無題
戦闘描写に分かりづらいところがあるかもしれません。指摘していただけたら、嬉しいです。
マルク・デールは商人だ。
だが、商人とは言っても、文字を書くだけで商品を東西南北、様々な所へ届ける大商人ではなく、吹けば飛ぶような行商人だ。
しかし、マルクはそれで良いと思っていた。
生活資源が無く困窮する村へ物資を運んだときの村人の喜ぶ顔に比べたら、目先の金など、マルクにとって、これっぽっちも価値があるものではなかった。
仲間の商人達は、殆どがそんなマルクを蔑んだり、負け犬だと嘲笑したりしたが、マルクは一向に気にしなかった。
そんなマルクだが、近頃はある悩みを抱えていた。
最近、何故か魔物の活動が活発になり、傭兵を雇わなければ、安全に行商ができなくなったのだ。
マルクの行商路に出る魔物は、ゴブリンなどの、魔物の中では一番弱いとされるランク1の魔物で、マルクでも、一匹程度なら相手にできるくらいだ。
しかし、ゴブリンは群れる。二匹だけでも勝てるかどうか分からないのに、群れたゴブリンになど勝てる訳がない。
故に、戦力を金で補わないといけないのだが、それはできなかった。
マルクの取引先は、エルリア王国の中でもかなり貧しい村々だ。今の値段でも、何とかやっていける程なのに、今以上に商品の値段が上がったら、忽ち村の生活は立ち行かなくなってしまう。
マルクはそこで選択を迫られた。安全を採るか、信頼を採るか。
そしてマルクが選んだのは、勿論ーー
「ありがとうございます。これで今年も冬が越せます」
村を発つマルクを見送りに来た村人達から、何度も何度も感謝され、マルクは照れくささに顔を赤らめた。
「マルクさんがいなかったら、この村はとっくに滅びていたことでしょう」
村人達からの感謝。これがマルクにとっての何よりの報酬だ。これまでにないほど周囲を警戒をしながら、決死の覚悟でここまで来た甲斐があるというもの。
「マルクさんはこの村の救世主です」
しかし、
「国は税金を取るばかりで、こんな辺境の村には何もしてくれません」
流石に、そろそろ、
「ああ、マルクさんが王様だったら良かったのに」
止めなければ不味いと思い、マルクは口を開いた。
「冗談はさて置き、そろそろ出発しなければマズいので」
村人達が小さく、「冗談ではないのですが」と呟いたのには気付かない振りをして、マルクは御者台に登った。
「それでは皆さん、また来る日まで、元気にしていて下さい」
そして、マルクが手綱で馬に指示を出そうとしたところで、一番前にいた村長が声を掛けてきた。
「マルクさん」
マルクは村長の方を見る。
「最近は魔物の活動が活発になっているようです。お気を付けて」
マルクは、自分のことを案じる村長の言葉に、心からの笑顔を浮かべて、「ありがとうございます」と言ってから、馬に指示を出した。
馬車が見えなくなるまで、村人達はずっと感謝の言葉を投げ掛け、手を振り続けた。
帰りの道程の四分の三を消化したところで、マルクは、何とか無事に帰れそうだと安堵した。
しかし、それがいけなかった。
余裕が油断を生んだ。拠点の街近くの森に入る前に、マルクは、森が妙な雰囲気に包まれているのに気が付かなかった。
そして、森の中を進んでいたとき、道から少し離れた場所にある茂みが不自然な揺れ方をし、マルクは漸く異変に気付く。
|(そういえば、今日はやけに鳥達が静かだ。何か森の中で異変が⁉︎)
マルクが気付いたときには、既に手遅れだった。
突然、一つの緑の塊が、馬の少し前に飛び出してくる。
「ゴブリン⁉︎」
その姿を確認するや否や、マルクは右手を手綱から離すと、腰に付けていたポーチから、白い球を取り出して、ゴブリンに投げつけた。
ゴブリンは横っ飛びでそれを躱すと、再び、道の脇の茂みに隠れた。
地面にぶつかった球は破裂し、辺り一帯を独特の匂いが包んだ。周りの茂みからゴブリンの苦悶の声が上がる。
マルクが投げたのは、破裂するとゴブリンの嫌いな匂いを周辺に広げる、いざというときのためのものだ。
殺傷能力は皆無だが、ゴブリン避けにはなるので、マルクは行商を始めた頃に買い、そのまま使われずに倉庫で腐っていたものを、一応持ってきていたのだ。
手綱で馬達に、もっと速く走るよう指示を出す。この森を一旦抜ければ、ゴブリン達も諦めるはずだ。
