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無題  作者: みなも
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無題

マサキとアカリは小屋の中で、エレミアに言われた通りに待機していた。


マサキは座って壁に寄りかかり、アカリは落ち着かないのか、うろうろと小屋の中を歩いている。


虚空を虚ろに眺めながら、小屋の外での話し合いをマサキは思い出していた。


ゴブリン達を見て、一匹なら自分でも勝てそうだと思った。遠目に見ただけだが、あまり大きくはないし、強そうには見えなかった。


しかし、数が多過ぎた。人間の子供でも、数がいれば大人に勝てる。加えて、あれは人間ではない。馬車とそう変わらない速度で走っていたことから見ても、人間よりも身体能力は高そうだ。


あの黒と白の空間で、チート異世界生活の始まりに歓喜したのも束の間、自分だけチート無しの役立たずであるこの状況に、マサキはつい溜息を吐く。


いや、チートの有る無しではなかった。エレミアはともかく、アレクはチートの使い方が分かっていなかったし、リックも剣がどんな力を秘めているのか確認する時間は無かったはずだ。


つまり、心構えの問題。あの暴力を前に、挫けず立ち向かえるかどうか。マサキは、自分の半分も生きていない子供以下だったのだ。


リックはあのゴブリンの群れを見てもなお、立ち向かうことを決意した。愚かな行為と嘲笑う者もいるだろうが、マサキはあの姿を見て、憧れずにはいられなかった。


人を守るために戦う。それは正しいことだ。綺麗事だが、これ以上無いくらいに立派なことだ。


たとえあの時、マサキがあの剣を持っていたとしても、あんな行動は執れなかっただろう。何か言い訳を考えて、戦うことを拒否したはずだ。


実際、マサキは今、争いとは無縁な日本に生まれたのだから、戦えなくても仕方がないと思ってしまっている。


そんな言い訳をしている自分が、心底情けなかった。


「マサキさん、元気出してください!きっと皆、生きて帰ってきますよ!」


マサキがエレミア達を案じて暗くなっていると思ったのか、いつの間にかマサキの前に立っていたアカリが励ますように言ってきた。


そうではない。俺はそんなできた人間じゃない。自分のことばかり考えている情けない男なんだ。


「こういうときは、何かを食べて元気を出しましょう!エレミアさんが、食べ物があるって言ってましたし」


そう言ってから、アカリは部屋の真ん中辺りの床を調べ始めた。


「あ、この板外れる」


アカリが一枚の板を剥がすと、取っ手付きの地下倉庫の蓋の一部が見えるようになった。続けて、何枚か板を剥がすと、一平方メートルくらいの蓋が露わになる。


アカリは取っ手を掴んで引っ張り、蓋を開いた。そして、中に顔だけを突っこんだ。


そして「おおー」と感嘆したように言って、アカリは顔を出すと、マサキに顔を向け、倉庫の中を指差した。


「マサキさんも一緒に入りましょう!」


マサキも、このままでいるとどんどんネガティヴな方向に行ってしまいそうなので、その誘いに乗ることにした。





梯子を降りて小屋の中に入ると、地下倉庫の中は、小部屋程度の大きさだった。壁は土だが、とてもしっかり固められているようで、崩れそうな気配は無い。


壁際に槍や剣などの武器が立てかけてあり、幾つかは倒れて床に転がっている。それを見たマサキは、それを持ってゴブリン達を倒しに行くことを想像し、首を振って振り払った。


マサキがこの剣を持ったところで、まともに振れるわけが無い。それでも諦めきれないように、マサキは剣の一本を試しに持ってみたが、重く、これでは振り回すのが関の山だと自らの無力さを再認識した。


そこで、マサキはリックのことを思い出す。

リックは剣を持っていたが、あれでゴブリン達と戦うつもりなのだろうか。大人であるマサキでさえ、うまく扱えそうにないのに。


ただ、あれは普通の剣ではなく、チート武器だ。見た目通りの重さではないのかもしれない。


マサキは剣を元に戻すと、手前に置いてあった木箱の蓋を開けてみた。


「これは、乾パンか?」


箱の中には、ギッシリといかにも硬そうなパンが詰められていた。試しに握ってみると、潰れるどころか、少しも変形しない。本当に食べることを想定しているのか?実は武器なのではないか?と、マサキは益体もないことを考えた。


