11、さすがに少し疲れました
宵の刻を迎えた頃、アシュレイに連れられルーク王子の寝室へやってきた。挨拶をして部屋に入るなり──
「遅いぞ! いつまで俺を待たせる気だ!」
相変わらず荒んでらっしゃる。お昼頃、部屋におしかけてきた時より、なんかきつそうだ。
「申し訳ありません、王子。まずは床につかれて下さい。それから幻覚魔術をかけますので」
「嫌だ。ベッドには入りたくない。このままでいい」
「ですが……ソファーではあまり疲れが取れませんよ」
「ここでいいと言ってるだろ! 早くしてくれ」
「分かりました。では、何の幻覚を望まれますか?」
「……母上の、夢が見たい」
「かしこまりました。目を閉じて、楽な体勢を取られて下さい」
「分かった」
王子の体勢が整った所で、私は『赤子返り』の幻覚をかけた。物心ついた頃には無くなっている赤ちゃんの頃の記憶。それを呼び覚まし幻覚として今、王子にみせている。
「……っ、母上……すみません……すみません……」
時折涙を流しながら、ルーク王子はそう呟く。やがて泣き疲れた王子は、そのまま健やかな寝息を立てて眠りについた。
朝まで悪夢に苛まれる事がないよう、そのまま幻覚が維持されるよう魔法をかける。
「アシュレイ、王子をベッドへお願いしてもいいですか? このままだと朝起きた時、身体が辛いでしょうから」
「かしこまりました」
アシュレイは王子を横抱きでベッドまで運んだ。横抱きで! 起こしちゃいけないからその体勢のまま運ぶのが一番効率がいいのは分かる。分かるけど! 私の時は米俵担ぎだったのに!
「リア様? 如何なさいました?」
「どうもしてません」
「怒っていらっしゃるように、お見受けしますが……」
「気のせいです」
王子は横抱きで運んだ癖に、私を米俵担ぎした事に対して抗議したい! とは、アホらしくて言えるはずがない。
それにしても疲れた。夕刻にアシュレイに使った『本性暴き』の幻覚魔法の影響か。早く休んで魔力を回復しないと。
「仕事は終わったので部屋に戻ります」
王子の寝室を出て離宮に向かう途中、軽い立ちくらみがして思わずその場にしゃがみこんでしまった。
「リア様! 大丈夫ですか?」
「魔力を使いすぎただけです。休めば良くなりますから大丈夫ですよ」
「僭越ながら、ご許可が頂けるのであれば私がお部屋までお運び致しますが、如何でしょう?」
米俵担ぎで?!
「結構です! お昼みたいに担がれるのはもうこりごりですから!」
「担がなければ、よろしいのですか?」
「まぁ……そうですね」
「では、失礼します」
身体が宙に浮いた。これが念願のお姫様抱っこ……なんて喜べるはずがない!
何この羞恥プレイ。アシュレイの顔が近い! 身体は密着してるし! これなら米俵担ぎの方がよかったかもしれない。
「あの、リア様……」
「な、何か?」
「すみません、私が負担をかけさせてしまったばかりに……」
まぁ、疲れたのは否定はしない。でも、ドミニエル商会で働いていた時に比べれば楽なものだ。馬車馬のように働いて、家に帰って泥のように眠ってたからね。お師匠様から幻覚魔術を習ってた時もしかり。そう考えたら、今は一番楽な部類に入る。むしろこうやって気遣ってもらえる分、精神的にもイライラしなくてすむし!
「これくらい、昔に比べたらどうってことありませんよ。だからその眉間の皺、取って下さい。ただでさえ恐い顔が、さらに険しくなってますよ。こーんな感じで」
わざとらしくアシュレイの真似をして眉間に皺を寄せてみせた。
「そうやって真似をされたのは、初めてです。そんなに皺、寄ってますか?」
「はい、ものすごく」
ただでさえ強い目力が、その皺で三割増しぐらいになってる。
「私がこうやって人を運ぶと、皆気絶してしまわれるのです。だから、なるべく視線を合わせない運び方をしていましたが……リア様は平気なのですね」
「幻覚魔術には強い精神力が欠かせませんからね。まぁ、最初は怖かったですけど、もう慣れました。見た目に反してアシュレイは優しい方のようですし」
米俵担ぎがまさかの気遣いだったとは……その目力さえなければ、人生百倍は楽しめただろうに。そっか、それならそこを抑えてあげればいいんだ。
どこぞのハゲゴリラのように全身のイメージ操作をするわけではなないし、目力を抑えるくらいなら簡単だ。
「そんな風に『優しい』などと言われたのも、リア様が初めてです。本当にあなたは私にたくさんの初めてを教えて下さる。やはり私は……」
「早計なのです! 明日、その目力を抑える幻覚魔術をかけます。それで一日過ごしてみて下さい。そうすればきっと、他にもたくさんの『初めて』を体験できるでしょうから」
さーて、そのためにもしっかり休んで魔力の回復に努めるとしよう。