5-2 植民星解放計画(予定)
新型船の試験が始まったのはイストの予定としては早い時期となった。
リラ星系外とフリーダム施設周辺に設置してある探査網にフリーダム艦の反応は無い。
おそらくあと3か月程の余裕はあると見ている。
この期間というのはフリーダムの予定から推測している。
リラから奴隷として住民を運ぶ予定だったとすればフリーダム艦往復の間は余裕があると見ている。
その帰還の間にリラではフリーダム艦対策を進める。
イストとしては何度か長期航海を入れたかった。
ガーランドで長期航海をするには理由が無いので困っては居た。
この試験航海はイストの予定としてもありがたいタイミングだ。
試験内容としてリラ星系内や近郊で行う項目、それ以外についてもかなり早いペースで消化した。
7割方消化した段階でまだ出航から一週間だが試験航海の予定は30日から40日。
この余裕のある期間にイストは予定していた計画を進める。
「どうするかな。」
進めるのだがこの一週間イストとしてはちょっとした事だが大きな問題に悩み続けている。
イストの予定としてはセリナの転送網を使って他の星を観察、偵察の予定が一つ。
もし可能であれば戦争についての確認も行いたい。
そう言った事を乗員として加わったゼンさんにどうやって説明するのか。
元々船内業務については秘匿義務があるので契約書には記載がある。
あるから問題は無いと思うけれどだ。さすがにそういうレベルを超えているだろう。
とりあえずセリナの事とか物質生成器の事はしばらく隠しておく。
今回説明するのは長期航海というか目的地とかの事だ。
話さないままに移動する事も考えたけれどさすがにそれはそれで色々と問題だろう。
こうやってどうするかなーと悩んだまま無駄に日付だけ過ぎた。
当然合間合間にセリナからもどうするのか尋ねられる日々だった。
「大丈夫と信じて話すしかないよな。」
結局そういう事なんだからそれならそれでもっと早くにやっておけと言う事だ。
作業着であるつなぎを着込んで操縦ブロックへと向かう。
配置としては以前と変わらず居住区画の隣、方向が変わっただけだ。
共有区画となっているリビングは誰もいない。
乗員が増えて良い事としては多少自由時間が増えた事だろう。
今はセリナが休みの時間帯。イストは昼から8時間が操縦席待機の時間帯だ。
操縦席にゼンさんが当直として詰めている。
密閉型のカップを二つ、コーヒーを差し入れとして操縦席への扉を潜る。
「おはようございます。」
「イスト殿、おはようございます。船長、航行予定は順調、異常無しです。」
差し出したカップを受け取りながらゼンさんから業務報告。
ちなみにゼンさんの俺の呼び方は色々とあってイスト殿になった。
船長と呼ばれるのはもう少し早いかなと俺が辞退したし、さん付も止めて貰ったからだ。
「ゼンさん、これからの予定で話があります。」
「イスト殿、こちらが譲歩したのですからもっと砕けた話し方で。
まだ慣れないのはあるかもしれませんが拙僧として長く長く付き合うつもりですから構いませんよ。
さあさあこちらに。」
もう一つのカップも受け取られ席の前にするっと置かれた。
ゼンさんの定位置である左側の席の隣。
椅子は回転するのでそこに座りコンソールでは無くゼンさんの方を向いて座る。
「航海予定よりかなり早く試験項目は消化していますね。
ここまで急いだという事は何か別の予定があるかもというのは予想出来ますよ。」
まあそうだよな。予想は出来るよな。
ここまで来て気後れしても仕方がない。
「これからの事ですが船の事情で秘密にして欲しい。」
なんだろうな。色々と話し方が混ざっている。
「ゼンさんを巻き込む事になったのは申し訳無い。
でもこれから先の事を考えると俺一人だと無理な事も出てくるから助けて欲しい。」
ゼンさんを誘った一番の理由だ。
色々と計画はしているがセリナを入れて二人というのはいずれ限界が来る。
「問題ござらん。誘われた時にもお話しました。
拙僧は命を拾った身、これより先の人生は好きに生きることにしております。
しばらくはイスト殿そしてこの船に厄介になります。
言わぬ方が良い、秘匿しろと言われれば何があろうと漏らしません。
元よりそれぞれの船の業務内容は秘匿義務があります。どのような事でも申して下され。」
