1-5 お互いの計画
「別にそれに対抗する必要はない。
この星系には船の情報だったりそういう光速を超える理論の蓄積とかがまったくないんだ。
深宇宙探索艦って事は長距離航行出来るし速度が出せる船だろ。
その技術があればなんとかなるかもしれない。」
「イストは何か計画があるのですか?」
「別に俺の計画じゃない。計画と言うよりはそんな話もされているくらいだ。
セリナに話したとしてそれを黙秘する事は可能なのか?
海賊に情報が洩れるのは避けたい。」
「黙秘についてはお約束しましょう。
現在イストとは協力関係にあると考えますので信頼関係を構築するのは大事です。
機械的にもAI的にも確実に情報は漏らしません。」
協力関係と言って黙っていると言うのなら多分大丈夫だろう。
海賊絡みの機械もしれない疑惑はあるけれど最初は壊れていたしな。
わざわざ見つかるかどうか分からないような小惑星に仕込んだりすることは無いよな。
あったとしても破棄されたとかか。
重要な情報は簡単に漏らすものじゃない。
AI、機械だから大丈夫という訳でもないだろう。
簡単に信用するのはどうかと思うがセリナが海賊関係とは思えなかった。
「リラ6はこのままの状況が続くなら移民を考えているんだ。
逃げられるかどうかは判らない。星から宇宙に脱出する方法もまだない。
今は人口が増えたと言っても大型アーコロジーひとつで全人口が生活している。
アーコロジーをそのまま開拓移民船に改造しての脱出計画がある。」
「支配され植民地となり搾取されるよりは新天地を目指すのは良い方法かもしれません。
確かに計画としては問題点が多数ありますね。
長距離移動が可能の宇宙船が建造できるかどうか。
惑星離脱時に攻撃された場合の防衛方法。
無事に宇宙に出たとしても光速を超える宇宙船からの逃走が可能か。
問題点は多く成功確率がかなり低い計画です。」
「そんなの判っている。
星系の住民でもまだ知らないし計画と言うよりは可能かどうか検討しているくらいだ。
ただこのまま何もせずに過ぎていけば海賊の人狩りとか締め付けで人口が減らされる。
技術者が減ってしまえば何も出来なくなるんだ。
支配している星を奴隷牧場なんて言ってる連中だぞ。
何とかしないと本当に奴隷として飼われるだけになっちまう。」
「まだ検討段階で実現、実行可能か模索中という事ですか?」
「そういう事だ。都市の改造もすぐに出来る訳じゃない。
改造するとしても海賊に隠してだから時間もかかる。
場合によっては計画を進めてある程度人口が減少した時に実行する事も考えられている。」
「他に計画はないのですか?その商人の船を撃破や占拠するのは有効ではないですか?」
「セリナももう知っただろう。
融合病で武器についての情報もかなり失われている。
この周辺には他に移民星は無かったから軍備なんてものは進んでなかったんだ。
宇宙船での最大武装は移民船だったそうだ。
ありがたい事に軍とか武装が必要な星じゃなかったんだよ。
移民した時から武器があれば使用する事も使用される事もあるから出来るだけ作らない方針なんだ。
警察はあるがそれもほとんど武装なんてしていない。
最初に抵抗したときもまったく抵抗になっていなかったんだ。
仮に乗り込んで船を占拠するにも武装が必要だろうしスムーズに戦闘が出来る必要がある。
軍事訓練も有志で行われているはずだがどこまで有効かは判らない。」
「軍に対して自警団程度も無いと言う事ですね。
確かに訓練しても対抗するのは難しいでしょう。
敵船に侵入出来れば少数での制圧も可能かもしれません。
パンデミックによる大規模被害、情報喪失、復興中によるリソースの不足。
色々と悪い状況が重なっていますね。
もっと詳細な情報を得て検討すれば対抗策ももう少し具体的に出来るかもしれません。」
「それを考えて教えてくれるのか?
