2-15 光子ロケット
安定しない推進器なんてものは出来れば使いたくない。
でも絶対使わないという事でもないし稼動に問題がある訳じゃない。
じいちゃんがいた頃から稼動試験は時々やっていたくらいだ。
セリナが色々とリラ6の為に、多分リラ6の為にやっているんだ。
興味を満たす為の事がひとつくらいは構わないだろう。
絶対に駄目と言えば代案は用意してそうだけどな。
3つのセキリティを解除して船のコンピューターをすべて起動。
ガーランド23を光子ロケット実験起動モードにする。
まず船体の結合が各部で強化。
これは以前は手動だったがサトウのじいちゃんが手を加えて自動化された。
大きな加速で船体に負荷が掛かるかもしれないのでそれへの対応。
同時に後部推進器を展開。
後方へとせり出して格納してある反射鏡が開く。
傘をひっくり返した形、パラボラアンテナのような反射鏡が組み立てられていく。
歪みがないか問題が無いかはレーザーを使って自動で確認作業が進む。
これで船後部に大きな傘が出来ているはずだ。
動力炉を光子ロケット使用状態へと変更。
専用の動力じゃなくてこうやって兼用にしているのが光子ロケットを難しくしていると思う。
特殊な核爆発によって光子を発生させるのだから専用を用意するのが正しい。
船の軽量化としてはありなんだけどな。
単純に専用の動力と船用の動力を用意できなかった時代的な状況もある。
船体後部に展開した反射鏡は直径64m。
光子ロケットの理論は簡単でこの反射鏡に向かって強い光を当てる。
その光が反射しその反動で船を前進させる。
光は速度としては最速。それを使うので早い加速が得られる。
恒星風と呼ばれる高温で電離したプラズマを使った推進方法もある。
それに近いもので光子を利用した推進器だ。
1時間ほどで準備が完了した。ほぼ自動化されたから楽なものだ。
息を吸い込みゆっくりと吐き出す。
正直光子ロケットを使う事があると思っていない。
稼動確認はしているけれど実際に使った事はなくてこれが始めてだ。
正直一番緊張している。
キリアトさんに話をした時とかそんなのとは比べられない。
そんな事は簡単な事だったんだな。
「イスト、往路の観測情報から安全な直線航路が確定出来ています。
そちらの進路に変更済み。いつでも出発可能です。」
「セリナは光速はどれくらいまで体験しているんだ?」
「ツキヨミの最大速度は光速0.1045%になります。
観測が必要ですからそれほど大きな速度は必要ありませんでした。」
「それで使って見たかったんだな。」
「未知の情報を得られる機会は良い事です。」
にこりと微笑むセリナを見た。
こうやって話していても鼓動の早さは感じられる。
駄目だな。さっさとやろう。
目を閉じて息を吸い込み吐き出して目を開く。
モニターを指で押して行く、船内動力を貯蓄バッテリーへ変更、各部の電力を最低値に変更。
船内状態、船外状態、準備完了、光子ロケット最終確認[準備完了/異常無し]。
モニター中央にある[光子ロケット 稼動]の表示部分が赤から緑になった。
迷わずにそれを押す。
「光子ロケット稼動開始、28秒後に稼動、各員状況確認、対応開始。」
「了解。実験情報、観測開始します。」
実験マニュアルに従って読み上げただけだがセリナから返答があった。
実験用ロケットなので手順や稼動までは実験としてしか動かさない。
だからすぐには稼動せずにカウントダウンがある。
異常や中止の必要があればここで最終停止が出来るようになっている。
いつでも停止出来るように注意はしておきつつカウントが減っていくのを見続ける。
10秒を切ってシートに背を預け5秒、4秒、3、2、1。
惑星上では無いから派手な音とかは無い。
制御されているのですぐに光速10%とかを超える訳でもない。
いきなりそんな加速になれば加速Gによって乗っている人間が耐えられないからだ。
