庭物語 -ベス・チャトー Beth Chatto Gardens
「どうしました、大丈夫ですか?」
植込みのあいだの砂利道に座りこんでいる女性を見てマークは声をかけました。顔を両手で覆い、うつむいている上にボブの黒髪が振りかかって、いったいどうしてしまったのかわかりません。
「光がいじめるの」
一瞬、ヤバイのにかかわりあってしまったと思いました。アジア系の小柄な女性は歳のほどもわからず、精神状態も定かではありません。
ところはベス・チャトーのドライ・ガーデン。初夏の光が敷き詰められた砂利に眩しく照り返しています。
植物の花色よりも形態と風合いをコントラストに作られた画期的なデザイン。目の前に、自分の背丈に届きそうな大きなイネ科の植物が若い穂先を風に揺らしています。スティーパ・ジャイガンティアと呼ばれるこの優美なオーナメンタル・グラスをどう使うか見せてもらおうと今日はこの庭園を訪れました。次の顧客の依頼なのです。
マークは造園設計士。ガーデン・デザイナーといえばかっこいいですが、デザインだけでは食べていけないので土木工事もします。設計して、完成させてお客さまの笑顔をもらう、このやり方をマークは結構気に入っています。自分の体質から考えて、花粉や土ぼこりを浴びて肉体労働するのは無理かと思っていましたが、戸外で体を動かしているほうが、机について植物図鑑とにらめっこしているより調子がよかったりします。
さて、どんな植物をこのスティーパと組み合わせるか。それを考える前に、足元に座りこんでいる女性を何とかせねばなりません。ここのガーデナーでも通りかかってくれればいいのにと辺りを見まわしましたが、一般客がいぶかしげに眺め返すだけです。
「しかたない」
マークは隣に座りこみました。とりあえず近くにいれば何かあったら手助けできるでしょう。
自分の視線が低くなると背の低い植物たちがズームアップされて見えます。ユーフォルビアの丸い花冠やつやつやのヒマラヤユキノシタがスティーパの足元を引き締めています。
横目で隣をうかがうと、黒髪の女性もゆっくりと顔をあげ、覆っていた手をのけました。
「もう少し濃い色に咲いていいかしら?」
植物と対話しているのか、植物になりきっているのかわかりませんが、まだ半分トランス状態にあるようです。
「大丈夫なら僕は失礼します」
マークはゆっくり立ちあがりました。
「あなたは誰? スティーパ・ジャイガンティア?」
女性は顔だけあげると細身のマークを見上げました。その茶色の瞳に陽射しが入って金色に輝いています。
「そうだとしたら、あなたは?」
「オリエンタル・ポピーみたいね。ワインレッドになりたい気がしたわ」
「ガーデン・デザイナー?」
「植栽専門なの。プランティング・デザイン。普段は庭園管理をしてるけど。あなたも園芸関係でしょ?」
「一応ね。造園の方。設計もするけど」
「驚かしてごめんなさい。発作を起こしかけてたもんだから。ちらちらする光に弱いの」
「エピレプシー?」
「ええ」
「オレはぜん息持ち。たちの悪いアトピー性」
「それで優しいのね。元気一杯の人は他人に優しくできない人もいるから」
「そういう見方もあるかな」
「側にいてくれてありがとう。私はショーコ、日本人なの。こっちで園芸学校にいってそのまま住みついちゃったわ。勤めている庭園で新しい宿根草ボーダーを作ることになってオーナメンタル・グラスをどう使うか見に来たの」
「オレも次のアイディア盗みに来た」
「何度来てもここの植栽には驚かされるわ。適材適所、ライトプランツ・ライトプレイス。ここ、庭になる前は駐車場だったって信じられる?」
「聞いてるよ、その話。ポピー、もっと紅い方がいいと思う?」
「濃くしたら重くなり過ぎるかしら? シルクのような柔らかい花の質感はいいと思うの。どうもサーモンピンクが苦手で。このままにするなら、小さなワインレッドのアリュ−ムを散りばめるわ。スファロセファロンね」
「オレはワインレッドのポピーにオレンジをぶつける」
「それなら、ポピーよりシャクヤクのほうがいい色が見つかるかもね。オレンジのカリフォルニア・ポピーを合わせてフィオナ・ローレンソン風」
「プロバンスの庭? 96年チェルシー・フラワーショウだったっけ」
「スティーパと合わせるのはあなたのオリジナルよ。私は秋にオレンジをもって来たい。スティ−パが温かく見えるから。トリトマね」
「季節でカラー・スキームを変えるか、なかなか」
「個人のお宅の庭では難しいでしょ。庭園では一応何人かの庭師がいて、手がかけられるから重層植えもできるわ」
「重層植え?」
「植物のライフサイクルを考えて、地下や頭上に何層もの植物を仕込むこと。森の樹冠、低木類、下草など全体像を考える。簡単な例では宿根草の下にチューリップの球根とかを植えることよ。花のある時期を延ばす。オリエンタル・ポピーは花が早いわ。そして盛夏には一度切り戻す。例えばダリアなら近くに植えても育つスペースがある。ポピーの根は深く下に伸びるから、球根類が廻りにあってもさほど問題にならない」
「君は何者? チェルシー・メダリストか何か?」
「違うわよ。ただの庭師。チェルシー・デザイナーは秋のことなんか考えないってば」
「それもそうだ。」
「植物がどう育ち、どう枯れるか1年中を考えるのが庭園の植栽」
「突然だけど、オレの会社にこない?」
「あなた、社長なの?」
「従業員は4人だけ。植栽側、ソフト・ランドスケープが弱いから君が手伝ってくれれば」
「突然過ぎない? まだあなたの名前も聞いてないわ」
「じゃ、ティールームでお茶にしよう。ここのスコーンはおいしんだ。クロティッド・クリームの食べれないオレが言うんだから確かだよ」