5-4 ヴァンダン星系の観測
順調な加速、軌道変更を行いガリオンはヴァンダン恒星系への軌道へと乗った。
ヴァンダンには10の惑星があるが最も外にある二つは惑星軌道が大きい。
9番惑星が良い位置、良い軌道にあるのでその惑星に向けた軌道を取っている。
星系から離脱する時は9番惑星の公転軌道に合わせて惑星の裏側で加速、離脱を行う。
惑星を壁にして熱の放射などを発見されにくくするのだ。
進路としても常に惑星の影に入るように調整していく。
こういった細かな事はすべてセリナからの知識だが相変わらずリラ向けに纏める作業はしている。
恒星まで86億キロ、恒星への最接近も86時間後。
恒星系にある惑星情報等は最初の探査機を使った探査、観測でほぼ完了している。
その情報を元に2つ目の探査機の進路を決定し無事に放出済み。
多目的カタパルトで射出された探査機は20m程と小型。
目的に応じて簡単に搭載機器を変更出来る多目的型の探査機。
場合によっては長期間の活動も可能な探査機であるが今回はほとんど使い捨てだ。
搭載する探査装置類も厳選しているし必要な電力もバッテリーで賄う。
主な観測としては画像探査と受信電波類の解析。
電波観測機もあるがこれについては短距離低出力で精度が低い。
当然電波放出で発見される訳にはいかないから使用する事は無いだろう。
使い捨て前提なので高性能な観測機器は搭載しなかった。
ただもし発見されたらすべての観測機で観測し情報を送らせる。
多目的カタパルトによる加速と探査機自体の加速でガリオンよりも先行中。
定期的に送られてくる情報は分析してすぐに星系図への反映が行われる。
「イスト、ゼンさん、探査機が人工物を捕えています。
観測可能位置を通過中ですので継続して観測を行います。」
セリナが表示したのはすでに補正された画像だ。
宇宙空間にかすかに映る物体、人工物だけ着色して補正してあるがどんな物かは判明しない。
「大きさとしては1200mくらいですか。
ステーションのような宇宙施設でしょうか。
5番惑星のラグランジュポイントですから他の場所にもあるかもしれませんね。」
「セリナの分析としてはどうだ?」
「まだ距離があり詳細は不明です。この人工物からは無線の類は観測されていません。」
「なら防衛施設か船の補給施設とかか。」
「このままの航路であれば他のラグランジュポイントも観測出来ます。
次のポイントの方が近くを通りますからそちらの結果を待っても良いでしょう。」
情報分析はセリナが、探査機の航路調整はゼンさんが行っている。
俺は船の進路担当、それぞれが仕事をするが大体全員で相談するようにしている。
「通信電波を確認、フリーダム艦です。
内容は他の船への指示のようです。」
「フリーダム艦の位置は?」
「第一探査機で確認中です。」
セリナの報告で空気が引き締まる。
観測機からの情報はセリナが分析しているから当然分析速度は速い。
惑星観測の時も重要な情報が真っ先に報告されるから残った情報はほとんど分析の必要が無い。
こういう観測はセリナがいつもやっていた事らしいから専門家なので任せて置ける。
情報分析なんてAIとしては得意分野だろうしな。
フリーダム艦を発見したのは12時間後。
6番惑星と5番惑星の間、小惑星群で留まっている艦がいた。
6番目の惑星は大型のガス惑星、成分分析とかもしたいのだが今は出来ない。
ヴァンダンの植民星、移住星は5番惑星。
恒星系のハピタブルゾーン、生存可能圏と言われるまあ人間が生存可能な環境になりやすい場所。
この範囲にある惑星であれば移住が出来ると言われているエリア。
ヴァンダンの恒星系ではこのゾーンに2つの惑星があり外側にある星が5番惑星。
内側の星、4番惑星は他の星と違って自転方向が逆であり少し楕円軌道を描いている。
楕円軌道のせいでハピタブルゾーンの内側に出ているから移民可能な環境では無いと思われる。
4番惑星は軌道としては半分くらいがゾーン内。
5番惑星とぶつかるような軌道ではないが惑星環境としてはお互いに影響している可能性はある。
6番惑星と5番惑星の間がかなり広く浮遊物も多いのが特徴。
小惑星が多く一つか二つの惑星があった可能性がある。
惑星同士の激突などで消滅したか5番惑星の誕生前後で激突したか。
そういう細かな点は詳しく観測して恒星系誕生モデルを作らないと判らない。
観測の結果その小惑星群にフリーダム艦と小型船を多数確認出来た。
フリーダムの通信についてはリラの艦と変わらないようで解析出来ている。
リラに来ていた艦と同型艦か通信などの仕様が変わっていないかだ。
その内容はフリーダム艦からの指示や小型船の帰還予定等の交信。
5番惑星に近い位置にフリーダム艦があり小型船はそこから飛び立ち戻ってくる。
小型船は小惑星から資源採取を行いフリーダム艦に戻っているようだ。
こちらの探査機は6番惑星の軌道を超えて5番惑星に接近中、まだ発見はされていない。
軌道としては小惑星群の内側へは入らないが観測としては問題ない。
「イスト殿、4つ目を発見しました。やはり集中的して存在しているようです。」
「セリナ、出来るだけ詳細な分析を頼む。」
これまで発見した人工物は5番惑星から離れた宇宙に浮かぶ。
ラグランジュポイントと呼ばれる宇宙において物体が留まれる場所にそれはある。
一つ目を発見した場所が5番惑星と恒星間のラグランジュポイントであった。
ラグランジュポイントは5か所あるので順次観測しているのが今の状況だ。
外観から不明であったが3つ目の観測結果から建造中のフリーダム艦と判明している。
特徴的な外観であるから間違いない。
