3-11 イストの解放/現実
瞼が開き欠伸と共に周辺を見るがまだ暗い。
捕まっている状況を思い出し別に毛布を被っていたりする訳ではない。
顔に袋が被せられているから暗いのは当然だった。照明も点いていなかった。
色々考えていたはずだが一段落してそのままうとうとしていたのか。
静かで物音はなく動けず暗闇で思考するしかない状態だ。
ちょっと暗い眠気に襲われるのは仕方が無い。
完全に寝ていた感じではないしそんなに時間はたっていないと思いたい。
手足は縛られているから出来る範囲で身体を伸ばしたり少し動かす。
しばらく続けていれば少しはすっきりとする。
「どうするかな。」
そう声にしてみてももごもごとしかならない。
口にある布が邪魔だ。
正直する事がない。考える事も多いが資料も見られないし計画についても暇があれば考えている。
今の所大きな変化とかすごい作戦とかは思いついていない。
扉は開いていないが部屋の照明が灯った。
顔を覆っている布越しにもそれが判る。
だれか来るのか?
すぐに扉が開いて駆け寄って来る足音。
最悪抵抗出来るように両足で蹴り飛ばす準備はしている。
捕まっているから抵抗しても無駄だけどな。
足音はすぐに横まで来て顔を覆ってある袋を触ると縛ってあった首元のロープを切り取り外す。
「イストくん発見、伝令を送れ!」
視線が合うとすぐに扉の方に向かって叫んだ。
その人物の正体は宇宙服を着た多分ギルド員だろう。
左の肩にギルドのシンボルマークがある宇宙服を着た男性。
もしくは宇宙服を借りた誰かか。
その人物は口の布、手足の拘束を手早く解いていくからおとなしくしておく。
「動けるか?怪我はないか?」
ゆっくり立ち上がってみて屈伸をして上半身も軽く動かす。
顔に手を当ててみるが腫れも引いているし特に身体に痛みなどは無い。
「健康状態に問題はありません。」
「ここは軌道エレベーターステーション上部に停まっている船内。
動けるのであればすぐに合流場所へ向かおう。ステーション内だ。
私たちは君の捜索と救出の為にセリナさんの指示で行動している。」
セリナがやっぱり対応していたんだな。
状況が判れば逆らう必要も無いし警戒する事もない。
偽の情報で別の勢力にさらわれるという事でもないだろう。
そんな物語もあったなと思い出したからだ。
こちらからも質問をしつつ状況確認、案内に従って操縦ブロックまで誘導された。
これは普通のブロック船で小型の輸送船仕様だ。
ガーランド23なら船の方が安全と思えるのは長距離仕様でほとんど家のように使っているからだ。
普通の船なら食料備蓄も無いだろうしライフラインも複数搭載していたりはしない。
宇宙服を着ながらも状況説明は続けられた。
ふたつのステーションが占拠されて宇宙と地上の通信が遮断。
生産ステーションは俺の計画を実行したセリナによって奪還。
俺が生産ステーションで発見できずこちらに救出部隊としてセリナ達が移動をして来た。
捕らわれている候補として複数の船があり現在は分散して制圧、救出中。
船内では実際捕まっている船員もいたし何人かギルド員が動いているのは制圧していたのだろう。
直接の連絡が出来ないから救出後はすぐに合流地点に向かうようになっている。
そんな説明を聞きながらエアロックから船外へと出る。
俺が捕まってからどうなるのかと思っていたが思ったより大事になっていた。
サティッシュが首謀者らしいが結構本気で行動していたんだな。
捕まってから半日も経過していないから予定していた行動なんだろう。
俺も色々計画していたようにちゃんと考えていたんだろうな。
セリナが計算外だったと思うけどな。
詳しい現在の状況は合流しないと判明しない。
エアロックから宇宙船の壁面に向けて左足を出して靴底の吸着を確認。
勢いを着けて飛び上がり壁を床として着地する。
正面に軌道エレベーターステーション、距離としては100mも無い。
壁を床にした事でステーションが頭上に位置する。
踵を上げて靴底の吸着を解除しつつしゃがみんで真上に飛び上がりながらつま先で壁を蹴った。
そこそこの勢いで頭上のステーションに向かって飛んでいく。
飛ぶときに変な角度が着かないように飛び上がる方向と蹴る方向を調整するのが大事。
来ている宇宙服は標準的なものだから両腕に装備されている固定用のワイヤーが20mと短い。
普段なら40mを使っている。
ステーションの外壁の距離に注意しつつ左手で右のワイヤーを飛ばす。
無事に外壁に先端が吸着したからゆっくりと巻き取りピンと張ったら止めて引っ張る。
引っ張った勢いで今は後ろにある足を外壁に向く姿勢にしたらワイヤーを緩める。
この姿勢制御をしなくてもワイヤーを巻き取れば外壁に到着する。
姿勢は変えたからワイヤーをゆっくりと巻きとっていきそのまま着地。
これくらいは船外活動をしていれば普通にやれるようになる。
最悪宇宙服で移動も姿勢制御も出来るから漂流する事も無い。
船の方を向けばようやくギルド員が船を離れた所でどうやら慣れていないようだ。
ギルド員だと0G機動、宇宙での活動については3種類。
普段から宇宙で宇宙船の修理交換などをしており慣れている人たち。