命懸けというのが本気と言える覚悟なんだよな。
ゼンさんにとっては宇宙に投げ出された経験というのはかなり大きかったようだ。
家族とも話をさせてもらったがどうも変わったと言うか壊れたと言うか。
まあその覚悟を信じて乗員に誘ったのだから大丈夫と信じよう。
セリナ曰く便利に使える人材とすれば良いという事だったしな。
「じゃあこれからのガリオンの予定と言うか俺たちの予定、計画です。
ゼンさんはフリーダムの航行方法、光子転送については知っていますよね?」
「無論。ガーランドでの調査航海にも同行させて頂きましたしね。
行き来している間に色々と聞かせてもらい学習済みです。」
「秘匿したい事はそれです。俺はその光子転送を使える。」
「それは・・・本当に?」
大きく頷いて肯定する。
「だからこれからの予定としてはフリーダムの植民星を見に行く。
出来れば各星に探査機を接近させて出来るだけ詳しい情報を得る。
当然その間、この船は隠密航行。実際に発見されないかのテストにもなる。」
端末を叩きこれからの航海予定、各星での計画表を表示させた。
「フリーダム艦に発見される可能性はあるし戦闘になったら撃墜される事もある。」
「それは勘弁して欲しいですね。
計画については承知しました。もちろんここからの事はリラ帰還後も秘匿します。
まず隠密航行時の機器について再チェックしておきましょう。
いやー、どんな星なのか楽しみですね。
やはり拙僧、イスト殿に同行して良かったです。
さっそくこのような事を体験出来るとは思っておりませんでした。」
悩んでいたのがバカみたいにあっさりとした反応だ。
「そんな簡単に納得していいのか?」
「あー、なるほど。
イスト殿はご自身の噂を聞いたりはしないでしょうからね。
リラ軌道戦の前くらいからですね。色々と噂がありましたよ。
ガーランドの秘密兵器、四長老の残した秘策、移民船の遺産。
宇宙船乗りの仕事明け、一杯飲みながらの話ならもっと多くの話がありました。
多いのはガーランドに一人で乗っているのはキリアト老の計画を密かに引き継いでいる、ですね。
早くから船に乗っていたのも英才教育を施していたからではと言われていました。
イスト殿が司令官として発表されて信憑性が高まりましたよ。
今回の新型船についてもです。
フリーダムとの戦いが終わっていないと公表されてすぐに計画が出てきましたからね。
今までと同じ流れだからまた何かあるんじゃないかと噂されていました。
拙僧もガーランドの乗員になったと判ってから散々聞かれました。
どれも話せない、守秘義務という奴でと言い訳して何も言っておりません。
これからもいくらでも誤魔化せますから問題はありません。」
「そんなに噂があるのか?」
「航行中はどの船も暇ですからね。
そんな時に盛り上がるのは他の船の話というのが宇宙船乗りなんですよ。
宇宙船乗りしかいない場所や船内でしか話さないので他の人は知りません。
それに噂になっている本人に話す事は無いでしょう。」
確かに他の宇宙船乗りに親しい知り合いと言える人は居ない。
そんな状態なら聞く事は無い話か。
ちょっとはそういう環境も変えないと駄目かもしれない。
ひとまず前から思っているそんな反省は置いておく。
「これから目標地点に向かって準備する。
その間にゼンさんには光子推進での航行計画を手動で立てて欲しい。
今までの航路や細かな宇宙図はデータベースにある。
作成時間の記録も取っておいて欲しい。」
「目標地点はリラとフリーダム施設の中間付近ですね。
手動だと確かにすこし手間ですね。
さっそくとりかかりましょう。」
手動でというのは航行コンピューターを使わずにということだ。
何かの原因で航法コンピューターが止まった時でも対応できるようにしておいて欲しい。
ゼンさんしか動けない場合もあるかもしれない。
こうした手動計算は宇宙船乗りの試験でもたまに出る問題だ。
ゼンさんが航行計画を立てている間にガリオンは目的地に到着する。
セリナが通信機を設置した小惑星だ。
どこでも良かったのだが無難な位置というのでここだ。
セリナと俺は船外活動による準備があると外に出て来た。
物質生成器によってセリナはここの通信機を最新鋭の転送装置に作り替える。
何かあってもこの位置に転送できるようにしておく為だ。
それと大きな事としては船の改造。
