3-4 宇宙軍総司令
親睦会の翌日は完全休養日、と言う事になっている。
あちらこちらで人に会うのでそんなにのんびりしていられない。
親睦会の午後からガーランド23に戻り自室で親睦会の内容を纏める。
ついでに読んだ事のある戦術書をもう一度読み直して経験を元に再学習。
実際に体験してみて理解出来た事も多かった。
夜はセリナとの連絡。これはセリナが作った通信機を使う。
電波ではない通信方法、小惑星に残した通信施設を使っている。
通信機の稼働確認を兼ねてだから簡単な報告で終了。
セリナは破棄施設で作業中ということで予定としては順調。
リラ6に居るのかと言うほど時差が無い通信には驚いた。
ツキヨミの目的の一つがこの通信網を確保するための準備だったということだ。
翌日の午前も宇宙船戦闘についての学習。
配布したゲーム内の機能を使って質問とかも来ていたからそれにも答えておく。
キリアトさんとは仕事で生産ステーションに来ているという事で昼休みに会う。
呼び出されたのは生産ステーション、中央ブロックの定食屋。
周囲はほとんどキリアトさんの従業員ということで忙しいらしい。
声が大きめで威勢の良い人が多く騒がしい中で計画についての報告、情報交換。
宇宙船兵器について自慢されて素直に感謝と称賛。
今は軌道エレベーターステーションで色々と作業中らしい。
詳しくはサトウのじいちゃんから落ち着いて聞けという事だ。
そのまま輸送シャトルを使ってアーコロジーに。
午後からはサトウのじいちゃんに会いに行く。
珍しく片付いている部屋で驚いたら今はこの仕事部屋は使っていないらしい。
驚いたのは計画についての話。
ガーランド23の観測情報、フリーダム船が増えている事について。
これはセリナからの連絡が早い段階で行われた。
リラ6でも他に情報を掴んでおり船が増えている事でフリーダム側の状況が変わったと確信。
その後の観測ではフリーダム船5隻はすべて同じ速度で減速中。
このまま5隻ともリラへ侵入する可能性が高い。
「イスト、計画について大きな判断を任せる。
接近中のフリーダム船がリラに到着前に行動を実行する予定がある。
人狩りがフリーダム側で禁止され3ヵ月程途絶えている事。
今年の要求資源が3倍近くになる事。
3隻ではなく5隻のフリーダム船の来訪。
他にいくつかの情報から状況が変化。
計画を予定通りフリーダム船の帰還後に実行をするか?
この場合状況が変化した場合計画は大きく変更されるもしくは実行出来ない可能がある。
予定を早めて準備は不完全だが即座に実行を行うか?
準備期間は無いがこの場合大きな作業が一気に行えよりは協力は出来る。
どうするかイストが判断、決定せよ。」
サトウのじいちゃんが示したモニターに書かれてある文章。
今回の帰還前に計画前倒しの可能性についてはセリナから聞かされていた。
その話が出た時に詳しい説明もしてもらった。
考えておくように言われていたから慌てる事でもない。
予定外の親睦会という名の学習会、練習。
各船の調整の進め具合、キリアトさんの生産ステーションでの仕事。
急いでいる要素は沢山あった。
フリーダム側の変化は何が起きるか判らない。
最悪は船が帰らない事。
そうなると軌道上に7隻のフリーダム船。
2隻でも成功率が低い計画なのに7隻になればお手上げ。
計画実行なんてまったく出来ない。
そのまま完全に武力支配、制圧されて星に閉じ込められたら反抗は出来ない。
5隻が接近する前に出来るだけ早く軌道上の2隻を排除。
その状況が知られた場合、おそらく2週間から3週間でフリーダム船は到着する。
到着までに5隻に対抗する手段を用意、準備して対応する。
それについても今朝とか昨晩の空き時間で計画を練っていたりはする。
