3-1 新世代宇宙船乗り親睦会
リラ6に帰還、今回も生産ステーションに停泊。
こちらに停めておくのが普通で軌道エレベーターまでは定期輸送船があるからそれほど不便でもない。
何より停泊料が安い。
この生産ステーションは融合病の時に不足した金属加工用に作られたので宇宙船関係施設も多い。
同時に宇宙に残された船の為の施設も作られたからだ。
作りとしては破棄施設と同様で中央に円筒がありそこから各施設が外に向かって作られている。
下には宇宙船関係、上に生産施設。
宇宙で上下というのもおかしなものだがリラ6の地軸方向を縦として表すのが普通だ。
採掘屋は帰還したらまずここに来て採掘物を業者に引き渡して換金。
そうやって集められた資源は生産施設に送られて加工されてリラ6に送られる。
大体同時にその売り上げで推進剤や食料を補充して残ったお金が収入だ。
実は今回も採掘の予定はあったのだが採掘はしなかった。
予定が変わったのでその時間を削ったからだ。
セリナに船に残っていたサンプルから採掘したように見える資源を生成してもらった。
変わりにセリナにはリラ4に向かってもらい資源を回収、採取してもらう。
わざわざ不純物交じりの岩石を生成するなんて効率が悪いと文句を言われた。
でも交換条件としてリラ4での資源回収を出せば納得して実行してくれた。
元々セリナの資源は無理に時間を作ってどこかで採取したかった。
今回の急な計画変更、セリナというか物質生成機を頼りにするのは間違いだと思う。
けどどこかで必要になる事はあるだろう。
その時に使える資源は多い方が良い。
リラ4での採掘、精製は小規模でそれほど資源が回収出来る訳ではないらしい。
それでもセリナとしても回収は行えた方が良いということだった。
リラ4に向かう方法は色々と考えたがセリナが一人で向かった。
セリナなら宇宙を移動出来るからそれが一番効率が良い。
ガーランド23は少し改造を行うからしばらく動かせないのもある。
戦闘用の調整を考えていてすぐに取り掛かる。
それについての打ち合わせと支払いは終わているし3日程で終わる予定。
馴染みの整備士に頼んだし必要な情報も詳細を用意したからスムーズだったのだ。
今日はリラ6に帰らずにこのままこっちのスーテションで宇宙船乗りたちと打ち合わせだ。
娯楽室を借りてあり『新世代宇宙船乗り親睦会』となっている。
協力してもらえるそれぞれの船から若い人たちが参加する。
若いといっても20代が中心、たまに港とかで会う人たち。
ある程度年上の人たちなら飲み会とかをしているらしいが若い世代はあまり交流がない。
会ってちょっと話すのがせいぜい。
それを改善する為という名目で親睦会は開かれた。
実はフリーダム船に対する打ち合わせという訳だ。
船についての打ち合わせが速く終わって時間が余った感じだ。
通路を一人で歩きながら久しぶりに1人なんだと気が付いた。
こういう時はセリナと何かと話をするようになっているからな。
セリナを拾ってからもう3ヶ月くらい。
船で飛んでいるのがそのうち70日ほど。
船を降りていても一緒に行動している事は多い。
それまで1年以上船でもこういう時も1人が普通で当然だったのにな。
少し寂しさを感じながら歩いていると端末から電子音。
今日は珍しく私服だが端末は当然持ち歩いている。
通信はサテッシュさんからだ。
「はい、イストです。」
「イスト、無事に帰って来たな。」
「今回もなんとか戻ってきました。」
「稼ぎはどうだった?」
「今回はいまいちでしたね。」
この辺りはまあよくある宇宙船乗りの世間話だ。
「頼まれていた話については進んでいるぞ。どうする?」
「ちょっとしばらく予定があるので無理ですね。
えっと、時間が取れそうならこちらから連絡します。」
予定とかについて話そうとしてサトウのじいちゃんからの連絡を思い出した。
「その予定は頼まれた事関係か?」
「船の修理とか次の航行予定とかその辺りで忙しいんです。」
「そうか。頼まれごと関係でも何か困ったら声を掛けろよ。いつでも手伝ってやるからな。」
「判りました。ちょっと呼ばれているので失礼します。」
「おう。また連絡する。」
適当に思いついた言い訳で通信は終わらせた。
不審な感じにならなかったと思う。
早めに終わらせたのは色々聞かれると困ったからだ。