船底部分をセリナが大きく作り変える。
8m程全長が高くなっているのだがリラに戻る時にには戻すらしいから仕方がない。
複数の物質生成器を展開した大型の改造だったがそれほど時間はかからない。
実はセリナがここに来るまでに船内から少しずつ作業をしていたからだ。
船内から行ける場所でもないし外観には変化が無い。
「セリナ、本当にこれで大丈夫なのか?」
「問題ありません。
元々光子転送装置は小型化が進んでいます。
無人、有人での転送実験も終了していますから実用も可能です。」
光子転送装置を船に装備する、搭載する実験は終了しているが実用はされていない。
今回の改造は船に転送装置を付けた訳だ。
何が出来るかと言えばわざわざ転送装置に行かなくても光子転送が出来る。
セリナから聞いていたのは設置してある光子転送装置から転送装置への移動、転送だ。
船に転送装置を積み、それと共に転送すれば転送の自由度は激増する。
現在位置から最も近い転送装置に直接移動出来る訳だ。
さらにもうひとつ、実は転送装置の無い場所でも転送は可能。
最低でも二つの転送装置で繋がっていればその中間地点とかであれば転送出来る。
光子転送網の内側ならある程度制限はあるが移動が出来るらしい。
本来なら中間地点に移動しても帰還時に転送装置が無いから通常航行での移動になるから意味が無い。
一方通行の転送になる。
でも船に転送装置があるなら転送で戻る事が出来るという訳だ。
俺がセリナに自身の計画を話した時にそれならと聞かされた転送関連の情報だ。
正直予想外な転送関連情報で俺は計画を見直す事にしたのだ。
船の準備が終わりガリオンは光子推進によってリラ星系外へと進む。
転送をするにしてもリラに近すぎるのは観測される危険性があるからだ。
30時間程の航行予定なのでその間にゼンさんとセリナに集まってもらった。
「巻き込んでしまう二人にこれからの計画を話しておきたい。
後で計画詳細も見てもらうから出来たら細かな部分の修正なども手伝って欲しい。
これはリラ行政府は関係なく本当に個人的な行動だ。
勝手に巻き込んでしまい申し訳ない。」
「イスト、謝罪は必要ありません。
ただ計画を見て無理な計画であるなら止めさせて頂きます。」
「なるほど。セリナ殿の言う通り。
拙僧はすでにガリオンの乗員。
船長の無茶にはお付き合いしますが安全で無いなら止める権利はありますな。
で、どのような計画ですか?」
じつはセリナにはすでに話してあるのだ。
色々と相談して計画自体はある程度見立てが出来ている。
ゼンさんを巻き込んでしまうので説明する訳だ。
「まず俺はフリーダムが支配している他の星もリラのように解放出来ないか考えている。
その為にはまず他の星をそれぞれ見て回り状況を確認したい。
それからフリーダムが戦争をするらしい。
本当に戦争が起きるならフリーダムが勝利しないようにしたい。
ただこれについては何も判っていないから確認してからになる。
何をしても出来ればこの船がリラから来たのは知られたく無い。
リラに危険が及ぶ事は避けたいんだ。」
もっと先の計画もあるけれど今の所目前の計画はフリーダムから他の星を解放する事。
知らなければ、出来なければ放っておいた。
でもリラでさえフリーダム艦を撃破して解放出来た。
距離が開いているから本来なら無理だったが光子転送があるから移動できる。
でも当然一隻の船で出来る事には限りがある。
まあ勝算は少しだけある。
他の星のフリーダム艦を排除すればその段階でフリーダムの転送網を破壊する。
転送網が無ければかなりの時間を稼げるからその間にフリーダム対策を進めれば良い。
その転送網についてはセリナがそれぞれの転送装置を自爆させられるから実は何時でも出来る。
セリナとしては出来ればフリーダム星系に繋がる転送網を見つけたいようだ。
見つれば前の時と同様にうまく使ってリラ転送網を拡大する。
同時に謎となっているフリーダムの事を知れるし直接観察できる。
これについては俺も出来ればやりたい。
この計画を進めながらフリーダムがリラへ侵攻した場合はその防衛を行う。
リラ軌道戦までのように自由に船を動かせないのがネックなんだよな。
そういった予定中の計画を話して行く。
後はガリオンで使える技術、光子通信や転送についての細かな部分の説明も加えた。