2-3 リラ6での1日目:夜:イストの決意
ふすまを開けて入る居間は畳敷きで20畳、二部屋にも出来る作り。
今は広い部屋として使われていて奥に大きな机が置いてありキリアトさんが座っている。
煙草を吸いつつ広い机に置いた端末を前にうなっているから将棋か麻雀かその辺りだろう。
「キリアトさん、戻りました。」
「おかえり、イスト。工業ステーションの事故はどうだ?」
顔も上げずにそう言って来た。
「停泊中だったから問題ないし船も被害は無い。」
「施設の方はどうだ?」
「警報の解除は早かったからもう片付いてるんじゃないか。」
工業ステーションと言うのは宇宙にある加工施設で金属系の加工場所。
採掘屋が掘り出した物資はそこで降ろして査定、売却する。
金属系の加工品はそこからリラ6に輸送されている。
融合病が起きてから作られた宇宙施設だ。
そこで事故があったのだがセリナが原因で起こしたものだ。
そんなに被害が無いのは聞いて知っている。
もう引退したけどキリアトさんは宇宙建設が仕事だった。
「こっちまで仕事は来んか。お、彼女連れか。めでたい。」
多分負けたのだろう。
ちょっと荒っぽく端末を触ってからこちらに向いてにやりと笑った。
「彼女とかじゃなくて新しい船員、じいちゃんの紹介だ。」
「はじめまして。 セリナと申します。
キケラクトさんと契約がありガーランド23の乗員となりました。
明日から乗船ですが今夜はこちらでお世話になると良いとイストさんに招待されました。」
隣でさらっと言いながら丁寧なお辞儀。
「親父の世話好きはいつもの事だ。構わん構わん。泊まっていけ。
酒は飲めるか?宴会をするか?そこに座ると良い。
イスト、さっさと席くらい勧めんか。お茶くらいは自分で出せ。
わしはビールと刺身な。おかんに言ってくれ。」
セリナに席を勧めて俺は台所に行く事にする。
余計な事を話さないか心配だがセリナは一度こちらを向いて微笑む。
大丈夫とは思えないが問題は起こさないはずだ。
廊下を歩いて台所に向かえばミスズさんとザガントさんが居た。
「おかえり、イスト。可愛い子連れて来たんだってな。」
連れてきた段階で色々言われるのは覚悟していたから聞き流す。
ザガントさんはミスズさんの息子さんで24歳、もうすぐ結婚する。
この家に来てからのお付き合いだけどじいちゃんの家計らしく色々気にしてくれる。
家には他にもう一家族、キリアトさんの娘さんアーリアさんたちがいる。
アーリアさんの子供は俺と同い年と一つ上。
付き合いとしてはそっちの方が多いからザガントさんはいい兄さんという感じ。
じいちゃんといた頃から知っているし家族全体仲が良い。
「ミスズさん、キリアトさんがビールとお刺身だって。
何かお茶菓子があればセリナに出してもいいか。」
「お茶だけにしときな。少し早いが夕飯にするからね。
ザガはそこのを運んどくれ。」
食卓に並ぶのはいつもより量は少ない。
忙しく料理をしながらも手際よくお茶を入れてお盆に並べる。
「ほら、イストはこっち。」
「さっさと運ぶか。ナオトさんたちは温泉に行ってるから今日は居ないんだ。
お小言は俺達だけだぞ、イスト。」
「お小言が嫌なら二人ともさっさと運んどくれ。」
ザガントさんは大きなお盆を持って俺はお茶の入ったお盆を運び出したからそれに続く。
薄暗い廊下を歩きながらザガントさんは今回の仕事はどうだったとか聞いてくれる。
ほとんど居ない俺からすれば家族というよりはお客さんだ。
でもこの家の人たちはちゃんと家族として接してくれるのがありがたい。
「なあ、イスト。」
軽い口調のザガントさん。
「お前は結婚してもこの家に居ろ。お前は家の家族なんだからな。」
家族なのは十分判っている。
まだ馴染まないし住む時間が短いから慣れてないだけだ。
「セリナとはそんな関係じゃない。」
「別に彼女の事を言った訳じゃないぞ。お前がって事だ。
気になるならちゃんと捕まえておけよ。」
軽口なのは判るが本当に今日は一日からかわれるだけだな。
居間でセリナはキリアトさんと和やかに話しをしていてザガントさんもそれに加わる。