準備不足は人側だけ。施設や兵器については間に合う。
俺に判断が任されているのは宇宙でフリーダム船に対抗する計画を考え実行したから。
サトウのじいちゃんやセリナ、他の人でもちゃんと判断出来るだろう。
決断出来るかどうかというのを試されているかもしれない。
今後の不確定要素と今の確定要素、計画準備の状況。
正直まだ計画実行は早い。
宇宙船を実際に動かして戦闘訓練はしたかった。
船同士の戦闘を試してその危険度を知っておきたかった。
本当に人側だけの問題なんだよな。
自分でさえまだまだ練習したい。
「計画は前倒しで実行する。フリーダム船が帰らない時は計画自体が実行出来ない。
それなら先に実行して成功する方が良い。」
「判った。ではリラ6はイストに宇宙軍総司令の地位を与える。
今後イストの計画は行政府認証の正式な計画となる。
また行政府、リラ6が最大限その計画に協力を行う。
宇宙軍総司令の地位は署名後即有効となるが正式な公表は後日とする。
その地位に就き計画を実行するのであれば署名せよ。」
ゆっくりと一言ずつサトウのじいちゃんが語る。
そしてテーブルの上に紙の書状が置かれ横に置かれた端末にはデジタルの書類。
どちらもリラ6行政府の紋章が入った正式な公式書類。
宇宙軍総司令ってなんだ。
宇宙での軍を指揮する立場なのはもちろん判る。
そんなのに俺がなるのか?
聞き返したいがサトウのじいちゃんは今までに見た事がないくらい真剣で威圧的。
大企業の社長、行政府のお役人、四長老と呼ばれる重鎮、その雰囲気が大きい。
じっと直立不動で机の向こうからこちらを見つめている。
覚悟は決めた。
じいちゃんに教えられたように書類にはちゃんと目を通す。
任命証の内容とデジタルな物の内容が同じである事を確認。
その権利や自分にとって有益、不利益な点を確認。
これが臨時任命である事、期限はフリーダムの脅威が無くなるまで。
解任は行政府が行える、私的に宇宙軍戦力を使用しないなどの禁止、制限項目、そのペナルティ。
大丈夫、問題は無い。
用意されているペンで書状に署名、デジタルの側にも署名し自分のIDカードを読み込ませる。
それぞれを反対にしてサトウのじいちゃんへ差し出す。
サトウのじいちゃんも自分のIDを読み取らせて端末で書状をスキャン。
似たような書類は操船免許で書いたがそれよりもずっと重厚な感じ。
本来なら行政府の人たちとか立ち合いで行うんだろう。
スキャンが完了して長めの電子音が鳴り端末の電源自体が落ちた。
これで認証などが終わって登録されたということだ。
「BN-イスト宇宙軍総司令の就任をここに認める。」
どうするのが正解か判らず立ち上がり一礼した。
「イスト、こういう時は「拝命しました」で一礼。」
「拝命しました。」
サトウのじいちゃんはいつもの感じに戻っているから言われたようにしてもう一度一礼。
「急ですまない。計画実行には必要な手続き。様式美。後は気楽。」
「ちょっとくらい説明してくれよ。」
「非公式ではなく計画に協力する手段。本来役職的に11人目の行政府官が正式。
今回はそこまではないからこれでも略式。
行政府の言い訳用。上の立場、色々複雑。お役所仕事は大事。
ここからは少し長い計画についての話。行政府の計画についての話。」
じいちゃんとサトウのじいちゃんが計画し提案した地下都市計画。
それが行政府の元5年以上前から着実に実行されていた事。
その計画に俺の計画を組み込んだキリアトさん。
それを相談されて調整したのはサトウのじいちゃん。
別の計画があったからスムーズにしかも素早く実行出来た。
俺の計画が成功でも失敗でもそれに合わせて計画を実行する予定。
計画については少しずつ住民に浸透させていて俺が実行者として広まっている。