「マサキさん!チョコレートがありました!」


アカリが歓声を上げた。マサキはアカリが開けた箱の中を覗いた後、訝しむような目でアカリを見た。


「これ、本当にチョコレート?」


マサキは箱の中の物を右手の親指と人差し指でつまんで、まじまじと見た。


箱の中にあったのは、墨を固めたような、黒い、不揃いな一口大の物体だった。ビターチョコにしても黒すぎる。


「チョコレートですよ。だって、ここに書いてありますもん」


アカリは箱の側面を指差した。


そこには紙が貼り付けてあり、でかでかと、『チョコレート』と書かれていた。どうやら翻訳機能は文字にも適用されるらしい。


「それでは、いただきまーす」


アカリは躊躇なく箱の中からチョコレートを取り出し、口に放り込んだ。


そして、顔が口一杯の苦虫を噛み潰したように歪み、絶叫した。


「苦ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


口を押さえて飛び跳ねながら、アカリは滂沱の涙を流す。


どうやら、異世界チョコレートは、子供に優しいミルクや砂糖を一切配合していないらしい。昔、好奇心からサルミアッキを食べたマサキより苦しそうだった。


マサキは異世界チョコレートを箱の中に戻すと、悶絶するアカリには目もくれず、探索を再開した。


そして、ある木箱の蓋に貼り付けられた紙に書いてある文字を読んで目を剥く。


そこには、『匂い球 ゴブリンの気配を感じたら迷わず投げろ!』とあった。


マサキは心臓が高鳴るのを感じた。急いでその箱の蓋を開ける。中には白い球状の物が所狭しと詰め込まれていた。


それに手を伸ばそうとして、止める。


自分は今、何をしようとしているのか。


エレミア達を助けに行く?待機していろと言われたのに?


これがあればゴブリン達を倒せるとでも?どんな効果があるか分からない、しかも異世界の物。そんな物に自分の命運を預けると?


このまま待っていれば、エレミア達が負けたとしても、恐らくマサキまで殺されることはない。不要なリスクを抱える必要など、無いではないか。


自分が大事で何が悪い。人間なんてそんなものだろう。良いじゃないか。そうやって、いつものようにーー


「ん?」


そこでマサキは思い出す。


歯車がカチリと噛み合った気がした。


それからは早かった。マサキは両手に一つずつ白球を持つと、アカリに「ちょっと行ってくる!」と声を掛けてから梯子を登り、小屋の外に出て、戦場目掛けて全力で走って行った。