結局そのままミスズさんも加わって夕食となった。
宴会というほどじゃないが豪華になった夕食は騒がしかった。
セリナはさらっと手伝いをしたりして上手く馴染んでいる。
どういう訳か人間よりも人付き合いが上手い感じで羨ましい限りだ。
驚いたのは落ち着いた大人の女性をちゃんとやっている事だ。
お嬢さん育ちでしっかりしているけれど世間慣れしていないという設定。
それに沿ってうまく立ち回っていた。船の時より、より人間らしい振舞いみたいだ。
風呂に入りながら今夜の騒がしさを振り返る。
久しぶりにシャワーじゃなくてゆっくりお風呂に入れたのがうれしい。
じいちゃんに付き合わされた温泉とかはそんなに好きじゃなかったけどな。
風呂上がりで自分の部屋に戻るのじゃなくてキリアトさんの部屋に行く。
「入るよ。キリアトさん。」
「おう。」
話しがあるのは告げてあるから待っていてくれた。
小さな部屋で書斎と呼ばれているけれど製図台があるし専用の端末も多いからそんな感じはしない。
「キリアトさん、話があるんだ。」
ちょっと真面目な俺に頷くキリアトさん。
「お前もそんな話をする頃になったか。親父も嬉しいだろよ。」
ミスズさんが制限していたせいかまだ酔ってはいない。
セリナ関係の話は夕食の時散々否定しながらからかわれているから無視する。
ふすまを閉めて畳に置いてある座布団に正座で座る。
「俺、やろうとしている事が出来た。
やりたい事とかじゃないけどそれをやり遂げてからもっと先の事を考える事にした。」
セリナに協力を継続してもらった時からちょっと真面目に考えた。
夢とか目的とか真剣に考えた事は無かった。
考えてみたら結局何もなかった。
10歳でひとりになった。
お父さんが宇宙船乗りでその縁でじいちゃんに引き取られた。
船に乗せてくれると言われて着いて行った。
それから宇宙は好きだった。宇宙船乗りになりたかった。
だから頑張ってじいちゃんから習って今宇宙船乗りだ。
そんなだからここから先、今から先は何もないのは仕方ないかもしれない。
でも何かやりたい事が出来るかもしれない。
キリアトさんは椅子から立ち上がって俺の前に胡坐で座り直してじっと見て来た。
俺もちゃんとその視線を受け止める。
「お前が、イストがそう言うならやりゃいい。
いっつも言っとるように好きにすりゃあいい。
わしらに迷惑がかかるならそれも構わんがちゃんと責任は取れ。
何度も言っとるしじいちゃんからも腐るほど聞いとるだろう。
成人するまでは面倒かけられてもわしらがなんとかする。
それはBNの家系の生き方じゃ。成人してからは全部自分でなんとかせい。
イスト、お前さんは親父が引き取って今はわしらと家族じゃ。
無理にBNの生き方をしろとは言わん。
じゃがわしらはその流儀でおまえさんを育て守る。いいな。」
深く頷く。
「そんで、何がしたいんだ。言えんならそれでも良い。」
「俺は海賊をどうにかする。色々と方法も考えている。
もちろん一人じゃ出来ない。ひょっとしたら恨まれるかもしれない。
でもこのままリラ6で自由に出来ないのは嫌だからどうにかしたいんだ。」
何かやりたくなっても今のままじゃ自由に出来なくなりつつある。
AIセリナが居てその情報を上手く使えばなんとか出来るかもしれない。
いっそ行政府にセリナの事を知らせるかと考えたら拒否された。
セリナは俺が行動するなら協力するが他に丸投げするなら協力しないと言う。
そう言われて色々考えてしたい事も結局思い浮かばず先送り。
先に目先の目的としてフリーダムの影響をリラ6から取り除く。
そう話してからはセリナと色々と計画を練っている現在。
乗せられた感じはするけれど協力の代金だと考える。
俺の言葉を聞いたキリアトさんは腕組みをしてうんうんと頷いた。
「ほんとはの。そういうのはわしら大人の仕事よ。
言うてもどうにも皆はまとまらん。
今の所は良いがこのままじゃじり貧じゃ。
ほっといたらフリーダムの連中に支配されて終わりじゃろう。」
「それならなんでどうにかしないんだよ。」
