菫
楚々とゆかしい菫が道端に咲いているのを見て、花野は表情を和らげた。
濃い紫の小さな命。
決して声高ではないのに、春を優しく人に告げるこの花を、花野は好ましく思っていた。
体調も今では随分良くなり、外出も苦にならなくなった。
イギリスに発つ日も、遠くないかもしれない。花野はそれを楽しむような、惜しむような、複雑な気分だった。
悲しい声が聴こえた。
歯を食いしばり、泣いている。
花野は声のする方向に足を向けた。菫の花を、少しだけ摘んで。
穏やかな春の陽射しは、夏の痛めつけるような強烈さはなく、仄かで優しい。
ガードレールに舗装された道を行き、幾つかの民家や商店の前を通り過ぎる。
セーラー服を着た少女が、今はほとんど散ってしまった桜の根本に蹲っていた。
細い肩が震えている。
花野が近寄ると、俯けていた顔を上げ、警戒する表情になった。
「貴方、誰」
「私は花野。花療法士」
「花……療法士?」
「ええ。貴方は、気管支がとても弱いのね」
花野が言うと、少女は驚いた顔をした。
「どうしてそれを」
「ここでお友達が亡くなったの?」
花野は構わずに続ける。
「……そうよ。交通事故で」
見れば桜の根本には花束がいくつか置かれている。ジュースの缶もある。
「貴方の嘆きは貴方の身体を蝕む。それが私には悲しい。喘息を患っているでしょう。少し、私に時間をください」
「え……?」
花野は少女の喉元に手をかざし、菫の花を添えた。
円やかで柔らかな空気が顕現する。
それは少女にも伝わった筈だ。
「何、これ。呼吸が、すごく楽になった」
「良かった」
花野は目を細める。
「お友達の不幸を嘆く、優しい貴方に幸いが訪れますように」
そう言って、花野は首に巻いたストールを撫でた。