実は注意するべきなのはここからでうまく制御出来ずに大量の光子が発生するかもしれない。
その場合の加速度が大きくなるという点と乗っている人間の安全面。
専用スーツとシートである程度の加速Gは耐えられるらしい。
そんな急激な加速が起きた事はまだ無くて以前の実験でも死亡者は出ていない。
「イスト、意外と普通ですね。」
「セリナだけならもっと速く加速出来るだろうな。
重力制御とかが出来ないと人間が加速に耐えられないぞ。」
拍子抜けしているのは実は俺もだ。
もっと劇的かと思っていたらそうでもなかった。
実験結果とかは見ていたけど体験したからこそ判る事だな。
船を後部から見れば小さな光球が反射鏡の中心部で瞬いているはずだ。
そこから発生した光子が反射されて加速を続けている。
数値だけで見れば確実に速度が伸びつつある。
光子の発生も極僅かだったのが徐々に増加しつつある。
ゆるやかに出力が上がって行き速度も上がっていくはずだ。
それに元々船が停止状態から加速するように設定されている。
今船はツキヨミの加速で速度が速いまま。
セリナが予め反転させているがそれもUターンしているから速度は保っている。
実験結果を引っ張り出して確認したら居間の速度を越えるのは36分後くらい。
やっぱり加速が大きい。そこからもひたすら加速し続ける。
いつもより監視を強化している状態で経過観察。
1時間が過ぎて速度は光速の1.2%を超えた。
さらに加速中で加速度も上がりつつある。
予定ではこのまま時間辺り光速0.2%の加速が続く。
10時間で光速3%、20時間後には光速5%に到達予定。
今までの実験結果からある程度安定した加速を得ている結果だ。
2度目の実験で人間の限界まで加速を行った記録もある。
ただそれは乗員の負担が大きく継続が難しい。
ずっとシートに座っていないと駄目だし動きも制限されてしまう。
ある程度活動が出来る範囲での加速を続けている状態だ。
実用するならこの辺りが限界なのだろう。
重力制御が出来れば違ってくるんだろうけどな。
出力が安定しない点についても確認出来た。
まだそれほど大きな出力で稼動させていないが光子の放射量が上下している。
突発的に大きくなったり少なくなったりと変化が読めない。
出力が小さいから時間単位でみれば計算通りの推進力にはなっている。
実験結果から判っていた事で大きな問題ではない。
そのまま実験記録を取りながら加速は続けて行く。
合間にはフリーダム船の対応を考えておく。
計画の前倒しと今後の事について。
セリナも光子ロケットの観測しながらこっちの話にもちゃんと答えてくれる。
色々と質問しながら考えを纏めていくのはいつものやり方だ。
稼働中の光子ロケット。
出力としてはかなり抑えておりもっと大きな加速力も出せる。
乗員が耐えられないから今はそこまでの出力では稼動出来ない。
それでも通常の推進器と違う点もいくつかある。
まず推進剤が必要ない点。
光子を発生させてそれを使用して推進しているからだ。
動力が稼動出来るだけで良いのは利点だ。
加速が大きくなって来てから判明した点としては加速力が落ちない。
元々出力を抑えているから当然ではある。
船の速度が速くなればそれをそこからさらに加速するには大きな推進力が必要だ。
通常の推進器だと一定速度から先はかなり効率が悪くなる。
光速の20%から40%の速度まで加速が可能な推進器だ。
速度と加速力をちゃんと計算し出力を上げて行けば常に加速し続ける。
これも長距離航海では大きな利点になる。
船としての問題は小型の船だと衝突が怖いという事。
速度が速いと何かがぶつかったら大きな被害になる。
大型船の方がまだ対処しやすいだろう。
今も常に監視が必要なのはそういう点だ。
大きな小惑星はまだ回避しやすくて問題じゃない。
小さな浮遊物の発見が遅れるのが怖い。
正面からぶつかれば船を貫通していくだろう。