サトウのじいちゃんからサティッシュに計画を詳しく伝えるなと連絡があったんだ。
詳細説明は後日と言われているがまだ聞いていない。
話すと駄目な理由があるという事だろう。
聞かれて誤魔化すのが難しい気はするからこういう時は出来るだけ話す機会を避ける。
今はそれが無難だろう。
こういう時にもアドバイスっぽい事を言ってくれるセリナが居ないのも不安だ。
今回も居たらうまい方法を教えてくれただろう。
サティッシュさんは計画について話してからこうして俺が帰る度に豆に連絡をしてくれる。
宇宙船乗りを誘うのがスムーズに進んでありがたい。
すぐに連絡は無いだろうけどさっさと会場に向かう。
親睦会に参加している間は緊急連絡以外取らなければ良い。
新世代宇宙船乗り親睦会は生産ステーションの中央ブロック娯楽室が会場。
中央コントロール室など重要施設がある中央ブロック。
各施設で働く人や宇宙船乗りに向けて商業施設が集まるエリアだ。
宿泊施設とかも多いし銭湯とか温泉もある。
小さなアーコロジーといった感じだ。
いくつかの施設は行政府管理で安く借りられるのはありがたい。
今回の親睦会は他の宇宙船乗りたちが中心になって企画していた。
航海に出ていた間に決まっていて参加するようにと連絡もあった。
他の宇宙船乗りとは付き合いが無いからちょっと不安なんだよな。
でも避けられる訳でもない。
会場の扉が見えてからは立ち止まらずにそちらに向かって行きそのまま扉を開く。
こういう時は勢いが大事、緊張したり不安になったり怖じ気付いたりする前に入る。
こちらに向く多数の視線。集まっているのは10人。
顔を見た事があるとかちょっと話した事がある人間が4人程。
あとはほとんど知らない。
娯楽室という名前だけど中は長テーブルにパイプ椅子が3つずつ並べられていた。
テーブルはコの字に組み合わせられていて好きな所に座っているみたいだ。
多分付き合いのある人同士が近くに居るんだろう。
1人が立ち上がりこちらへ手を上げながら歩いて来た。
茶髪で短めにしてあるけど綺麗にセットしてある。
細めのネックレスが見えているし服装も流行りのものに見える20代だろう青年。
「はじめましてかな。俺はカズヤ、呼び捨てで良いよ。
イプシロンの船員でこの集まりの幹事。
カタオカさんから色々教えるように言われているから何でも聞いていいよ。」
「カズヤは軽そうに見えて真面目過ぎるから気をつけろ。」
「真面目じゃないより良いだろ。
イストくんだよね。今日はよろしく。
親睦会は建前なんだけどせっかくだからみんなを紹介しておくよ。」
座っている人たちが順に立ち上がり名前や乗っている船の事を話していく。
当然全部覚えられる訳じゃない。
男性8人、女性2人。全員年上、多分だいたい20代後半だと思う。
「真面目な話の前にちょっといいかな。」
そう言ったのはミキさん。
銀色というか白に近い感じで長髪の女性。
実はこの中で一番年上らしいけれどそうは見えない。
「他の連中が気にしていたからね。
ちなみに私は旦那がいるから間違えないでね。
イストくんの船に新しい乗員が入ったんでしょ。
紹介してもらっても良いのかな?」
「紹介ですか。それは遠慮しておきます。」
新しい乗員、つまりはセリナの事だ。
断ってたからちょっとしまったと思った。
単純に色々と知られるのを避ける為に紹介しない方がいいかと思って断った。
ただこの場合は別の意味になる。
宇宙船乗りから船の異性を紹介して欲しいというのを断るのは自分がその人に興味あると言う宣言だ。
単純に狙っているとかそんな感じで。
「だってさ。あんたたち残念だね。」
男性陣の中で何人かはあからさまに残念そう。
「すいません。じいちゃんの紹介だったとか色々あるんです。」
「キケラクトさんの紹介なら余計無理よね。
私も紹介してもらったもの。」
「メアリーとマイケルは良いよな。もうすぐ結婚だろ。
俺達にとっては新しい出会いは大事なんだよ。」
男性陣の中で小突かれているのがマイケルさんでもうひとりの女性メアリーさんと婚約中。
しばらくセリナの話でからかわれたり盛り上がったりするがなんとかやり過ごす。
通路ですれ違って可愛かったと言う話が出て画像提供を言われたがそれは無理。
セリナの画像なんて取った事が無いからな。
恋人が欲しいとか誰と付き合うとかの話はまあ盛り上がるのは仕方ない。