「それに答えるのは難しいの。人間色々あるからな。
わしらも動いとるよ。じゃがなかなかうまくはいかん。
聞いた話じゃから詳しい事はサトウに聞くがいい。
今の所、行政府は頑張っとるよ。それは間違いない。
じゃがな、フリーダムの連中に取り込まれている者もおる。
どちらかといえば行政じゃない連中のようでな。
フリーダムもそういう奴らを上手く取り込もうとしとるんじゃと。
わしもじゃが行政をしとる連中より引退した者の影響も大きいからな。
そういう連中が今の事態はなんでもないと危機感を減らすようにしとるようじゃな。
じゃから普通の人だとそれほど深刻には考えておらん。
行政が頑張りすぎてフリーダムが来てからもあまり生活は変わらんからな。
もちろん人狩りはあるしその被害に合った者たちからすれば違うじゃろ。
何かもっと大きな事が無い限りはこの状況は変わらんじゃろうな。
元々フリーダムの船には勝てんのが判っておる。
それなら今のままでなんとか暮らしていければ良いと考える者も多いよ。
言っちゃ悪いが融合病の時みたいに全滅するという事はないからの。」
「そのフリーダム側の人を捕まえるとかしないのか。」
「無理なんじゃと。
今の所リラ6で犯罪をしとる訳じゃない。明確な証拠もない。
行政は手を打とうとしておるが何かすればフリーダムに睨まれる。
警察とかでなんとかするなら全員捕まえなきゃならん。
それもまた難しかろうな。
引退組でも話し合っておるよ。無論信用出来る者だけじゃがな。
正直、このままフリーダムの支配は変わらんという事じゃ。
あの船がどうにか出来ん限りはアーコロジーが人質じゃからな。」
ニュースになってない話も多分沢山あるんだろう。
思っていたよりリラ6の状況は悪いらしい。
それなら俺は海賊をどうにかする。それをやり遂げてみたい。
それが出来るかもしれない方法はある。
「海賊船をどうにか出来るかもしれないんだ。
俺は古い船の残骸を見つけた。そのデータベースから情報が拾えている。
それを上手く使えばなんとか出来るかもしれない。」
もちろんセリナという存在を隠すための嘘だ。
宇宙の事なら誰も確認は出来ないしどんな事もありえそうだからこれで通す。
キリアトさんがぐいっと前のめりになる。
「イスト、それは本当か?」
「当たり前だろ。だから海賊をどうにかしたいんだ。
俺じゃ無理だからキリアトさんも手伝ってください。」
少し後ろに下がって頭を下げる。
「それで決めたという事じゃな。
頭を下げるなんて家族には謝る時だけじゃ、イスト。
そんな事せんでもわしは手伝ってやる。手伝ってくれる者は他にもおる。
わしもフリーダムの奴らは嫌っとる。どんだけ知ってる者が殺されたことか。
じゃが親父の教えじゃないがまずは慌てず計画からじゃ。
建築と同じで計画と準備は大事じゃぞ。」
「じいちゃんの教えだから判っている。
だからまずキリアトさんに話したんだ。
キリアトさんにはなんとかして宇宙船の兵器を作って欲しいんだ。
それとリラ6移民計画を詳しく教えて欲しい。」
キリアトさんはのけぞる様にして腕組みしたまま天井を見上げた。
「難題じゃな。船の兵器を作るなら上でやらにゃならん。
じゃがあそこはフリーダムの監視が厳しい。
奴らは宇宙関連の事にはうるさいからな。
それに兵器については調べとるがなかなか難しいぞ。」
「設計図はあるんだ。リラ6でも作れそうなやつ。
それをなんとか作って欲しいんだ。」
物質生成された銃を元にセリナが設計図を宇宙船サイズに作り直したものがある。
レールガン、物体を電磁誘導で加速、射出するものだ。
宇宙船の動力なら発射に必要な電力が確保出来るのとロケット推進よりも小型化出来る。
海賊フリーダムの船に通用するかは判らないが数を揃えられるのが利点だ。
ロケット推進兵器、ミサイルとかだと量産してもそれを搭載するスペースが必要だ。
レールガンなら砲門と弾丸があればいい。
「どんなものかは知らんが鉄が不足しておると威力が出せんじゃろ。」
「それは多分大丈夫だ。そっちは別に対策するつもりなんだ。」
