プロローグ
むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。無能な上司の下で働くのはもうこりごりだ。
「明日のイベントの衣装とか無駄なこと気にする前に、その醜い図体どうにかする努力をしろ! このハゲゴリラ!」
その日私は、大商会の組織のトップに逆らった。『でもでもだって』とでっかい図体をして、もじもじウジウジする二世社長にキレた。
秘書として働きながら、幻覚魔法を得意とする私はその力で、ハゲゴリラのイメージ操作を行っていた。
超絶的な巨漢とお世辞でも良いとは言えない顔を、スラリと長身のイケメンに見えるよう幻覚をかける。
さらに出しゃばりのハゲゴリラは、広告塔として自分が商品の宣伝をしたいと言い始め、イベントの時は絶世の美女に見えるよう幻覚をかけろと命令してくるのだ。
馬鹿みたいに広告費をかける前に、商品の質を大事にしろと言っても聞く耳を持たず、長年仕えてくれていた確かな技術を持った職人達の首を切り、安く済むからと新人を雇用し続ける。落ち続ける商品の質に、客からは苦情が殺到。
こっちは朝から晩まで精神も体力も魔力も削りながら極限の状態で働いているっていうのに!
あのハゲゴリラは無駄に何着も衣装を作らせては、どれがいいか意見を求めてくる。
どうせ幻覚をかけるのだ。極端な話、寝間着だろうが普段着だろうが、むしろ衣装など着てなくても問題はない。イメージ画さえあれば何だって再現出来るんだよ!
それなのに、あのでっかい図体用に次々と衣装代として商会のお金が湯水のごとく消えていく。
あまりにも脳天気にどうでも良いことをいつまでも迷っている二世社長に、腹が立ってつい手が出てしまった。
もちろん仕事は首になって、従業員寮からは追い出され、挙げ句の果てにはその商会が関わる店への立ち入りを禁止された。
小さなミシェイル公国でトップシェアを誇るドミニエル商会にそんな事をされてしまえば、生活用品を揃えることすらままならない。
鞄に必要な物だけ詰め込んで、私は新たな職を求めて大国カレドニアを目指した。
***
私には前世の記憶がある。大学を卒業して半年、真面目に働いていたのに、無能な上司に巻き込まれて死んだ。
奴が納期に間に合うよう真面目に仕事に取り組んでいれば、私はあの日、あの事故を起こした電車に乗らずに済んだのに……と、過去を悔やんでもしょうがない。
何が言いたいのかと言うと、とりあえず無能な上司の下で働くのはもうこりごりだということ。イエスマンでいることに疲れた。
多少路頭に迷おうが、今生では自由気ままに生きてやる!
と意気込んではみたものの、理想で腹は満たされない。馬車代と入国料で手持ちの有り金のほとんどは使い果たしてしまった。
早急に仕事を探さねば、明日のごはんにも困るレベルでやばい。
幻覚魔術で小銭稼ぎでもしようかと思ったけど、迂闊に外でやると悪い輩に目を付けられかねない。
ドミニエル商会で働いていた時みたいにボディーガードが居るならまだしも、今は本当に身一つでやってきた。武力行使されると太刀打ちできない。自力で身を守るすべがない現状では、なるべく普通であることを装ったが無難だ。
とりあえず日払いのバイトを探すか……でも、それだと宿がない。ホームレスから抜け出せなくなりその日暮らしを続けた結果、まともな就職も出来ずに悪循環の一途を辿る。
駄目だ。探すならせめて宿付き。まかないがあればなおよし。
何か良い仕事ないかな……
主に飲食店に目を付けながら街中を彷徨っていると、目の前に人だかりを発見。
「すみません、ちょっと通して下さーい」
人の間をすり抜けて何があるのか確認すると、掲示板に張り紙がしてあった。
『方法は問わない。王子の不眠を解決した者に、望む褒美をとらせる事を約束しよう。ただし治療にあたる期間は城から出ることを禁ずる』
城から出れない=その期間は宿と食事が提供される。しかもお城の中なら警備も厚い。身の安全もばっちりだ。
これはつまり、三食宿付きの大変美味しいお仕事じゃないか! しかも、上手くいけば褒美にたんまりとお小遣いゲットのチャンス。
よし、決めた!
「すいませーん! 私もこれ、応募しまーす!」