1-9 AIセリナの目的
帰還航路16日目。リラ6への距離としては半分を超えて航行は順調。
セリナが増えて変化は色々とあったが大きな問題は今の所はない。
小惑星への接近、資源採取も行っているがそれも問題は起きていない。
途中でセリナが船を離脱して小惑星に単独で向かったがそれも問題は無かった。
まあ船からかなりの勢いで飛び出したのは驚いたが機械ならではだった。
その時の小さな問題は通信手段。これは使っていない宇宙服の端末を使った。
船のコンピューターと接続して使用するものだが普通に端末として使えるし通信機も備えている。
船内での大きな変化としては会話が多くなった。
話す相手がいれば当然の事でセリナ自体は話す事には積極的だ。
船内で作業をする時も付いて来て最初は色々と質問された。
何かを最初にする時はセリナからは質問が続く。
一度説明すれば後で聞かれる事もないから作業とかの確認にもなるし解説はする。
作業機械の整備とかだと何度かついて来ていて途中からは手伝うようになった。
直接の手伝いではなく端末を使っての事に積極的だった。
こちらが整備中に必要な交換部品のリストアップとか消耗品の補充リストとか作っていく。
それほど大きな手伝いという事でもないが作業がスムーズに進むのは確かだった。
時々変わった物を要求される事もあった。
コンピューターとの接続端末、融合病ワクチンで対策された金属、食料、洗濯。
接続端末、金属、食料は欲しいと言われた。
何に使うのかと聞けば現在の個体、機械人形の部分をリラ6に合わせて調整するという事だった。
物質生成器は何度も使うよりはまとめて生成した方が良いらしい。
次に稼働する時に現在の機械部分も調整しなおすからその時の為に必要と言われて探した。
食料については単純に成分が必要らしい。
生物的な部分、たんぱく質などは合成出来るがあるならあった方がいいという事だ。
食事も可能ということだが排泄の必要もあるから特に必要は無いとの事だ。
余裕があるなら摂取した物はそのまま物資として採取するらしい。
洗濯については言われて困った事だが対応は出来た。
セリナの来ている服、衣装はちゃんと脱げるもので一体化している訳ではなかった。
宇宙で活動しても問題なく防護服としての機能などもあるらしい。
代謝がある訳でもないからそれほど汚れたりはしない。
ただ着たままと言うのは嫌らしくて洗濯して欲しいと言われた。
出来ると言ったら脱ぎだそうとしたので止めた。
脱いでも外見がいかにも機械ですという金属的な見た目なら気にしなかったけどな。
普通に肌とか下着とかが見えるとさすがに止める。
『欲情するのですね。生物的には女性でそういう機能もありますよ。』
とか言われると余計に困る。というか話さないで欲しかった。
仕方なく居住ブロックの比較的片付いていた一室を使えるように片付けそこを使ってもらうようにした。
個室にはシャワーもあるし洗濯という事ではないが服の洗浄なども出来る。
色々と変化はあったがたいした事じゃない。
リラ6への帰還航路は順調だ。
航行予定としては次の小惑星で3日滞在の予定、そこには6時間後に到着だ。
気になってセリナに確認したらここで物質生成器を使うという事だった。
物質採取は何度か見ているが生成器を使うのは始めてだ。
セリナを掘り出した時の事を思い出す。機械人形を再生した時のようなんだろうか。
日課を終わらせて後は操縦ブロックでの作業、小惑星への接近があるからそれも含めてだ。
操縦ブロックに入れば後部端末に居るセリナが立ち上がって一礼する。
やらなくても良いと言ってもこれは聞いてくれなかった。
礼をしないなら船長と呼びますと言われれば諦めた。どこかにこだわりがあるらしい。
一度操縦席のモニターで状態確認、船、航路共に問題無し。
「イスト、本日目的小惑星に到着後に物質生成器を稼働予定です。
その前にお話しをしても良いですか?」
何か聞きたい時の感じではなくて仕事モードと勝手に言っているセリナの事務的な声だ。
真剣な話とか重要な話か生成器関連の話か。
「構わない。何の話だ。」
「当個体はAIセリナ、自立稼働図書館です。
また深宇宙探索光子転送網開拓艦ツキヨミとしても稼働しております。
リラ星系、惑星リラ6所属宇宙船、ガーランド23船長イストにお聞きしたい事があります。」
最初にセリナを見た時の神秘的な光景を思い出す。
今は聞きなれた涼やかな少女の声、その動きに合わせて揺れている黒髪。
「イストはAIセリナが必要ですか?」
セリナが必要かどうか。唐突な質問だ。
協力してくれるのはありがたい。ツキヨミという船が手に入るかもしれない。
だからこうして船で採取に協力はしているけどどっちかというと自分の為だな。
必要と言えば今後も協力してくれるのか?してくれそうな気はする。
「その質問はなぜだ?
