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天井

作者: 逢内晶

目を覚ました彼は天井をぼんやりと眺めた。

無機質なトラバーチン模様は彼に小学校の天井を思い起こさせた。


20年以上前の断片化された記憶が蘇る。

モノトーンの8mm映画を見ているようだと彼は思った。

断片化された映像に色はついているが感情が付随していないのだ。

当時の情景は思い出せても、どのような感情を抱いていたかは定かではない。


しかし、少なくとも今のように天井をぼんやりと眺めることはなかったと、彼は再び目を閉じた。

天井を見遣るとき、彼は虚無感を覚える。

子供の時分にから斜に構えて物事を見ていたことは、彼自身も認めるところである。

それが原因で「かわいげがない」と評されていることも、彼は当時から感覚的に理解していた。

ただ、どんなに周囲とズレ、子供にしてはスレた物の見方をしていたとは言え、今のような虚無感を覚えることは決してなかった。


この感覚はどこから来るのか。


現状への不満か、将来への不安か、過去への後悔か。

しかし、これらはどれも彼が子供の時分から感じていたことであった。

貯蓄できる余裕はなく、年度ごとの契約で食いつなぎ、現状を作った過去の選択悔いる毎日からすれば、子供の頃の不満や不安など微々たるものであろう。

しかし、今から思えば些細なだけであって、そのような感情が意識の中で大きな位置を占めていたことに変わりはない。

やはりこれらは虚無感の原因にはなり得ない、と考えを進めたところで彼は寝返りをうった。


断片化された記憶の大部分で彼は泣き、残りは怒り、笑っている記憶はわずかである。

それは周りと違う彼の子供時代が決して幸福なものではなかったという証左なのかもしれない。

しかし、それでも彼は子供時代を少し羨ましく思った。

決して幸福ではないが、今よりも生きている感覚はあったのではないだろうか。


当時の自分が現状を目の当たりにしたら、

自分の不甲斐なさに涙するだろう。

職場での不条理に怒るだろう。

そんな中でも時折得られる温かい感情に顔を綻ばせるだろう。


声を上げて泣いたのはいつだったか。

怒りで人にあたったのはいつだったか。

心の底から笑ったのはいつだったか。


昨年の暮れに開かれた同窓会での旧友の言葉がふと蘇った。


ーお前も丸くなったなー


彼はその言葉に対して特別何も思わなかったが、好意的な意味を持って放たれたことは理解できた。

しかし、今となっては別の意味を持って彼に刺さる。


何てことはない。

それは自分が成長したからではない。

老いただけだ。


そのような結論に至ってもなお、自分の感情が揺さぶられないことに、彼は思わず自嘲した。

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