おそらく何か所かで建造されておりそれぞれ建造スケジュールに差があるのだろう。
建造初期の物を最初に発見したので建造物として認識していた。
正直これはかなりの情報になる。
出来ればもっと接近して詳しく調べたい。
謎のままであるフリーダム艦を詳細に分析するチャンスではあるのだ。
ただ恒星系にあるフリーダム艦の数が多い。
最初に発見したフリーダム艦の無線から次々に発見された。
5番惑星に2隻、小惑星群に1隻、ラグランジュポイントを巡回する3隻、恒星系から離脱中の3隻。
実に9隻ものフリーダム艦が存在しており建造中の船が4隻である。
離脱中の艦の目的地はおそらく近くにある転送装置。
リラの時と同じで何隻かが往復しているか新造艦の移動が目的だろう。
すでにかなり離れておりガリオンのヴァンダン星系への接近進路とは逆方向へ向かっていた。
このまま離脱するので問題は無いが恒星系で何かあれば引き返してくる可能性はある。
フリーダム艦がこれほど多いのは予想外。
探査機はそれを避ける進路が必要となり予想よりも時間が掛かっている。
進路変更も発見されないように慎重に行う必要があり時間が掛かるのだ。
「3基目の探査機の射出は控えた方が良いか?」
「ラグランジュを巡回している艦の航路が大きく変わらないなら可能ではないですか。
4つ程投入軌道は計算しています。」
ゼンさんの表示した軌道を拡大表示して全員で確認する。
フリーダム艦の予測航路と探査機の投入軌道。
「小惑星群の艦の移動が予測出来ません。」
「採掘中の艦か。採掘が終わればどこかに移動するか?」
セリナが計算したフリーダム艦の状況を表示させた。
フリーダム艦の搭載量、小型船の搭載量と観測出来た採掘状況等、全て予測数値だが。
搭載量が一杯になって移動するなら良いが一定量を採掘するのが目的なら数日で動く可能性もある。
「移動が確認出来れば軌道計算し投入可能です。
フリーダム艦の情報を得る為であれば最小サイズの探査機を複数、建造地点への投入は可能です。
すでにいくつか採取していますので小惑星内に埋め込む事で偽装が可能です。」
セリナはいくつかの投入軌道と探査機の偽装モデルを表示してくる。
「しかし映像で見る限りフリーダム艦は外側から建造しております。
無理に接近して観測してもあまり得られる物は無いのではありませんか?」
「建造後期の4番艦と建造初期と思われる2番艦は観測する意味があります。
比較する事で艦の構造も推測しやすくなります。」
遠くからの画像を補正して確認しているのが現状だ。
直接観測出来れば情報としては大きい。
セリナとしてはフリーダムの情報を得たいのが大きいだろうな。
でも今は各植民星の確認を優先したい。
こちらの観測機が発見されないなら観測を行っても良いか。
出来ればフリーダム艦については詳しく知っておきたい。
「安全なのが一番だな。このまま無理せず初期計画で行く。
でも観測出来るなら出来るだけ観測しておきたい。
小型探査機の投入も3基目の探査機もギリギリまで検討して全員で納得出来たら実行でどうだろう?」
「予定変更が無いのは問題御座らん。
ご両名、フリーダム艦はリラではかなり警戒が緩まっていたと聞いております。
ここヴァンダンでもそういう事があるのではないでしょうか。
何も起きない期間が長いのであれば警戒が薄れているかもしれません。」
「リラの事がまだ報告されていなければその可能性はあります。
こちらで分析を行いどのような対応をしているか観測しておきます。
場合によっては小型の小惑星を射出して反応を確認する事も考えてみましょう。」
「しばらく各船を分析。その分析結果も見て移民星の観測に向けて動こう。」
探査機投入の予定から観測は24時間。
丸一日観測無線傍受等から情報を集めてセリナが中心となり分析作業を行った。
また離れていく小惑星群の船に対して新たに無線傍受用の観測機を放出。
以降の動きにも対応出来るようにしておいた。
分析結果としてやはりフリーダム艦の警戒は低いようだ。
リラでもそうだったが小惑星や普通のデブリには反応が薄い。
戦闘中であったり近くで爆発があったりなど特殊な状況でなければそれが普通だ。
大型船ともなれば小さな物体なら衝突しても影響は少ない。
監視はしていると思うが船に影響のある速度、物体しか警戒しないのは当然だろう。
セリナの進言によって追加して小型の観測機を恒星観測に加える。
小惑星に偽装して恒星への落下軌道での投入。
移民星上空からの直接観測を行うのだがこの観測機は使い捨て。
観測後は海中に落として自壊処理になる。
もったいないのだがこの辺りは仕方ない。
航海中どこかで採掘、資源集めをして増産対応する事になっている。
搭載機器についてはそのうちゼンさんに説明しないと在庫状況が合わなくなる。
すでに本来搭載していない機器があるのだがそれはこういう時の為に用意していたと誤魔化した。
セリナの事ももうちょっと話さないとこのペースでの活動は難しくなるだろう。
フリーダムの警戒が薄いのでフリーダム艦にガリオンが発見される可能性はかなり低いはずだ。
もし発見された場合は反応があるだろう。
恒星へ、恒星軌道を周回しているフリーダム艦に近づく今の航路は緊張が高い。
観測機を放出する時は特に高い警戒が必要で発見された時の為に即時離脱準備して緊張感は高まる。
恒星観測の観測機は加速射出するのではなく船から放出し適切な軌道に乗せるだけ。
発見される事なく放出、軌道投入は成功。
他にも建造中の船に向けて観測機の放出も行ったがこちらの情報が集まってくるのは恒星系離脱直前。
これで観測計画としては半分程が過ぎた。
後はこのまま潜伏状態で惰性航行を行い情報収集、離脱だ。