残されたアカリは力尽きたように倒れ、ピクピクと痙攣していた。





昔、マサキには夢があった。


会社員なんて堅実なものではなく、プロ野球選手やサッカー選手になるなんて現実的なものでもない。日本人が大統領になることと同じくらい荒唐無稽なそんな夢だ。


マサキはヒーローになりたかった。


悪者を倒して、誰かを助ける。日曜午前中に放送されているような、そんなヒーローだ。


幼い頃誰もが抱き、時が経つにつれて現実を知り、自然と捨ててしまった、そんな夢。マサキも例に漏れず、いつの間にか忘れてしまった。


少し大きくなって、新たな夢を抱いた。


誰かのために全力になれる、そんな格好良い物語の主人公だ。


でも、物語なんて嘘だらけ。現実の人間はこんなに格好良くない、モテない、何より、他人のために命を懸けられる訳がない。


人のために命を捨てた人の話は勿論聞いたことはある。しかし、その話はマサキにとって、小説と変わらない夢物語だ。会ったこともない人の話を聞いたって、現実味に欠ける。


そして、心の奥底に封じ込めたまま、いつしか、マサキは夢を抱いていたことさえ忘れていた。





マサキは、切っ掛けが欲しかった。経歴を高卒で止めなかったのも、大学に行った方が就職に有利だからという理由だけでなく、それを期待してのことだ。


怠惰な自分でも、自分の人生を賭してでも叶えたい、そんな夢が見つかれば、頑張れるのではと。


切っ掛けさえーー夢さえあれば。


夢なんて、最初からあったにも関わらず。


物語の主人公に憧れた。格好良くて、モテて、何より、他人のために命を懸けられる、そんな主人公だ。


いつの間にか、諦めていた。


物語はフィクション。本気でそれを目指すなんて、馬鹿らしいと。現実的ではないと。そう、思い込んでいた。


だから、見知らぬ人のために命を賭けたエレミア達を実際に見たにも関わらず、常識的に考えて自分にできる訳が無いと、何もしないまま諦めた。


夢を封じ込めようとしたのは、夢が欲しいと思っていたはずの自分自身。


生き物を殺したことが無い?そんなもの、誰だって最初は、生き物殺したことなんて無い。


命が大事?エレミア達だって、命が要らないなんて思ってないだろう。


足手まとい?言っちゃ悪いが、いくら剣を持っているとは言っても、リックは素人だ。戦力的にはマサキと大差ない。


常識的に考えて、小説の主人公のようになれる訳が無い?お笑い種だ。元の世界の常識で考えていたなど。


ここは異世界。マサキの夢を否定するものなど無いだろう。


つまるところ、一番大事なのは一点。


助けたいか、助けたくないか。それだけだった。


そして、マサキは助けたい。それなら、それで良い。十分だ。


マサキは走る。知り合ったばかりの仲間のために。まだ会ったこともない御者の青年のために。


そして何より、自らの『夢』のために。


アレク達が、ゴブリンと戦っているのが見える。多勢に無勢、圧されているようだ。途中で地面を這っている何者かを見た気がしたが、急いでいるので無視する。


そして、ゴブリンとアレク達の白兵戦が始まるかというその瞬間。


「おらぁぁぁぁぁ!」


マサキは全力疾走の勢いのまま、白球を全力で投げた。


球は放物線を描き、ゴブリンの群れの中に落ちると、破裂する。


空気中をミントのような香りが漂い、それを吸ったゴブリンが次々に苦悶の声を上げ、悶絶した。


マサキは突然の出来事に驚くアレク達の下へ急ぐ。


「アレクさん!リック!」


アレクは自分に向かって走って来るマサキに気付くと、大声で叫んだ。


「向こうにエレミアがいる!そっちに加勢してくれ!」


それを聞き、マサキは走る方向を修正した。悶絶したり、パニックを起こして逃げる者が続出しているゴブリンの群れを突っ切って、エレミアの下に急ぐ。





エレミアは突然の出来事にも動じずに、逃げる者は無視して、悶絶するゴブリンだけを次々に撃ち殺していく。


そして、弾が無くなった拳銃を下ろし、再び脚を動かそうと意識を集中しようとした。


そのとき、何かが自分のところに走ってくるのに気付き、警戒する。しかし、ゴブリンにしては大きいことに気付いて直ぐに警戒を緩めた。


「エレミアさん!」


来たのがアレクやリックではなく、マサキであることに気付くと、エレミアは困惑した。


何故こんなところにいるのか。小屋の中で待機しているのではなかったのか。


そしてふと、この事態を引き起こした原因を直感する。


「これは、貴方が?」


エレミアは確信していたが、一応聞いた。


「はい」


どうやったのかは分からないが、マサキはエレミア達の危機を救ったらしい。


「ありがとうございます。お陰で助かりました」


エレミアの言葉に、マサキは笑みを浮かべた。先程のものとは大違いの晴れやかな表情だ。どうやら、迷いは吹っ切れたらしい。


「立たないんですか?今のうちに逃げないと」


