4-13 光子転送網
「セリナ、一体何があった。何をしたんだ?」
ガーランドの針路を設定し後は航法コンピューターに任せておけば良い。
「イスト、失敗しました。」
フリーダム艦との交渉中、爆散の直前セリナはそう言った。
さっさと聞きたい所だったがギードリアさんから連絡が来たとかその後の騒ぎ。
落ち着くまで聞くのは待って見た。
今までセリナが失敗したというのはほとんど無い。
光子魚雷の時くらいであれは元々難しいという話だったからな。
詳しく聞く前にフリーダム艦航路の事とかも出て来た。
こうして飛び始めたからあとは詳しい話を聞いてフリーダム艦から集めた情報も詳しく聞きたい。
「フリーダム艦の各所で探査機を使い情報を集めていました。
端末を使って侵入し艦の情報入手、セキュリティの解除などを試みました。
動力部への通路を確保し探査機で侵入したのですが発見されました。
その直後に不正アクセスもすべて発覚しました。
フリーダム艦は戦術システムAIと船体制御AIで管理されていました。
もうひとつセキュリティ監視AIが密かに活動していたようです。
フリーダム独自のシステムで不慣れな部分が多く直接操作ではなく無線操作も影響しました。
セキュリティAIは艦内に侵入者多数と判断、艦隊コントロールに重大な危機と認識。
即座に自爆を実行し抵抗しましたが抑えられず爆散しました。」
確かに失敗だな。
フリーダム艦のAIの事や詳しい事を聞いて質問してみた。
結論から言えばセリナの失敗というか無茶が原因だった。
密かに侵入どころか各情報を端末から抜き出しながら2つのAIを乗っ取ろうとしていた。
同時に制圧しようといくつも工作していた所でもうひとつのAIに発見される。
セリナは優秀で2つのAIを制御、制圧出来そうだったのだ。
それが出来れば艦の制御をすべて得られる。
フリーダム艦が自由に出来る所だったのだ。
当然3つ目のAIは艦に重大な危機と判断し即自爆を選択。
これまでもフリーダム艦が自爆していたのはこのAIの判断が大きいそうだ。
セリナを責めてもどうしようもないし起きた事は仕方がない。
フリーダム艦を入手出来るならそれを狙うのも判るしな。
システムをある程度把握したので次は問題ありませんとか直接艦内で操作していれば制圧しましたとか。
悔しがっているのか言い訳か珍しいセリナを見ている。
興味があって聞いてみたがフリーダムのAIはセリナと比べれば普通だそうだ。
量子コンピューターを基本としたAI。
3つあってもセリナには及ばないらしいが確実に制圧出来るようにセリナも強化するそうだ。
リラには伝えられないセリナが引き起こした事の話はここまで。
フリーダムの事も聞いていく。
フリーダム艦の乗員は100名から200名。
3つのAI制御でかなり自動化されている。
人間が操作出来る部分が少ないくらい。
AIに指示出来る人間も限られており艦内でも身分さ、立場の差は大きい。
船内も大きく分けられており艦を操作出来る者とそうでない者は扱いが大きく違う。
操作出来ない者たちが奴隷なんだろう。
フリーダム艦の大きさだとか武装については少しは情報があった。
そういう重要な情報はほとんどAIが管理し艦内の者も自由には見れない。
フリーダムは情報管理は徹底していたそうだ。
艦内のセキュリティも高くこれは奴隷の反乱に備えての事らしい。
フリーダムは120光年先の恒星系が中心。
3つの惑星を居住地としており支配は100光年程。
6つの惑星を植民地として支配している。
他に支配している星もあるようでかなり大きな国らしい。
文化的には契約重視、フリーダムにとって契約は絶対だそうだ。
神に選ばれた大統領が国の頂点、代表、支配者。
神に選ばれた国民が人間である。
神の祝福を得ていない者は堕落した者でありフリーダムが導かなければならない。
そんな国だそうだ。
信仰は大事かもしれないがそういうものじゃないだろう。
リラにも信仰はある。神道がそれで色々な神様が居るから好きに祈る。
神が何かする事はなく精神的な物、気持ちの問題。それがリラの一般的な信仰。
フリーダムが支配している他の星は何の権利も無く奴隷としてフリーダムが所有している。
奴隷によってフリーダムは成り立っているそうだ。
フリーダムについて他にも色々と判った事はあるから情報は纏めてリラに送る。
「イスト、目的地までの航路は確認しました。
フリーダムのシステムを研究しますので操縦席はこちらで担当します。」
報告書として俺が情報を纏め終わったのは半日程してからだ。
纏める時にさらに質問したりセリナのデータを見たりして時間が掛かった。
時間的にも遅くなっているし戦闘後というのもある。