セリナはそれを教えて良いのか?」
「公開する情報は情報ではなく人間の知恵です。
戦術論などはリラ星系で失われているだけですから問題ありません。
今よりももっと昔の人間が得て来た知識ですからいずれそこに到達出来ます。
具体的な技術を提供していないので現状でも提案は可能です、という事にしておきます。
有効な役立つ情報と言うのは技術だけではないのです。
そういう蓄積された知識を調べ、得る事が出来るのが図書館なのです。」
最後の言葉が力強い。
トショカン、データベースとしての機能を発揮したいという意思を感じる。
船に乗るまでの話でも思っていたがセリナは情報を得る事と与える事については進んで行うよな。
データベースとしての役割、AIの本能みたいなものかそういう性格付けなのだろう。
積極的に情報を教えてくれるなら拒む事もない。
ただ今それを行うのは時間的にもったいない。
「セリナ、このまま検討したり情報を出してくれるのはいいが先にこれからの予定を決めたい。
話すのは宇宙船の移動中に出来る。
少しは余裕があるがこのまま無駄に時間を過ごすのは避けたい。
俺は採掘後は星に帰還予定だった。
帰還航路で採掘も難しそうだからこのまま一度星に戻る事にする。
採掘機の補填とかについてはどうすれば良い?」
「どのような補填を行うかにもよります。
条件が満たせれば採掘機そのものを物品として提供、補填出来るかもしれません。
ただしそれの実行計画は白紙ですので必要時間などはこれから試算する事になります。」
採掘機自体を提供するだと?そんな事が可能なのか?
「そんな事が可能なのか?」
いかん。言葉にせずまた考え込む所だった。
「可能性があるというだけです。
それを実行するのであれば同時にこちらからの通信手段の確保も行えるかもしれません。
所有者、当個体の現状確認なども行えると言う事です。」
採掘機が戻って来て所有権が確定するという事か。
出来れば帰還前に補填はしてもらいたい。
このまま帰っても次にセリナが居るとは限らないと思っているからだ。
俺がもう一度この辺りまで船を飛ばせないかもしれない。
まあその時は補填なんて意味がなくなるから良いんだけどな。
「それをするには何をすればいいんだ。
計画が白紙とか言っていたが可能なら船での移動くらいはしてもいいぞ。
出来るだけ帰還航路に沿ってになるけどな。」
「移動して頂けるのは助かります。
今の当個体は推進力が不足しており移動には時間が掛かります。
ご協力頂けるのであれば周辺の詳細な観測情報は無いでしょうか。
小惑星や個体物質、彗星などの情報です。
それらの情報は『採掘屋』という仕事では大事な情報と推測出来ます。
ここまでに提供して頂いた情報と合わせて、また計画に協力して頂く事も含めましょう。
それらの代価は当個体、AIセリナの協力でお支払いします。
当個体の所在、所有権が判明し所有権の譲渡が出来ない場合も有効とさせて頂きます。
いかがでしょうか?」
協力するというちゃんとした取引。
「協力を明確にしたのはなぜだ。
別にこのまま何処かに行っても良いんだろ?」
「AIセリナとしては特に人間という生存は重要ではありません。
人間に使用される機械としてのAIではなく自己を追求するという目的のAIだからです。
ただ人道的観点としてはリラ6の状況は助力した方が良いと考えるからです。
奴隷という人権を無視する行為を放置して良いとは思えません。
正確に状況を確認していませんがイストが偽り情報を示している事はないと判断しました。
そのような事をした事はありませんからAIですが人助けをしてみたいと考えます。」
人助けをしてみたいAI、なんだよそれは。
AIっていうのはこういう物なんだろうか。
人間に使用される機械じゃないという事の方も気になるけどな。
使われているからツキヨミという船を動かしていた訳じゃないという事か。
「判った。じゃあ協力してくれ。手伝って欲しいと言った方がいいか。
ちゃんとした契約の方がいいならそうするぞ。」
ツキヨミという船は手に入れたいしこのAIセリナには協力して欲しいと思ってた。
今更断る必要もなく所有権が無くても協力してくれるなら問題は無い。
「契約が必要であれば契約しますがAIとの契約は有効ですか?可能でしょうか?」
AI、機械と契約するのが有効なのか?
リラ6じゃAIとの契約なんて無いな。
機械をレンタルするとしてもそれは所有者との契約になる。
「協力してくれるならそれでいい。
それでどんな情報が欲しい?