「それが、何故か力が入らないのです」


それにマサキは驚き、エレミアの脚に視線を向けた。怪我が原因ではないので、外から見ても分からないだろうが。


エレミアはどうすべきか考えようとしたところで、ふと、辺りに満ちていた匂いが薄くなっていることに気付いた。


見れば、逃げずに残ったゴブリン達が涙を流しながらエレミア達を睨んでいる。その目には憎悪が渦巻いていた。


マサキは、右手に持っていた白いボールのようなものをゴブリン達に投げつけた。ゴブリンには当たらなかったが、球は破裂し、再び辺りに匂いが広がる。


エレミアは、これがゴブリン達の異変の原因だと推測した。


しかし、ゴブリン達は僅かに唸っただけで、効いた様子は無い。


マサキは分かりやすいほどに動揺している。先程まで効果は抜群だったのが、いま一つ程度まで落ちているのだ。無理はない。


加えて、自分は逃げられず、マサキは他に何か方策があるという様子もない。


エレミアは冷静に状況を分析し、判断する。


「マサキ、私のことは気にせずに逃げてください」


その言葉に、マサキは振り向いてエレミアを見る。


エレミアはもう決めていた。手には隠し持っていたナイフがある。これで、少しくらいなら抵抗できるだろう。


自分は死ぬだろうが、もしかしたらマサキだけは逃げられるかもしれない。


しかし、マサキは一向に逃げ出すそぶりを見せなかった。


焦れたエレミアが急かそうとすると同時に、決然とした声が聞こえた。


「嫌です」


予想外の拒絶。エレミアは焦った。


「ここには!貴方にできることはありません!逃げなさい!」


強くマサキを叱咤する。しかし、マサキは既に走り出していた。逃亡するためではなく、ゴブリンに立ち向かうために。





エレミアの制止を振り切ったマサキは、がむしゃらにゴブリンの群れへ突っ込んでいった。


飛びかかってきたゴブリンを殴り飛ばす。その後、左前方にいたゴブリンに蹴りを放った。


それを躱され、体勢を崩したところに、棍棒の一撃。腹を叩かれ、マサキは地面に仰向けに倒れた。


倒れたマサキの下へ、ゴブリン達がどんどん群がっていく。


暫くして、マサキの姿は完全に見えなくなった。





混乱に乗じて、ばらばらになったゴブリン達を各個撃破していたアレクは、慎重に、迅速にゴブリンを背後から襲い、首を掻っ切っていく。


周りにいたゴブリンを粗方殺し終え、辺りを見渡すと、エレミアから少し離れたところでゴブリンが何かに群がっているのを発見した。


嫌な予感がして、アレクはリックを探す。


リックは直ぐに見つかった。無抵抗のゴブリン達を躊躇無く斬り裂いている。その姿に、アレクは戦慄した。


「リック・・・容赦ねえな」


自分が心配していたことは何だったのか。アレクは呆然としてしまったが、それも一瞬。直ぐに我に帰ると、リックに向かって大声を出した。


「リック、あそこだ!」


アレクは緑の塊を指差す。リックがそちらを向いたのを確認すると、すぐに走り出した。


「やめろっ、それはっ、いやぁっ!」


マサキの悲鳴のようなものが聞こえる。


早く助け出さなければと、アレクは全力で走った。


群がるゴブリン達を、アレクはナイフで首を切っていく。マサキに夢中なのか、こちらには目もくれない。


「やめてぇっ、そこはっ、だいじなっ!」


まだ声を出せているのを聞き、今助け出せば間に合うと、アレクは焦る。悲鳴にしては妙に余裕があるような気がするが、それは気のせいだろう。


アレクの反対側で、リックは剣で袈裟斬りに、次々とゴブリンを斬り裂いていた。二人は、ゴブリンを挟みうちにするようにして、見る見るうちに殲滅していく。


そして、後少しというところで、



「アッーーーーーーー!」



マサキの断末魔が辺りに響き渡った。


「マサキィィィィ!」


アレクは自らの安全もそっちのけで、ゴブリンに斬りかかっていく。


ゴブリンも漸くアレクに気付いたのか、振り返るがもう遅い。碌に抵抗もできずに殺されていく。


そして、ゴブリン達の屍を踏み越え、アレクが見たものはーー



パンツ一丁でうつ伏せになり、ピクピクと痙攣するマサキの姿だった。



マサキの周りには四散した服の欠片が散らばっている。それは攻撃の苛烈さを、マサキ本人よりも物語っていた。パンツだけは何故か無事だが。


不思議なことに、マサキの体には傷一つ付いていない。心の方は分からないが、少なくとも体は無事だ。


余りに予想外の光景に、アレクは当惑し、倒れ伏しているマサキを指差した。


「これ、何?」


それに答えられる者は、その場にはいなかった。

案外あっけなく戦闘が終わってしまいました。相手がゴブリンだったからなのか、それとも作者の想像力が原因なのか・・・

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