推進器など大型機械中心で重力環境での活動も多いが外での活動もする出来る人たち。
開発研究や事務職で船外活動はほとんど出来ない人たち。
今飛んでいる職員は出来る人たちだろう。
慣れている感じではない。
色々と考えていたせいで声をかけるのをすっかり忘れていた。
背中に移動用の機械をつけているがそれも慣れてないようでゆっくりとふらふら飛んでいる。
右腕を上に上げて手の平を大きく開く。
宇宙空間でのハンドサインでこれはこちらから伝えたい事があるというサイン。
ギルド員がそれに気が付いて少ししてから宇宙服のライトを2度点灯させた。
了解の合図なのでワイヤーの射出で引き寄せると伝える。
それで少しは移動が早くなった。
宇宙船乗りなら許可証の更新時に出る問題なのでハンドサインはほぼ暗記している。
読み取るのが遅かったから慣れていないのは間違いない。
接近してきたらワイヤーを射出してそれを掴んだら宇宙服に装着する。
宇宙服には何箇所か固定場所があって宇宙船やステーションの外壁との固定や命綱として使う。
こちらはステーションの取っ手に足をかけて念の為固定。
ワイヤーを巻き取りながらこちらが浮かないように注意すればいい。
着地というか外壁に張り付いた感じでギルド員はステーションに辿り着いた。
立ち上がってから自分の宇宙服を指し示しこちらの宇宙服を指し示す。
短距離用の通信を使うという指示、ほとんど使う事の無い予備の機能だ。
普通なら端末を利用して通信をしているが今は通信が出来ない。
端末ではなく宇宙服側で通信機を稼動させる。
通信で話をしていたのに通じていなかったらしくこちらも謝った。
準備出来てからこちらに渡るつもりがすぐに飛んでいかれて慌てたそうだ。
誘導されてエアロックへと向かう。
ステーションが機能停止中らしく使えるのは緊急用のエアロックだけだ。
床面の扉に接近していくと扉のランプが緑から赤へと切り替わる。
宇宙空間側に開く状態ということ。
このランプの表示色はエアロックで共通になっているから間違えない。
開く扉に巻き込まれないように少し離れて開くのを待つ。
出てきた人物は2名で慣れた様子で壁へと飛び出してそちらを床面にして立つ。
「イストか。」
大柄な体格の方はサティッシュさんだ。
宇宙服の小さなスピーカーからその声が聞こえてきた。
「これがお前の計画か?」
「違います。さっきまで捕まっていたんですから。
何かしたのならサトウのじいちゃんとか行政府の方たちでしょう。」
何かを邪魔したなら計画ではないがセリナが関わっていたら俺のせいかもしれないけどな。
「こちらの計画を知らないなら失敗するのは当然でしょう。
サティッシュさんがやろうとしていた事はみんな知っていましたから。」
挑発めいた事を言うのはすこしでも判断力を鈍らせる為。
精神的に揺さぶるのも戦術らしい。
今の状況で最悪なのは俺がもう一度捕まる事、人質にされる事。
サティッシュさんは背中に移動用のバーニアを背負っている。
宇宙を漂ったら動きの遅いこちらの負け。それは避ける。
だけど走った。
ほんの数歩の距離をダッシュして飛び上がれば完全に宙を浮いて両足をサティッシュに向けた。
けどそのドロップキックは避けられて走る直前に設置したワイヤーで制動。
ステーションから飛び出す動きを止めてもう片方のワイヤーで壁、ステーションに戻る。
これで距離としては5m程開いたから何かされても対応出来るだろう。
捕まった時の事で端末を壊されたのを思い出して無駄だけど一撃と思った。
結局当たらなかったし距離は開いたから良しとする。
一緒にいたギルド員とも離れたけどこれで最悪両方捕らえられる事は無い。
「サティッシュさん。あなたはリラの全員で助かろうとは思わなかったんですか?」
サティッシュさんもフリーダムの居なかった頃を知っている。
俺なんかはどっちかといえばフリーダムが居るのが普通なんだけどな。
問い掛けの返答を待つ間にステーション外壁の安全灯が次々に点灯していく。
それからサイレンが鳴り響き3つの照明がサティッシュさんを照らし出した。
サティッシュさんは宇宙へと飛び上がりもうひとりもそれに続く。
その動きを照明が追うがバーニアを使って離れるから1分程で見えなくなった。
安全灯とかはステーション機能が復旧したからとギルド員に説明された。
サイレンは緊急時の物で危険人物や犯罪者への対応という事だ。
聞けばサティッシュさんの船は見つかっていならしい。
飛んでいった宇宙の先に多分船があるんだろう。
でなければ宇宙に逃げたりはしない。
サティッシュさん、俺からすればそんなに知らない人。
勝手に邪魔して来て捕まっている間に色々やっていたから自分にとってはそれの印象が無い。
この段階では好きにやって居なくなった人。
最後の問いかけの返答も期待はしてなかった。
心残りは端末の仕返しが出来なかった事か。
そんな気楽に考えていたのはエアロックから中に入るまで。
サティッシュさんは用意していた銃で待機していた伝令を撃ち殺していた。
床に横たわって赤い血の中に横たわる姿を見ても何もできず立ち尽くしただけ。
何が起きていたか現実を見せられた瞬間だった。