5-3 恒星ヴァンダンへの転送航行/意外と普通の日々
イストの計画については検討するもののやはり情報不足で一旦保留。
その情報を集める為の行動が今回の計画である。
新型船ガリオンは光子推進によって順調な航海を終えた。
リラからは約5兆キロ離れた位置であり近くに恒星系も無く比較的何も無い静かな宇宙空間だ。
船内では乗員3名全員で光子転送実験の準備が進められていた。
実際の操作であったり緊急事態の対応確認等など。
転送手順や操作の習熟を行うと共に船体への影響等を確認する。
ミーティングを兼ねて昼食を取りいよいよ実験の開始だ。
「イスト殿、探査機の先行転送が完了しました。」
「了解。セリナ、探査機からの情報観測、確認が完了したら報告。」
転送装置の無い場所への転送で重要になるのは転送先の状況確認だ。
これについては探査機を先に転送、探査機からの観測情報を光子通信によって得ること確認する。
転送装置での転移であれば元々周辺に小惑星等障害物が無い場所を選んで設置している。
周辺デブリについても定期的に観測、除去が行われているのだ。
確認をせずに転送した場合転送した先で障害物に宇宙船や転送物体が激突するかもしれない。
この様な転送事故を避ける為に転送装置が設置されている部分は大きい。
転送装置を搭載した船の転送で一番難しいのはこの事故回避の部分だ。
今後は航行中に観測することで安全な転送座標を確保していく。
「イスト、確認終了しました。転送座標周辺、問題ありません。」
「よし、船外周辺環境再確認、問題が無ければ転送を行う。」
周辺確認は要は接近してくる物体が無いかどうかの確認だ。
索敵担当のセリナが確認し同様の作業をゼンさんも行い二重で確認をする。
今回の転送作業については全員が各作業を行って作業手順の確認、結果の確認を行い習熟訓練中。
「センサー範囲内再確認、転送実行に問題無し。」
自分でも確認しているがセリナの報告を待つ。
セリナならすぐに確認作業は終わらせているはずだが最近は少し報告などが遅い。
ゼンさんが居るのでもう少し人間らしく見えるように行動しているのだ。
「よし、行くぞ。転送開始。」
「転送始めます。」
船長として号令を出せばゼンさんの復唱があり転送は始まる。
転送開始から終了までは10秒程、少し緊張する時間帯。
静かな時間があり周辺は光で包まれた。
光が消えても船内には何の変化も無い。
転送装置は稼働した。転送は完了しているはずだ。
確認する為にも決めた手順に沿って命令を出す。
「各員、船体状況、周辺状況確認。」
「船体各部、異常無し。」
「周辺状況問題無し。現在座標確認終了、予定座標へ転送が完了しました。
探査機確認も終了、稼働状況問題無し。」
ゼンさんから船体状況、セリナは船外状況を確認しそれぞれ報告を上げた。
無事に転送されたのを確認したら本来ならここから探査機の回収作業になる。
緊急時なら回収しない事もあるだろうが通常時なら使い捨てるのは勿体ない。
光子通信端末が搭載されているので放置が出来ず最悪自壊させる必要があるのだ。
今回は転送試験終了後に次の転送で使うから回収作業は行わない。
「イスト殿、光子転送は思ったよりあっさりしていましたね。
もっとすごい物かと考えていました。」
「まあ目に見える変化は転送時の光だけだからな。」
操作としても通常の宇宙船航行とさほど変わりは無い。
ちなみに光っているように見えているだけで実際に光が出ている訳では無い。
転送される人体側、視覚に光が映り込むのだそうだ。
後は実は簡単に見えているが高度というか難しい事は間違いないらしい。
セリナから聞いた条件で最も難しいのは高度な制御システムが必要という点。
システムというか専用AIが必要なんだがそれはつまりはセリナという事だ。
転送時はセリナは裏で色々な作業を行っている。
万が一セリナが動けない場合は転送は出来ない。
気になって聞いたが日本国ではセリナの他にも専用AIは当然居たそうだ。
居たと言われたからセリナのようなAIなんだろう。
今回の転送は試験なので転送距離は2万キロ、宇宙の距離からすればほとんど動いていない。
