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ファンタジー・プロフ

紙一重の楽園

作者: 久賀 広一


「あっ。今、ニーズヘッグ(怒り蛇) さんが召喚されちまった!」


「ちくしょう、またかよ。トランプで七並しちならべやってる時に喚び出されたら、戦闘が終わるまで待つしかねえじゃねえか」


「ねえ、今回の召喚士は未熟みたいだよ。一発だけ攻撃したら還ってこれるみたいだ」

やれやれ、と魔獣たちはそれぞれテーブルについた場所に、カードを伏せて置き始めた。


たとえちょっとの中断といえど、それまでリズムよく進んでいたゲームの空気は、また振りだしに戻ってしまうのだ。


・・・人間が、この大陸アンセルムにおいて『召喚魔法』というものを発案してから、およそ二世紀は経ったのだろうか・・・。

『彼ら』召喚獣は、とくにほこり高い者をのぞいて、自分でエネルギーを集めなくていいことから、人間に力を貸した代価でのんびりと暮らす者たちが出てきた頃である。



「・・・ういー。青い青い。俺みたいな上級モンスター(ニーズヘッグ)を召喚するなら、もっと澄んだ魔力のエサを用意しといてもらわんとな。”死血吐息(ブレス)”どころか、せいぜい通常攻撃のかぶり付きがやっとだったぜ」


帰還の転移魔力は自腹なので、さらに収穫は減っちまったと、ニーズヘッグは頭をふりながら呟いていた。


「ははっ。人気者は大変ですね。何でも、この地でもいくさの多い、『北の列国』ってとこらで上級になりたての召喚士に広まってるらしいから」

そこで笑みを浮かべたのは、テーブルについていた個体、サンダーバード(雷鷲)である。


彼は、切れ長の目に涼しげな風情を絶やさぬ、好男子といった仲間だった。


あなたの通常攻撃なら、大樹くらいはなぎ倒すでしょう、と、旧知のヘビをおだてるのも忘れていない。

単純だが、「ふっ」とその言葉に気を良くしたニーズヘッグは、またテーブルに近寄り、自分の置かれたカードを異能の力で持ちあげていく。


・・・今回の手札は、それなりに自信があった。

レアキャラで滅多に喚び出されない、じっくりと考えられるサンダーバードさんにはいつもやられているが、今日こそはーー

「さて、みんな。続きといきましょうか」


皆がコクリと、リーダー格のわしうなずき、盤上へと前のめりになったその時ーー

「うおっ。今度は俺だ! すまん、渓谷道のボス戦らしい」



また、前みたいに手札を交換しないでくれよー・・・



何の前触れもなく消えながら、今度は土蜘蛛(つちぐも)の声が遠のいていった。


「ああ、もう。土蜘蛛さんはなあ・・・」

「手元のクリスタルに契約者たちがうつってるんだから、事前に言ってくれないと」


残る一匹のブラウニー(茶色童子)と、ニーズヘッグが、一層いっそう疲れたように身をすくめていた。


しばらくは仲間の帰還を待っていたが、

「・・・なかなか還ってきませんねえ・・・。またフルタイム召喚でしょうか」

無言の時間がどんどん過ぎてゆき、彼らの空気はしらけはじめていた。


”どうせ長いこと戦ってると忘れちゃいますし、いつものやつ、やりますか?”


それを言い出したのは、やはり如才ないサンダーバードである。


「おお、手札チェンジね!」

「私これ! クローバー捨ててハート欲しい!!」


待っていたようにブラウニーが二枚のカードを取り出し、伏せられた土蜘蛛の持ち札へと手を伸ばした。

召喚タイミングと、大まかな時間の申告を忘れる蜘蛛は、いつもこれをやられてるのに、なかなか懲りることがない。


ゲームに負けたら”自己最大攻撃”の魔力ペナルティを皆に献上しなければいけないのに、どこかその負けを楽しんでいるルーズさがあった。


「・・・まあ、こうやって(魔力)を探さずにみんなでワイワイやれるのも、人間のおかげだしねえ・・・」

「あら、そんなこと言ってニーズヘッグさん。あんたこないだ、”インドラ(帝神)” とらされたって、悶絶してたじゃないですか」


ブラウニーがそうつっ込むが、蛇は無視することに決めたようである。


やがて肩で息をしながら、瞬風に巻かれて土蜘蛛は帰還してきた。

彼は、皆がほくそ笑むのもよそに、ヨロヨロと細い足で立って、机になだれ込む。


「ちょっと! どうしたの、土蜘蛛さん!? 手酷てひどくやられたんですか!?」


まるで別の個体のように痩せほそってしまった彼に、サンダーバードが声をかけていた。


(いや、すまない。なかなかブラックな思考の召喚士と契約してしまったらしくてね。・・・秘技『八方縛り』を、効きもしないボスに延々とやらされていた・・・)


その召喚士は、「この敵には通用する」というニセ情報におどらされたのかもしれない。

しかし、中には「効いたらめっけもん」くらいの思いつきで、格下の召喚獣をブラックアウトまで追い込むほど戦わせる人間もいるのである。


「今日の勝負ゲームは中止だ! 魔力はたんまりもらってきてるから、”クモの糸” 精製がお腹いっぱいになるまで、土蜘蛛さんは面会謝絶!! 」

そう言ってサンダーバードが、男らしく両翼で仲間を抱き上げていた。


「カードはこのまま保持しておくから! 誰にも触らせません!!」

テーブルの延長申請をしに、ブラウニーが『モンスター』娯楽(アミューズメント)広場(・エリア)の受け付けに走っていった。


たぶん、勝ちが決まった手札になっているのだろう。


ぐったりした土蜘蛛を見送りながら、「また彼はしぼり取られる羽目はめになるのか・・・」とニーズヘッグは頭をふっていた。




ーーここは、狩猟時代に飽きた、召喚獣たちのたまり場『おいでやす、スーパー戦湯(せんとう)』。


彼らはめんどくさい獲物さがしをやめ、どかんと働いて人間に魔力をもらうことを約束させた者たちだ。

今日はそれなりに慌ただしい仲間が一部に見受けられたが、だいたいはまったりした日々を過ごせる、癒しの戦闘待機場所である。




「・・・ええいっ!」


「ああっ。また負けちゃったなあ・・・。ブラウニーさんは、いつも終盤に効果的なカードを隠してるんだよねえ・・・」


・・・今日も、彼らの平和なくつろぎは、ある程度固く約束されているのだった・・・。










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