そんなに今回は疲れた訳じゃないがまあ今日はこのまま休む。
航行予定がまったく無い状態で突発的に飛んでいるからシフトも決まってない。
どうせセリナは寝ないだろうから操縦席は任せて俺は自室で休む。
2日程目的地、フリーダム艦の出発地点に向けて飛べばそこから減速を始める。
ガーランドは通常速度まで減速して一定軌道を自動周回。
目的地には突撃艇で向かう事になった。
もうすぐ観測機から報告があるはずだが目的地には施設があるかもしれない。
リラの生産ステーションような物だ。
そんな物があれば無人ではないだろうし警戒もあるだろう。
攻撃される可能性もあるからガーランドでの接近は避ける。
施設があるかもしれないからリラには報告していない。
セリナの判断だが場合によっては施設を破壊する事もある。
今後フリーダムの艦がリラに来るならこの施設を拠点に使うだろう。
宇宙船にとって補給の行える施設は重要だ。
破壊した場合リラがそれを行ったと判れば問題になるかもしれない。
報告せず密かに行えばリラとしては知らないからフリーダムから言われても判らない。
実際は行ってみてからの判断だ。
施設に警戒される訳にはいかないから観測機はレーダーを使えない。
最初にフリーダム艦を確認した時に使った光学観測中心の観測機だ。
小型小惑星の中に設置して目的地が観測出来る軌道を飛行させた。
「イスト、画像を確認します。」
操縦席で時間まで待機していたからモニターを確認する。
遠くに見えるちいさな物体、拡大された画像、接近中に観測した画像などだ。
四角い物体、建造物。四角の枠がありその中は空洞だけど妙な物が浮かんでいる。
拡大された画像をみればそれは半壊した鳥居だ。
左の足側が折れており右側と上部だけが残っている。
壊れている訳ではなくてどうもそんな形に作っているようだ。
なんで宇宙に鳥居なんだろうな。
観測情報を確認すれば鳥居の長さは100m程ある。
「壊れた風の鳥居だよな、あれ。」
「イスト、状況が変わりました。
接近して詳細な情報を確認する必要があります。
これはツキヨミ運用に関しての問題です。
経過年代が不明ですから情報漏洩等いまさら気にする必要は本当はありません。
当個体としてはまだツキヨミを運用しておりそれに関する事は実行する必要があります。
あの鳥居はツキヨミの光子転送網端末の可能性があります。」
「光子転送網開拓艦ツキヨミだったな。」
「深宇宙探索光子転送網開拓艦ツキヨミです。
光子転送網とは光子を量子的に利用した高速通信の事です。
ツキヨミの使用している転送網であれば50光年内であれば即時通信が可能です。
設置した端末を経由することでこの距離は延長が可能です。
移住可能な惑星を探査しながら将来の入植に備えて光子転送網を広げるのがツキヨミの役割でした。
機密ではありませんが説明は避けていました。」
「その光子転送網と言うのは最初に小惑星に作った奴か?」
「そうです。最低限の通信機能のみの簡易端末です。
設置時は資源もエネルギーも不足していました。
通信の範囲などは通常端末と差はありません。
従って54.43光年以内に通信網はありません。
目的地はリラ星域から約2.3光年です。
同じ技術を使用していれば通信可能ですが接続されませんでした。
ツキヨミの優先使用権等が無効となっている可能性もあります。
鹵獲し解析、船から情報を入手、解析、通常の取引による譲渡等の可能性があります。
情報入手先が判明すれば所属政府へ連絡出来る可能性があります。
光子転送網については当個体の記録では最重要機密となっております。
漏洩の可能性がある場合すみやかに情報回収、破壊などの措置を講じる事になっています。
経過時間からすでに必要のない措置かもしれませんが任務として実行する必要があるのです。
当個体はまだツキヨミを運営しております。」
リラ4からの連絡や軌道戦での戦闘、今回の戦闘でもそうだ。
セリナはかなりの距離からでも通信をしている感じはあった。
それが光子転送網を使っているのなら当然だな。
通信を使うようにしたのもカモフラージュだろう。
そう見せかけてセリナは光子転送網を使っていたんだろうな。
納得出来る部分は多い。
「じゃああの施設をいきなり破壊するとかは出来なくて調べる必要があるんだな?」
「そうなります。
今回はツキヨミ運用上の事ですから当個体に制限がありません。
本来であれば単体で潜入、破壊工作を行います。
希望されるならイストの同行は構いません。どうされますか?」
「行けるなら行くぞ。
船で待っているのは退屈だしどうせなら近くであの施設を見たいからな。
あれは多分フリーダムが作った建造物なんだろ?