この小惑星に来るまでなら周辺宇宙の観測データは少しはある。」
「観測データであればすべてです。
分析を行いますので可能であれば過去の観測データとそれの分析データもお願いします。」
「そっちのモニターに表示する。」
丁度表示させていたデータだ。
過去の情報についてもひとつ前の情報を表示。
「分析結果を入力したいのですが方法はありますか?」
情報を見始めてから1分もしない内にそう言って来た。
もう終わったのか一部だけか。
AIの処理速度なら終わるのかもしれない。
「音声で指示してもいいし確かキーボードでの入力も出来るはずだ。
モニターの下から引き出してくれてもいいし透過表示も出来たはずだ。」
「入力用キーボード、透過表示。」
セリナの言葉に反応してモニターの前に透過キーボードが表示された。
直接情報を音声で入力出来るという事だったんだけどな。
勘違いしているとは思えないのはかなりの速度で指が動いているからだ。
「セリナ、情報はもう分析出来たのか?」
「はい。終了しております。
もう少し詳細に分析したいので過去の情報を頂いてもよろしいですか?」
「コンピューター、入力された分析情報を表示。」
そう指示してこちらはモニターを触っていくつか情報を引き出してセリナのモニターにも表示。
セリナの結果と船のコンピューターの結果を比べて見る。
船の結果より少し情報が多い。
分析する時には不確実な小さな観測情報は切り落とすようにしているがそれも分析しているみたいだ。
全体的に精度が高いというか細かな部分まで分析されている印象か。
コンピューターに違う箇所を表示させて見た結果でそれをしないと判らない。
普段はコンピューター任せだからな。
「分析は終了しました。何ヵ所か移動したい場所があります。
可能であれば最適航路を計算しますのでこの船の情報を頂けませんか?
予定航路や帰還に問題が無いように修正させて頂きます。」
「船に指示すれば計算してくれるぞ。
その前に何をするのかは説明してくれ。」
「自慢ですがこの船の航法コンピューターよりは当個体、AIセリナの方が優れています。
分析情報からの推測ですが航法についても同様と考えられます。
イスト、無駄なく計画を行う為にもお願いします。」
セリナは立ち上がりこちらにお辞儀をしてくる。
お願いしますと礼をされたりするとは思わなかった。
自慢から入らなければ良い方法だったかもな。
分析を始めてからは少し凛々しい感じで話し方も変わっていたから余計に。
「両方を比較して考える。
先にどうするのか聞かせてくれ。それが出来るかどうかが先だ。」
「現在の当個体は完全に修復されておらず機能は不完全です。
修復を行い同時に遠距離の通信も行います。
それに必要な物資がありますのでその採取を行います。」
「物資を採取するくらいならこの船にある資材とかでなんとかならないか?」
「船をすべて物資として使用しても良いのであれば可能です。
それでは星への帰還が出来なくなりますので行いません。」
「それで物資を集めても加工とかはどうするんだ。」
「そうですね。加工というか方法はあるのですが・・・」
始めて言い淀み凛々しい感じが無くなった。最初の落ち着いた感じに戻っている。
やんわりとした落ち着いたら感じの話し方なのは人間と接しやすいようになっているんだろうな。
「イスト、先ほどの契約についてですがお互いに公開した情報は秘匿するという条件を追加しましょう。
イストのリラ6関連の情報は秘匿しますしこちらの公開した情報は秘匿してください。
独断ですがそれによって少し情報を公開します。
当個体のみで実行すれば問題ありませんが同行されるのであればいずれ公開する必要もあります。
その段階で知られるのであれば今公開しても同じでしょう。」
恐らく機密に関係している事だろう。
何かをするからそれを見られるなら一緒という事か。
お互いに情報を秘匿する事が条件なら機密だけれど少しは話せるという事だ。
「お互いに秘密を持ち合うのは構わない。
ただ俺は人間だから情報を引き出される可能性はあるぞ。」
重い犯罪に対してや冤罪の可能性があれば自白剤が使用される。
そういう薬物の前には黙秘は出来ないだろう。
「自身の意志で公開されないなら構いません。お互いの情報は秘匿しましょう。
ツキヨミは当時最新の技術によって建造された宇宙船、探索艦です。
当個体を含めてその船体には物質生成器が使用されていました。
物資を収集し当個体の機能回復と同時に採掘機も生成予定です。」
「物質生成器があるのか!?」