サトウのじいちゃんが就いているのも臭わせて。
実はセリナにも相談して少しアドバイスを聞いたそうだ。
地下計画の避難場所は場所の確保は出来ているが居住環境はまだ不完全。
最低限の設備は整って簡易住居で残りは対応するからその資材の搬入は完了。
いつでも実行できる状態になったから宇宙関連に人材と資源を投入している。
現在の問題はリラ6支配派とされるサティッシュさん一派が活動している事。
その活動を止めるのと俺の計画実行を同時に行う、実行は4日後。
サトウのじいちゃんは話をしながらも端末であちこちに連絡している。
こういう所は器用だよな。話を聞けば驚きと納得ばかり。
もっと早く聞かせてくれよと言えば計画関係者ではないから話せない。
まあ秘匿するのは当然。
今回話せたのはさっきの任命、俺が計画関係者になったからだ。
情報取り扱いについても項目はあったが当然の事。
ただこういう情報もあったと言うのは予想外。
今後の計画予定についての話にもなった。
すでにガーランド23の武装化については通達、実行中。
明日は航行予定を出しているからそれまでには完了。
サティッシュさんに連絡して明日出発前に会って必要な事を話す。
時間的に都合がつくから今日から俺は各輸送船周り。
仕事中の船に研修という名目で乗り込み戦闘訓練。
しばらくはそれがメインになるそうだ。
夜に時間を作って計画の修正と実際の戦闘時の予定を作らないとな。
セリナとも話をして何か他に対抗策がありそうならそれも用意しておきたい。
まあ計画について色々と知っても俺がやる事は変わらない。
宇宙船を使ってフリーダム船に対抗する事、排除する事。
元々の計画通り。ずいぶん早くなって実行まで数日になったけどな。
一通り話が終わるとサトウのじいちゃんに待つように言われた。
「これをやる。キケラクトから昔貰ったもの。
キケラクトが持っていた物語の一つに出てきた宇宙軍の記章のレプリカ。
これからは宇宙軍総司令の証として常時着用義務。」
小さな箱を開ければ星が並んだ記章が確かに入っていた。
「左胸着用、宇宙服にも着けられる優れもの。」
「これをずっと着けるのか?」
「分かり易く目立つ要素。戦闘訓練時には理由説明許可。
他には理由があると言って誤魔化す。士気高揚の一環。
イストは宇宙船戦闘の専門家。」
宇宙軍総司令の公表はまだしないのに目立つのはどうかと思う。
士気高揚と言われれば本当に役立つなら構わないんだが。
行政府官、行政府の10名は確かにバッチを常に身に着けている。
それと同じようなものなんだろう。
ただそれがレプリカってのはどうか。まあ宇宙軍のものらしいから合ってはいるか。
宇宙船戦闘の専門家として広めたのはじいちゃん達でこの立場も予め用意していたんだろう。
すでに覚悟を決めているからそれを左胸に取り付ける。
シンプルな服装だからかなり目立つ。
「目立つのはサティッシュ達に分かり易くする為。必要措置。今後忘れずに着用。」
「判った。ちゃんと着ける。上に上がる時間だからもう行くよ。」
玄関で靴を履いてから振り返る。
「サトウタクヤさん。色々とお世話になりました。」
深々とお辞儀。
計画予定ではもうサトウのじいちゃんと直接会えるタイミングは無い。
それはつまり船に何かあればもう会えないという事だ。
泣いたりはしないけどちゃんと今までのお礼は言っておきたい。
「船に何かあったら戻ってきて補填、それが契約内容。
いってこい。待っているからな。」
いってこい、待っているからな。
じいちゃんとサトウのじいちゃんがいっつも別れる時に言っていた言葉。
「土産話を楽しみにしてて。」
そうやってじいちゃんは船に乗りに行っていたから俺もそう返す。
なんだか宇宙船乗りとして認められたようで嬉しかった。