リラには無い宇宙建造物を観察出来るんだから行くよ。」
「判りました。突撃艇を移動に使用し潜入を行います。」
「その準備は好きにしてくれ。
資源が足りないならガーランドに新しく積んだ装置類を使えばいい。
ずっと気になっていたが聞いていない事がある。
今の話で確認したいがいつものように話せないならそう言ってくれ。
光子通信網じゃなくて光子転送網だよな。
それは通信だけじゃないということか。」
通信というのが転送という言葉として使われているとかならそんなものなんだろう。
でもセリナは通信という言葉を使っている。
だとしたら通信に使うなら通信網とされるはずだ。
セリナがすぐには答えない。
質問の返答が遅いというのはかなり珍しい。
「イストには説明しておきましょう。
政府もある程度は公開した情報です。
ツキヨミの出発時点では光子転送網でした。
この通信網を作る事はその後の計画に使用する為です。
計画の1つが光子転送であり技術の完成、実用化された段階で光子転送網となりました。
端末同士という制限はありますが最大50光年先へ物質を送る事が可能です。
この光子転送網は出発時点で実用の目途が付いていました。
それが光子ロケットが開発されなかった理由です。
転送網についてはリラには存在しませんので提供は出来ません。
情報も伏せて頂くようお願いします。」
「本当に50光年を転送出来たのか?」
「初期実験を行ったのがツキヨミであり当個体です。
船体の転送を行い問題は無く当個体も転送しました。
複数回の実験、各地での実験を経て実用化された所属政府最新最高の技術です。」
転送装置、ワープと同じくじいちゃんの持っていた物語でしか出て来ないような機械だ。
それが実際にある。
物質生成器もセリナが使っているのを見るとやっぱりすごいけど転送だよ。
しかも50光年先まで移動出来る。
もっと研究が進めば人も移動出来るのか、そうなったもっと凄い。
じっさいにあるなら研究すればいつかは作れるという事だよな。
リラでは作れるだろうか。どんな研究が必要なんだろうか。
そう言った事はセリナから教えて貰えるのだろうか。
理論とかだけでも発表できれば何時かリラでも作られないかな。
「セリナ、光子転送については詳しく教えて貰えないよな。
リラで研究する方法とかを教えては貰えないか?」
「詳細は教えられません。
手掛かりなら光子研究を進めるのが良いでしょう。
素粒子物理学や量子学の研究が必要ですがリラでは専門家は居ないようです。
イストが今後研究するのも良いかもしれません。
学習に必要な参考書や知識書なら提供させて頂きます。」
「俺がやるのか。そういうのは専門家に任せた方が良いと判ったぞ。
サトウのじいちゃんみたいにそれを支援出来るのが良いな。」
ひたすら研究とかは今は考えていない。
船旅の間に片手間に少しずつやっても良いけどな。
暇を見て研究出来る人を探すか見つかるまでは自分で進めるべきか。
じいちゃんもこうやって色々と人を探したり伝手が増えていったのかな。
色々と計画して復興を続けていたならそうなのかもしれない。
サトウのじいちゃんにまた話を聞こう。
この後は光子転送網や素粒子学についてセリナに話を聞きながら潜入準備を進めた。