単分子の弾丸を用意すればいいと言っていた。
硬度、強度さえうまく考えればリラ6でも作れるだろうと。
出来るだけ小型の弾丸で高速の飽和攻撃を行う事が条件だ。
つまりは出来るだけ多く作る必要がある。
作るだけじゃなくてそれを積んで撃てる船も用意しないと駄目だ。
「リラ6で作って上に上げる方が難しいじゃろうから上で作った方がよいの。
よいじゃろ。出来るとは言えんがなんとか出来るように考えてみよう。
移民計画についてはなかなか難しい所じゃな。
アーコロジーサイズを高速で宇宙に打ち上げるのが難儀なんじゃと。」
「じいちゃんは船にあった実験用推進機の事を話してないのか?」
「知っておるよ。使えるかどうかは判らんが速度が速すぎるのも問題じゃろ。
船体の強度とかを考えねばならんから難しいそうじゃぞ。
そこいらは行政府の者も少しじゃが考えておるはずじゃ。
少しずつ計画は進んでおるが実行はかなり先じゃろうな。
アーコロジーを船に改造しようとすればそれなりに資源が必要じゃ。
今のリラ6でそれだけの資源を回すのは難しいんじゃよ。
行政府にとっては市民の生活を守るのが一番じゃからな。
こればかりは無理が言えん。わしらもおかげでこうしてまだ普通に暮らせておる。」
「そうか。」
確実に安全に脱出出来るとかなら無理してでも計画は進められるだろう。
でもそうじゃないから今の暮らしを守りつつ行動しなきゃならない。
それで制限があるのは仕方ない。
「これ、渡して置く。さっき言ってたやつの図面。」
セリナが用意していたレールガンの設計図、そのデータ情報を持って来ているから畳の上に置く。
「それはまだおまえが持っておけ。わしも何かがあるか判らんぞ。」
「幾つか情報は残しておかないと何かあったら困るだろ。
船にはあるから他にも残して置きたいんだ。
ここで預けておくからちゃんと計画を進めて欲しい。」
ここで渡して置くのはセリナに言われた事だ。
情報を確認すれば俺が本気だというのが判る。
もし何かあって情報が漏れたりすればキリアトさんと俺の立場はまずい事になる。
ここで巻き込んで確実に協力してもらいたいと言う事だ。
そんな事をしなくても手伝ってくれるとは思うけどな。
そういう信頼だけじゃ駄目な事もあると言われた。
そりゃまあまだまだ俺は子供だ。大人たち相手に駆け引きなんて出来やしない。
その辺りはこれから学べば良いらしい。
「いいじゃろ。これは預かっておく。
預かった限りはわしも本気で取り組もう。
この話はここだけの事じゃ。よほどの事がなければもうせんぞ。」
「キリアトさん、出来れば6ヵ月から8ヵ月で行動したいんだ。
無理を言うけどお願いします。」
頭を下げたくなるけれどそれはせずにじっとキリアトさんを見て視線を逸らさない。
キリアトさんはしばらく視線を合わせたままにして視線を下に降ろす。
置いてあるデータカードを手にして立ち上がった。
「面倒かけられてもなんとかすると言ったでな。
イストだけじゃなくて若い者を守るためじゃ。
わしらが何とかしてやろう。任せておくが良い。」
これでもう引き返せないんだよな。
なんでセリナは俺がやらなきゃ協力しないんだか。
ひとりでやらなくても協力者を得れば良いとか言っておきながらだ。
多分AIとしての成長とやらで俺を観察するつもりなんだろうと思う。
横を向いて襖を見るけれど当然隣の部屋のセリナは見えないし物音もしない。
セリナは俺がここでちゃんと計画を進めるのか監視の意味もあって着いて来たのかもな。
人間なんて寿命があるのですから好きにすれば良いのです。
そんな風に簡単に考えられたらいいけどな。
死ぬ気じゃなくてもう死んだと思えば無茶も出来ますらしい。
でももう動いてしまったから後戻りはしない。
星の住民に恨まれたとしても、最悪俺ひとりでも海賊はどうにかする。
最悪のパターンはセリナが無数に予測して話し聞かされた。
そうなっても構わない。
上手くやれば良いのです。それには協力しましょう。
そんな言葉を信じてみるさ。