別に転送する必要も無い短距離なのは安全面を考慮、試験だからだ。
船に異常も無かったし乗員2名も健康診断して問題、異常は無し。
転送前後で細かく診断したから一番時間が掛かったがまあ今後の為だ。
それぞれが診断している間に次の転送準備を手分けし進めていく。
まずは探査機の先行転送、周辺確認。
ちなみにこの確認で危険が高い場所であるなら探査機を自爆。
新たに探査機を転送して安全な座標を調べる必要がある。
念の為細かく詳細な船体状況の確認が平行して行われる。
普段以上に船体にストレスが掛かっていたりすれば想定の耐用時間の変更が必要だ。
長期航海が前提なのでその辺りは余裕を持って慎重に。
セリナが居れば修理も簡単だけれどそれを当然の状態にするのは駄目だ。
実際に船内を歩いて目視確認までしているからいずれ乗員を増やすかとも思う。
200mサイズの戦闘艦なら乗員数としては30人を超えるのが普通なんだと。
いまの状況だと秘密があり過ぎてさすがに乗員増加が難しいから先の話。
最初の目的地はヴァンダン、リラからもっとも近い植民恒星系だ。
この位置からだと60光年ほど先なので一度の転送では行けない。
まず30光年を転送しそこから改めてヴァンダン恒星近くに転送する。
この一度目の転送が本格的な転送運用の最初だ。
フリーダムの転送機からは外れて位置を選び安全に転送する。
無事に転送は終わり続けて2度目の転送に入る。
今回はちょっと手順が変わる。
転送先はヴァンダンの恒星から200億キロ地点。
すぐにフリーダムに発見される距離ではないはずだ。
転送前からガリオンはステルス状態を維持。
以降は隠密状態での航行を行い密かに恒星系に接近、観測して離脱を行う。
艦内電力は最低限に、動力炉も2つは最低限まで絞り熱発生を下げる。
電波類の放射封鎖を探査機の観測で確認するなど手間をかける。
試験で試した項目ばかりだがここから先はこれほど時間が掛けられない。
薄暗くなった操縦ブロックでいちもより緊張感のある中、2度目の転送が始まり終わった。
機械の作動音でさえ聞こえるようなシンと静かな船内。
俺の号令も小声でゼンさんの報告も同じく小声だった。
「探査機を確認、転送位置確認中。
イスト、ゼンさん、発生音を気にする必要はまだありません。
周辺にフリーダム艦や人工物は確認されていません。」
「そうは言ってもな。」
「そうですよ。こう緊張する中であれば小声にもなりましょう。」
「隠密航行中の静穏待機は敵性艦が万単位距離に存在する場合です。
まだ通常状態で問題ありません。長期の緊張は疲労の増加となります。
警戒はせずに平常心でそれぞれ航行準備をお願いします。」
「確かにここから長いな。ゼンさん、発進準備。」
「そうですね。ここから230時間の航行予定ですから後半にバテては意味がありません。
イスト殿、航路設定は予定通り3種です。」
今の転送地点から観測して恒星までの航路は決定する。
隠密状態なので派手にレーダー探査は出来ないから光学観測が中心。
まずは近くの安全な航路を使って長時間の加速に入る。
「探査機回収後、航路Bにて0.1G加速。
ゼンさん準備が出来たら即時加速開始。」
「了解です。航行スケジュール確定、加速待機。」
「探査機回収完了、格納庫封鎖確認しました。」
セリナの報告と同時に船体加速が始まる。
このまま微速加速を続け途中に光子推進で加速、速度調整。
その後は推進器はまったく使用せずに惰性航行にて恒星系へと接近だ。
「探査機3基、射出準備終了しました。」
接近する途中で探査機を先行で射出、1つ目はガリオンの航路確保と恒星系の情報の入手。
これは恒星系ら接近はするが弧を描き離脱軌道を取る。
2つ目は恒星系の惑星情報等の観測、これは水平面を斜めに下って行き恒星系を突き抜ける軌道。
3つ目の射出は状況次第、ヴァンダンの移民星に出来るだけ接近観測の予定。
これには状況を確認してフリーダム艦の警戒網に観測されない軌道が必要だ。
もし発見される可能性が高いとなれば射出しない事もある。
密かに恒星系の情報を得るのが今回の計画。
フリーダムの警戒の外側から隠密状態で接近。