リラ6は結婚が早いし25歳で結婚していないのは3割程らしいしな。
最近は少し結婚も遅くなっているみたいだけど。
一通り盛り上がって落ち着いた頃に気になっていた事をこちらから聞く。
「ちょっと聞きたいんですが今回集まるのは今の人数だけですか?」
勧誘して協力してくれる宇宙船乗りの数はもっと多い。
当然航海とかで出ている船もあるだろうからせんなに多く集まらないのも判る。
「今回はここにいるメンバーだけだよ。色々と事情があってね。」
「別に隠す事もないでしょう。ちゃんと説明しなさい、カズヤ。」
今回の幹事カズヤさんはまとめ役で進行役は最年長のミキと言った所かな。
「イストくんはあまり気にしてないだろうし長距離専門だからね。
他の宇宙船乗りともほとんど付き合いがないから知らないと思う。
実の所派閥のようなものがあってね。
キケラクト老のやり方を支持する宇宙船乗りと現会長サティッシュさんの側があるんだ。」
じいちゃんが亡くなってサティッシュさんが会長になった。
それから色々と変わった事もあってその辺りで少しずつ派閥のようになっているらしい。
確かに会合とかには出ていないからそんな状態なのは始めて知った。
実は役職だけなら船長なのでそういう会合への出席は出来る。
でも大人たちに囲まれて難しい話を聞くだけの場には出たいとは思わない。
さらに話を聞いていくとサティッシュさんの事も少し判った。
今回の事でじいちゃんじゃなくて俺から頼まれたと言うのを大きく使っているそうだ。
俺がサティッシュさんを頼っているんだからと宇宙船乗りとしてのイストを支える。
だからこれからは協力してくれと話を進めているらしい。
サティッシュさんが勧誘の時に立ち会っているのはそういう事に利用しているからだ。
そんな事になっているとは思いもしなかった。
境界としての決まり事やら行政府と関係する事など変更するなら色々と手続きが要る。
一定数以上の支持を得るというのもあってその辺り駆け引きがあるんだそうだ。
サティッシュさんの動きを警戒する宇宙船乗りも多いらしい。
サトウのじいちゃんもその辺りで警戒しているんだろうか。
今回の集まりでは長老派と言われるじいちゃんが会長だった頃のやり方を続ける派。
サテイッシュ派とさせれている船の宇宙船乗りは居ないそうだ。
色々と面倒な事があるのに余計な話を聞いてしまった。
同時に政治的な動きというのは関わらないと判らないものなんだと納得。
面倒な事というのはこれから先の話は自分が中心となって話さないと駄目という事だ。
フリーダム船に対して攻撃する時の具体的な方法など。
まあセリナの話と派閥の話と少しそれぞれの船の話しと。
俺も他の宇宙船乗りからすると珍しい長距離航海の話をしたりした。
1人で船に乗っていて長距離航海専門、有名人だったじいちゃんが引き取った子供。
実の所俺も宇宙船乗りの間じゃ有名らしくてこうして直接話したかったそうだ。
確かにこんな風に他の船の話しとかを聞く事は少ないし宇宙船乗りたちと話す事は無い。
もうちょっと付き合いを増やしても良いんだろう。今後の課題としておく。
親睦会としては正しいあり方。
用意されている飲み物とお菓子を消費しつつ1時間半程は談笑だった。
カズヤさんの仕切りで一度休憩となって次は真面目な話。
ちゃんと会議っぽく机を並べなおし正面にはモニターも用意された。
「それじゃあここからは真面目なお話だ。こっちが本題だよね。
ここからはイストくんに任せるからね。頑張って。」
頑張ってと言われてもな。
実は何度かセリナを前に練習はしていたからそれほど問題は無い。
効果的な演出があった方が良いらしいのでまずは照明を落とす。
部屋の明かりはモニターの明かりが中心。
その前に立ちそれぞれの参加者を見る。
「今日は俺の計画を話します。
すでに話を聞いていると思いますが危険な事で船が壊れたり死ぬ事もあります。
本当に危険ですから止めるなら今です。
止めたいなら構いませんので帰って頂いて結構です。」
並んで座っているメアリーさんとマイケルさんの方を見る。
「止めない。ここに来ている事が決意表明だ。
僕だけじゃなくてみんなね。
ちゃんと話し合ってここに居るから話を始めて欲しい。」
視線が合ったマイケルさんがそう言った。
机の下では多分メアリーさんの手を握っているんだろうな。
そんな動きだった。
「判りました。それでは始めます。」