そううなれば重要な部分が破壊される可能性もある。
ぶつかった衝撃で砕けたりしたら被害はもっと大きいだろう。
そういう対策は当然してあるが想定速度を超えている。
以前行われた実験では割り切っていてぶつかったら仕方ないだった。
出来るだけ浮遊物の無い場所で実験したらしいけどな。
今はセリナがその辺りの監視も行っている。
ただ観測範囲からすれば完全な回避は不可能。
4.2%くらいはぶつかる可能性があるということでそれはそれで怖い状態。
光子ロケット。
実験用として作られたロケット。
実用化するにはもっと実験が必要なのは確かだ。
耐久試験とかも必要だし光子発生の安定とか反射鏡の安定、改良点はまだまだ多い。
推進力や性能などから考えれば小型宇宙船に使うものじゃない。
大型宇宙船に搭載するのが前提だろう。
結局の所、実験結果としては以前と変わらず。データが増えただけ。
いずれこの結果もリラ6のデータベースに反映させる。
ただ今の所、研究する者は居ないから実用化はもっと先だろうな。
その辺りは状況は変わらない。
改良するならまずは反射鏡の部分か。そこがコスト増の部分でもある。
個人的な計画表の一部と実験結果にその辺りも書き込んでおく。
研究者が居ないなら大型機械の一分野としてロケットや推進機開発を学んでみるのもいいかもな。
この加速飛行中にひとつの観測を行った。
もっと速度が速ければ観測しなくても見るだけで判る現象なんだけどな。
宇宙で光速に近付けば見える風景に変化が出る。
見える星の光がだんだんと前方に集まってくるのだ。
進行方向前方に集まって見えるようになり無数の流れる星に向かって飛んでいく。
速度が上がるほどだんだんと前方に集まって見えるようになるのだ。
知識で知っているだけで体験出来るとは思っていない。
だからせっかくの機会に観測してみた。
加速開始時からずっと風景を記録していく。
最大加速時と加速開始時で比べればその変化が観測出来るだろう。
ちゃんと変化を知りたいから観測情報は記録しておくだけ。
分析とか変化の確認はゆっくり出来る時にやるつもりだ。
出来れば部屋全体に表示して変化を実際にちゃんと味わいたい。
セリナが知識欲で光子ロケットの情報を集めているのだからこれくらいは良いだろう。
今回はリラ6への帰還はかなり急いで行われた。
光子ロケットによる減速についてはセリナが新しく対応した。
その方法は反射鏡を船体に新しく生成するというものだ。
光子の放射方向を制御し船に向けて放っていたものを今度は船の後方に向けて放射する。
今度は船後部にある鏡に当たってそれが減速に繋がるというものだ。
単純に推進方向を反対にしただけ、当然それは減速に繋がる。
光子ロケットを稼動させて観測、ある程度分析も終わって調整も可能。
セリナの制御によってかなり急激な減速になった。
加速は航路の72%、減速が28%の期間。
帰還スケジュールに合わせる為でもあったがかなりきつかった。
減速期間は操縦席から動かない方が良いといわれて結局1日過ごしたからな。
色々調整と無理をしたが結局予定より1日遅れの帰還。
予定のずれは光子ロケット関連で少し見通しが甘かった結果。
セリナでもやはり情報が不足していればこういう事もあるそうだ。
帰還開始度時点でフリーダム船については連絡済み。
ちゃんと伝わったのはセリナから確認できているからリラ6に戻ったらまた会議だろう。
フリーダム船は今のところ5隻とも同じ速度で航行していると観測情報で確認された。
リラ6への到着予定と今の速度からの予測としては10日前後で状況が判明する。
その頃には観測が再開出来るらしいから準備するならその間。
対応を開始するのはその後だ。
船の航行予定も変更して10日間はリラ6に居た方がいいかもしれない。
ただセリナの希望としてはやはり一度リラ4へ向かいたいそうだ。
その辺りも調整が必要か。忙しくなりそうだ。