は精霊の里へと引き寄せられる。
「やぁ、リア。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「はい、元気ですよ。お師匠様は……聞くまでもありませんね……」
えーっと、ゴシック調に改造した甚平を着て某和楽器バンドの音楽を流し太鼓を叩いてる姿を見る限り、元気以外の何物でも無いだろう。師匠の容姿を前世の言葉で表すなら、オタク文化に目覚めた外人さんのようだ。
それにしても、前より部屋の汚さが悪化している。この部屋、漫画やフィギュア、コスプレ衣装でごった返していて足の踏み場がない。そんな部屋の中央でお師匠様が今、へったくそに叩いているのはどう見ても前世のゲームセンターとかによくある太鼓マシーンじゃないか。一体どこで……
「一緒にやる?」
「いえ、結構です」
負けたら貴方、泣くでしょう? とは、口が裂けても言えない。
「それよりお師匠様、ご用件は?」
部屋を片付けながら尋ねると、ドヤ顔で質問された。
「フッフッフ、このマシーンどうしたと思う?」
あーなるほど、見せたかったわけね。これを自慢したかったわけだね。
魔法で作ったというより、どう見ても科学で作ったコテコテの機械だ。この世界に機械文明はないのに一体何処から……
「僕は頑張ったよ。君が生前住んでいた時空をついに見つけたんだ! 素晴らしいね、あの世界は! 早速買い付けて改造したのさ!」
「え、これ……買ったんですか?」
「そうだよ、こっちの通貨に換算すると二百万ペールってとこかな」
またこの馬鹿精霊はそんな無駄遣いをして!
昔からそうだ。稼いだお金を異世界の変な物とよく交換してくる。だから万年金欠病に陥るんだよ。
「返してきましょう。クーリングオフです。一週間以内ならクーリングオフ出来ますから」
「残念でした~今日で買ってから八日は経ってるもんね~」
そう言って、わざとらしくあっかんべーと舌を出すお師匠様。
腹立つ! 腹立つからその顔と喋り方やめろ! 無駄にイケメンなのが余計に腹立つ!
心頭滅却。心頭滅却。お師匠様に苛立つのはいつものこと。気にしたら負けだ。
それにしても太鼓の達人か、なんて懐かしいものを……って、電気がないのにどうして使えてるの?
「お師匠様。これ、どうやって改造したんですか?」
「魔力でこのマシーンに必要な電力を作ったのさ。ここから電力を供給してる」
機械の後ろには大きな某アニメキャラの人形があって、太鼓の達人のコンセントを大事そうに両手で握り締めている。
なるほど、自家発電ということか。見た目はシュールだけどお師匠様のこの技術力は本当にすごいと思う。
「リア、今ならこの特別仕様フィギュアの携帯モデル版を特別に三十万ペールで売ってあげるよ。買うかい?」
「要りませんよ。電気を使う機械なんて持ってませんから」
「欲しい機械は僕が取り寄せてあげるよ? その代わり、商品代金に加えて手数料を二十万ペールほど頂くけど」
それか! お師匠様の真の目的は!
でも、お金さえ払えば貴重なものを手に入れる事が出来る。だめだ、まだ九百万ペールも借金があるのにこれ以上増やしてどうする!
二ヶ月で百二十万ペールはお給金として頂いたけど、それは借金の返済にあてるべきであって、嗜好品に交換すべきではない。お城を出た後の生活も考えなければならないんだ。無駄遣いなどしてはいけない。分かっている、分かっているけど……生前やり残したゲームの続きが……したい!
一度やり出したらきっと、もっと欲しくなる。そうなってしまえば私は……一生お師匠様のいい金蔓じゃないか! それだけは勘弁願いたい。
「ほ、欲しい機械はありませんので、結構です……」
「そう? ならいいや、僕は『幻想魔鏡伝カタルシスⅤ』でもやるから」
待ってー!! 私にもファイブやらせろー!!
「ちなみに、レンタルは一日三万ペールから引き受けるよ」
さ、三万くらいなら……って駄目だ! 騙されるな! これは罠だ!
「け、結構です! 用が済んだのなら、私は帰ります」
「待って、リア」
帰ろうとしたら、お師匠様に呼び止められた。
「ねぇ、僕の所に戻ってこない? 退屈なんだ、君が居ないと」
「漫画やフィギュアに囲まれて、とても楽しそうですが?」
「そうだね、楽しいよ。でもこの楽しさを共有できる話し相手が欲しいんだ。僕の所へ戻ってきてくれるなら、借金はチャラにしてあげる。一緒に遊んで暮らそうよ。どうかな?」
九百万ペールが無料になる?!
それは何とも魅力的なお誘いだろうか。でも一日中お師匠様の相手をするのは嫌だな。疲れる。それに──
「すみません、師匠。今は仕事がありますので」
ルーク王子の不眠を治すまでは、お城を離れるわけにはいかない。
「ふーん、あのハゲゴリラの元で働くのがそんなにいいわけ?」
「いえ、今はカレドニア王国の王城で働いています」
「それは出世したね。お城で何の仕事をしてるんだい?」
「王子の不眠治療係です。一日二万ペールの高給なのです。手放すわけにはいきません」
「王子様の不眠治療ねぇ……リア、僕との誓約忘れてないよね? 対価を払い終えるまで、君は僕のものだ」
「……勿論ですよ。分かっています」
何よりもお金を優先して働いてきましたから。貴方から解放されるために!
「そう、ならいいよ。気が変わったらいつでもおいで」
「はい。それでは、失礼します」
お師匠様がパチンと指を鳴らすと、私の意識は現実世界へと戻された。