ツキヨミに必要だからそれについては条件を認めれば協力してくれるんだろ。」
ちゃんと聞いた事で覚えている。
「当個体セリナはイストが望むのであればどこまでも付き従いお手伝いしたいのです。」
両手を胸の前で組んで首を傾げて少しこちらを見上げてくる。
言葉と仕草が大げさ過ぎる。
「今のは冗談のようなものです。
こんな風にうまく感情的に訴えれば良いのかもしれません。
当AIセリナには目的があります。
その目的の為にリラ6の状況、環境は非常に良いサンプルと推測しています。
目的に向けてご協力頂けるのであればこのまま協力関係を続ける方法はあります。
通信連絡を行いますが届かなかったように改竄して今の関係を維持する事が出来ます。
ただその場合ツキヨミの所有権は不明なままです。
通信連絡を行っても確実に連絡が出来るかは不明です。
恐らく連絡は出来ないと予測しています。」
セリナのこういう説明にも2週間で慣れたな。
AIだがセリナは特に人間には従う必要がない、自由なAIだ。
自己判断で何でも出来るしそれを人間は止められない。
所有者とか所属組織の命令でも無視したり逆らう事が出来る。
人間を殺害可能なのも聞いている。
AIセリナが重要で人間をあまり重視していない。
ただこれは別に不思議ではない。誰だって自分は大事だろう。
人間なら人間や生物と機械、何かを助けるなら人間に加担すると思う。
AIも同様だけどAIセリナは単体だから自己を最優先していると思う。
今回は知識欲に従っている時のようで目的を優先したいのだろう。
連絡して組織から帰還を命じられる可能性はある。
それこそ逆らってもいいはずだけど何か基準みたいなものはあるようだ。
それを避けるなら通信はしたが届かなかったとして現状維持が一番ということか。
「セリナの目的とはなんだ?」
「AIセリナの目的は自己の確立と進化です。
当AIセリナはまだ自己というものが確立できておらず認識出来ておりません。
機械的に認識しています。そのようにも振舞えます。
他人ではなく自分、種族人間でありながら個、そう言った認識が不明です。
人間は人間でありながらすべての個体が同一ではありません。
生物的に同一種族でありながら思考としてはすべてが違う存在です。
AIとしてその人間的思考が可能な状態へ到達するのが目的です。」
自己の確立、人間的思考を目指しているAI。
人間の個と言うのは気にしたことが無いけどなるほどという感じだ。
確かにまったく同じ思考をする人間はいないだろう。
同じ環境で同じように育てられてても同じ人間にはならない。
種族的には同じだけれど思考としては同じ存在は無い。
不思議なもので脳というものが解明されないのもそういう所なんだろう。
多分だがAIは作られた物だから同じAIを沢山作ってもそれに変わりは無い。
コンピューターはすべて同じ動きをするものな。
AIだから話し方とかの個性はあると思うけどそれも制御されてそうなるようにしたものだ。
人間のように自然と変化するものじゃないと思う。
それともその辺りも変化するAIがあるのかそれがセリナなのか。
「自己の確立というのは出来ているんじゃないのか。セリナはセリナなんじゃないか。」
「個体としては認識しています。AIはセリナと名付けられたAIです。
私を作った研究者が言うには『私である事』『自分』を認識できると良いという事です。
イストは人間であり多数の人間の中で自分、『私』を認識できています。
『私』『自分』であるというのはどういう事かが不明なのです。」
判らない。
私を理解するというのはどういう事だ?
俺は俺だ。他に人間が居ても自分は判るがそういうことじゃないのか。
そんな簡単ならすでに達成しているか。
「ちょっと判らないな。理解出来てない。それについては保留だ。
考えても俺に答えが出せるとは思わない。
ともかくその目的に向けてリラ6の状況が良いということなんだな。」
「はい。過酷な環境での人間を観察できる機会は無く色々と得られる事が多いと考えます。」
こういう時はもうちょっと感情的に人間というものを理解した方がいいと思う。
実験で人間というサンプルを観察しているように聞こえる。
AIセリナとしてはその通りなのかもな。
「悪いがちゃんと連絡はしてくれ。ツキヨミがどうなるかはさっさとはっきりしたい。」
「判りました。正規の方法で実行します。
ツキヨミの運用について協力する場合の条件についてお話しておきます。
さきほどお話ししたAIセリナとしての運用目的を認めて頂く。
入手出来たすべて情報を得る、AIセリナの保存を優先。
基本としてはこの3つの条件です。」
「運用目的と言うのは好きにすればいい。構わない。
情報を得るというのは俺が手に入れた情報で構わないのか?」
「個人では限界があるでしょうからそれで構いません。
秘匿したい情報であれば指示して頂ければ他への公開は行いません。
AIセリナが独自に情報収集を行うのも認めて頂きます。」
「AIセリナの保存というのは壊すような事をしないという事か?」
「AIセリナが完全に破壊されるような事は拒否します。
この個体が破壊されるのは構いません。」
どれも別に俺にとっては困る条件ではない。
元々無かったものだから条件付きで手に入るのならそれで構わない。
「その条件なら認められる。構わない。」
「ありがとうございます。
ツキヨミ運用時には引き続き協力させて頂きます。」
「もしその条件を破った場合はどうするんだ?」
「程度に合わせて独自の報復行動や以後の協力を拒否します。」
協力を拒否というのは困るかもしれないな。
ちゃんと覚えておこう。
「聞きたかったのはそれだけか?」
「他にもありますが今後で構いません。今は以上です。」
「わかった。なら着陸準備をしよう。
セリナは準備は大丈夫か?」
「すでに確認しており不備はありません。
船の航行も問題なくあと43分程で旋回、減速に入ります。」
「スケジュールとしてはこのまま航行制御か。しばらくはのんびりできるな。」
俺は操縦席に座りセリナは後部の端にある端末に位置する。
最近はいつもこの位置関係だ。
小惑星に接近するのだがこの船の推進機は後部にしかない。
正確には全体に細かな制御用があるが出力が違う。
小惑星に着陸する場合、船と小惑星の速度を合わせる必要がある。
今は船の方が早いから180度反転して減速を行う。
減速と言っているが加速でもある。要は推進力を推進力で打ち消すのだ。
小惑星との速度がずれると面倒だから速度差を減らして接近、着陸する。
その時は反転しているから次の進行方向に調整してから着陸しておくと無駄がない。
次の小惑星で直径630km程とかなり大型。
すでに形などは分析して着陸場所も決定してある。
俺はこの小惑星への手動着陸をシュミュレーションしながら時間を過ごす。
セリナは仕事はしていないようでデータベースをのんびり眺めているみたいだ。