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忍冬

 ベッドに横たわる花野は激痛で目覚めた。その痛みは一所に留まることなく、まるで生き物のように花野の身体の各所を這い回った。

 激痛に次ぐ激痛の波。

 耐え切れず、花野は悲鳴を上げた。


「全く……。傍迷惑な」


 ホテルのラウンジで響が仏頂面をしてコーヒーを啜っている。

 花野の前には、ダージリンの紅茶。

 花野は身を縮めて、小さくなっていた。

 宿を取っていた小さなビジネスホテルでは、朝に響いた女性客の悲鳴にスタッフがすわ何事かとすっ飛んできた。室外からの呼びかけに応答がなく、断りを入れてからマスターキーで鍵を開けて室内に入ると、そこには苦悶に喘ぐ花野の姿があった。救急車を呼ぼうとしたスタッフを、花野はようよう制して、響に連絡を取ったのだ。ものの数分足らずで駆け付けた響は、花野の額に手を置き、しばらく呪言を唱え、花野の激痛を取り除いた。

 いや、〝遮断した〟と言ったほうが正しい。

 花野の全身を蝕んだ痛みは、花野が誰かの感覚を共鳴して拾ってしまった為のものだ。

 共鳴の感度が高いと、時にそんなことが起こる。それでも熟練の花療法士であれば、そんな失態は犯さない。今回は花野の未熟に、響が巻き込まれた形となったのだった。


 小さなホテルのラウンジにしては供される飲食物の味が良い。

 響と花野はそこでサンドイッチなどの朝食を摂り、人心地ついたあとだった。

 紅茶も上手く入っている、と花野が思いながらダージリンを味わっていると、響の鋭い眼光に射ぬかれて、再度、萎縮して身を縮めた。


「解っているのか?俺は、お前の守護者(ガーディアン)だ。お前が共鳴するとその余波まで俺に及びかねない」

「すみません……」


 謝罪しながら、花野は、響であればそんな事態は未然に防ぐだろうという、ある種、無責任な信頼をしていた。


「響さん。このあたりに忍冬(すいかずら)はあるでしょうか」

「早咲きのがどこかにあるかもしれんが、あれは力の強い花だ。取扱いにも注意が要るぞ」

「はい。そのくらいでないと、この痛みの主は癒せません」


 花野は悲しそうに微笑んだ。

 例えこの痛みの主を癒せても、他に同じ痛みを抱えるであろう数多の人々までには花野の手は回らない。それが花野は口惜しく、悲しかった。


「冬を耐え忍ぶ忍冬……。何人の人が、今朝、私が味わったような激痛に耐え忍んでいるんでしょうね」



 布団にくるまり、彼は必死に激痛に耐えていた。

 千枚通しで各所を貫かれ続けるような痛み。

 誰に訴えても、理解されなかった。仮病扱いされたことも一度や二度ではない。

 幾つもの病院をたらい回しにされ、やっと判明した病名は線維筋痛症(せんいきんつうしょう)

 未だ効き目のある薬が開発されていない難病だった。就職した先でこの痛みの為に仕事の継続が困難となり、無職となった今、親からの仕送りで何とか日々をしのいでいる。

 

 チャイムの音が鳴る。

 けれど彼は出ることが出来ない。

 鳴り続けるチャイムの音に、立ち上がることが出来ない。


 押し寄せる痛みの波、波、波。

 いっそ発狂してしまえたらどんなに良いか。


「……すみません。緊急事態と思い、入らせていただきました」


 声に驚き、布団から顔を覗かせると、ショートカットの少女と、長身で長髪の男性が室内に立っていた。男の手に針金がある。安普請のアパートの鍵だが、あれで開錠したというのか。


 何なんだ、あんたら。


 そう言いたくても、言えない。このもどかしさ。


「忍冬は、白から黄に変じることから、金銀花とも呼ばれています。この花が、貴方を癒しますよう……」


 少女が、可憐な白い花を彼にかざすと、窓も開けていないのに、どこからか柔らかな風が吹いた。優しい春の風だった。


 それを知覚した瞬間、彼の激痛は嘘のように治まっていた。

 驚愕し、信じられずに布団を押し遣り、少女を見上げる。

 少女はなぜか悲しげな表情で告げる。


「これで〝貴方が〟痛みに苦しむことはない」

「おい、もう行くぞ。下手をすれば警察を呼ばれる」

「はい。響さん、ありがとうございました」


 死んだほうがましだと思っていた程の苦痛から、解放してくれた不思議な二人は、彼の部屋から立ち去った。


 あとには白い、楚々とした小花が残された。


「金銀花……」


 彼はその花を額に押し戴き、涙した。

 あの、途方もない激痛から解放してくれた花と不思議な少女たちに、心から感謝した。

 命の恩人だと、そう思った。





挿絵(By みてみん)








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