恒星の惑星軌道周辺まで接近し観測を行ってそのまま反対側へとガリオンは突き抜ける。
その間隠密状態を維持、惰性航行のみで進む。
もし発見されれば即座に離脱、恒星に接近すれば緊張状態が続く。
「イスト殿、こんなにのんびりしていて良いのですかね。」
「長期航海なんて基本的に何もする事の無い日しかないですよ。」
隠密航海3日目、順調に航海中。
すでに緊張する事も無くなり今はゼンさんと運動中、日々のローテーションを消化中。
セリナは待機当番なので操縦ブロックに詰めている。
居住区の一角にトレーニングマシンが色々と追加されているからそこに居る。
日課のジョギングは終わってそれぞれの個人メニューの消化中だ。
運動不足解消は長期航海では必須項目。
「でもいつもと同じ航海では無いでしょう。」
「ゼンさん、別に何も無ければ惰性航海で恒星を抜けるだけ。
ガーランドの長期航海なら惰性航海で目的地まで2週間とか普通ですよ。」
そう、まだ慣れていないゼンさんと比べれば落ち着いてしまっていた。
なんというか本当にいつもの航海とさほど変わらない。
速度も船も状況も違うけど結局普通のいつもの航海と変わらない。
航海中に異常が無いか確認するのにフリーダムの船が追加されているくらい。
探査機での観測は始まっているから航路周辺にフリーダム艦が無いのは判っている。
油断せずに監視は必要だけどこちらからの探査は出来ない。
フリーダム艦の発生させている熱や電波を観測すれば自動的に船内警報は出る。
そんな訳で初日はさすがに緊張していた。
でも変わらな過ぎて落ち着いて普段通りになってしまった。
本来は駄目だと思う。でもそんなに緊張しすぎても駄目なんだろう。
恒星系に近づいたらもっと慎重にすれば良いと思う。
「そう言われればそうなんですがもっとこうなんというか無いんですか。」
ゼンさんの言わんとしている事も判る。判るさ。
もっと劇的な事があったりとか緊張感の続く航海であったりとか。
「リラ軌道戦と同じですよ。
準備している間は長く色々と思う事もある。
結局始まってしまえば一瞬で準備期間の方が余程長い。
今は準備期間なのでしっかりと準備、今後に向けて動けるようにしておくのが大事。」
死ぬ思いをした軌道戦を例えとして出すのは良くなかったかもしれない。
「準備期間ですか。・・・・しっかりと準備してやれるだけの事は出来るようにしておきましょう。」
トレーニングの手を止めてゼンさんは少し考えこんでいた。
結論としては準備しておくに落ち着いたのだろうか。
「無理して言う必要は無いけどゼンさんは軌道戦では悔いとか無いのか。」
「もちろん悔いはあります。もっと活躍したかったとか貢献したかったとか色々とあります。
イスト殿に教わった事全てが出来たかは判りません。
でもこうして生き残りフリーダム艦撃退に貢献出来ていたと考えれば後悔は無いのです。
拙僧が悔いれば帰らぬ者はもっと悔いがあるでしょう。
思いを背負うなど言えませんがその方たちの分も拙僧は生きて行くのです。」
思いを背負うか。あの戦いで亡くなった者は多い。
すべての家族に挨拶に行ったけれどほとんど恨み言は言われていない。
多分大人達がうまく対処してくれたんだと思う。
そういう思いは本当は俺が背負わないといけないのだろうな。
殺す選択が出来るのも指揮官の役割、犠牲者を減らすのも指揮官の役割。
全てで犠牲者が無いのが優れた指揮官であるが理想でしかない。
宇宙軍指揮官の著作にあった言葉だ。
ここでの全ては敵も味方も含めて、理想とするならば世界全てに犠牲が無ければ良い。
安易に武力を振るうのは間違いといった事でもある。
リラの行政府はこれを実践しようと頑張ってはいたのに俺は安易に武力を選んだ。
まだまだ出来ない事ばかりだけれど心には止めておきたい。
「イスト殿、何か真剣に考えておりますな。
僅かながら力になれますから抱えきれない時は拙僧にもお話くだされ。
人間、内に溜め込むのはあまりよろしくない。」
「ありがとうございます。何かあれば相談します。」
ゼンさんは静かなほほ笑みでうんうんと頷く。
「ひとまず戦闘訓練に付き合ってくれませんか。」
「了解しました。船長。」