17、荒々しい狂犬のしつけ方
それはある日の午後のこと。サロンで美味しいご飯を食べた帰り、前方からとても聞き覚えのある怒声が聞こえてきた。
「付いてくるな!」
「ですが、殿下。私は殿下の護衛を……」
「そのようなもの、必要ない! 自分の身ぐらい、自分で守る。それに、アンタが後ろから襲ってこない保証がどこにある?! 離れろ、半径5メートル以内に絶対近づくな!」
凄い剣幕で悪態をついているのは、不機嫌全開の王子だった。
あれが噂の排除モードか。
怒鳴られた護衛騎士のお兄さんは、こちらが見てて気の毒になるくらい、おろおろとした様子で困り顔だ。
それでも職務を全うしようと、王子から半径五メートル離れた位置をキープしながら移動している。なんて健気!
その時、前方から大きな籠を二人で運んでいるメイドさん達が歩いてきた。籠には大量のシーツや枕カバーが積まれており、今から洗濯に向かうのだろう。
彼女達は視線の先に王子を捉えるなり、慌てて隅に寄って道をあけた。
そんな彼女達の前で止まった王子は、また怒声をあげている。
「危ないだろ! そんなに籠に荷物を積んで、もしこちらに倒れてきたらどうするつもりだ?! それが狙いか?! わざとを装い暗殺するのが目的なのか?!」
「ち、違います。殿下、私達は決してそのようなつもりはございません」
無駄に広い王城だ。洗濯場まで、かなりの距離があるのだろう。それを何度も往復してては時間もかかる。どう見ても彼女達は、普通に仕事を全うしているだけだ。
けれど王子には、周囲の人や物全てが、自分を暗殺しに来ている何かに見えているのだろう。
ガルルルルと牙を突きたてそうな勢いで、周囲を威嚇している。
そんな姿を見るにみかねて私は声をかけた。
「そんな所で何をなさっているのですか?」
「リアか。この者達が不審な動きをして、俺を暗殺しにきているのだ」
「暗殺に、ですか。それは物騒ですね。それで、具体的にどうすれば彼女達に王子の暗殺が出来るのですか?」
「このシーツの山を俺に被せ、窒息させようと企んでいるに違いない!」
うーん、すごい被害妄想だな。
「ご覧下さい、王子。この籠に入ったシーツはとても重たいのですよ。彼女達の細腕では上に持ち上げて貴方に被せるなど、到底無理なことでは?」
「一枚なら持てるだろ。それで罠をはり、俺の首に巻き付け窒息させるつもりなんだな?!」
こんな人が多い王城内で、暗殺するのに窒息させるなんて、普通に考えて一番ない選択肢だと思うんだけどな。時間かかるだろうし。
「仮に、このシーツが王子の首に巻き付いたとしましょう。その場合、五メートル離れた位置にいらっしゃるあの護衛騎士さんが、すぐに助けてくれると思いますよ。生存率を上げたいのなら、もっと近くに彼が控えるのを許せばいいかと」
「そんな事、出来るわけないだろ!」
「少しリラックスして、彼等をよく見てみて下さい」
深呼吸して心を落ち着けてもらうよう、王子を促す。
「彼女達は王子に少しでも快適な睡眠を取って頂くために、毎日シーツや枕カバーを綺麗に洗って運んでいるのです。荒れた指先を見れば、彼女達がどれだけ一生懸命お仕事をなされているか一目瞭然ですよ」
私の言葉を聞いて、王子はメイドさん達をじっと観察するように睨みつける。その視線が彼女達の手元にいき、苦虫をかみつぶしたよう顔になった。
そこで私はさらに言葉を続ける。
「王子の護衛騎士なんて大役を任せられるために、彼がどれだけの辛い訓練に耐え努力してこられたのか考えた事ありますか? 手に出来たマメの数々、激戦をくぐり抜けて出来た傷跡の数々をご覧下さい。罵声では無く、臣下を労う言葉の一つや二つ、王子としてかけてあげてはいかがでしょうか?」
少しは分かってもらえただろうか?
期待を込めた眼差しで王子を見ると、プイッと顔ごと視線を逸らして王子はそのまま立ち去った。
まぁ、そうだろうな。私も含めて信用できない他人であることには変わりないし。それならば……王子が一番信頼している人に諭してもらおう。夢の中で。
その日の夜。私は王子を寝かしつける幻覚に、王妃殿下の人徳レッスンを取り入れてみた。するとあら不思議、翌日の王子は少しだけ穏やかだった。
これは使える! それから毎日欠かさず、王妃殿下に情操教育をしてもらうようになったのは、言うまでも無い。