森を抜けるまでに、しつこく追いかけてくるゴブリン達へ匂い球を惜しみなく投げていく。そして、最後の匂い球を投げたところで、森の出口が見えた。
マルクはラストスパートとばかりに、馬を急がせた。
そして、森を抜けたときに「流石にもう追ってこないだろう」と思ったのも束の間、後ろから雄叫びが聞こえ、マルクの顔から血の気が引いた。
「まだ追ってくるのか⁉︎」
通常、ゴブリンは森の中に住んでおり、森を通る人間を度々襲う。しかし、隠れる場所のない平原に出てくることは滅多になく、それは獲物を追っている最中でも変わらない。
例外は、森に食べ物がなくなったときと、群れの仲間が傷付けられたとき。今の季節は夏。森に食べ物が無いなんてことは無いだろう。
だとすれば、
「誰かが、ゴブリンに何かしたのか⁉︎」
最近は傭兵の需要が増えている。この辺りにいる魔物はゴブリンくらいなので、少し腕に覚えのある者が、小遣い稼ぎに雇われることもあると聞く。そういう者は大抵、ゴブリンを討ち漏らしたりして、他の者に迷惑をかけるので、傭兵ギルドが取り締まっているのだが、傭兵は一番ランクの低い星一つでも賃金が高い。なので、安く雇えるモグリの傭兵は次から次へと湧いてくる。
捕まえようにも、怪しい者に片っ端から「お前は傭兵か」と聞いたとして、「ただの乗客」と言われてしまえば、真偽がどうであれ、止めることはできない。
そんな私利私欲のとばっちりを現在進行形で受けているマルクは、泣きたい気持ちだった。
しかし、泣いたとしても、事態が解決に向かうわけではない。寧ろ悪化するだけだ。
マルクは、先ほどから全力で走らせている馬達の様子を見て眉を顰める。
「まずいな。あの小屋まで頑張れるか?」
馬達は苦しそうに息を吐いているが、主人の言葉に、「まだいけるよ」と鼻を鳴らした。
少しずつ、ゴブリンと馬車の距離が広がっていく。
マルクは後方を確認して、「いけるか⁉︎」と思ったところで、その希望は無慈悲に打ち砕かれる。
小屋まであと少しというところで、馬よりも先に、荷台の車輪が音を上げた。
片方の車輪が外れて、荷台が傾く。異変に気付いたマルクは、咄嗟に御者台から飛び降り、地面を転がった。
体の痛みに呻くが、そんな暇は無いと自分を叱咤し、マルクは立ち上がろうとする。が、右の足首に激痛が走り、崩れ落ちた。
「ああっ、くっ」
見ると、右足が血塗れになっていた。
立ち上がるのを断念したマルクは、壊れた馬車を見る。そこでは、馬達が、荷台が壊れたのにも気付かず、必死に前に進んでいた。
その様子にマルクは申し訳ない気持ちになった。不甲斐ない自分のせいで、あの健気な馬達までゴブリンに殺されてしまうかもしれない。
マルクは追ってくるゴブリン達の方を向き、腰から小さなナイフを出した。
ゴブリン達の標的はマルクらしい。馬車の方には目もくれず、マルクの方に向かって走ってくる。
他の人間が何かをしたのであって、自分がゴブリンに何かをした訳ではない。完全にとばっちりだ。勘弁して欲しかった。
勝てるはずがない。生きて帰るのも無理そうだ。だが、せめてもの意地に、マルクはナイフを構える。
ゴブリンとの距離が縮まる。マルクは静かに、迫ってくるゴブリンを見ていた。
今までのことが、次々頭に浮かんでは消える。自分の親、商売について教えてくれたギルド長さん、いつも明るいギルド長の娘さん、気心の知れた商人仲間、取引先の村人達。
そして、ついに先頭のボスと思しき、他のよりも体が一回り大きいゴブリンがマルクに飛び掛り、マルクが死を覚悟した。
その瞬間。
突如、何かがマルクの頭上を物凄いスピードで通過した。それは、空中にいたゴブリンを跳ね飛ばし、そのままゴブリンの群れの向こうへ飛んでいった。
突然の出来事に、マルクはゴブリンを迎え討とうとした体勢で固まる。
そして、慌てて飛んでいったものを見ようとするが、ゴブリン達が邪魔で見えない。
「な、何なんだ?」
ゴブリンのボスは怒っていた。
自分達の仲間のうち、群れから逸れた一匹が帰ってきたと思ったら、人間に襲われたというのだ。
それを聞いたボスは憤慨し、人間達に復讐するため、群れを率いて行動を開始した。
そして、森に入ってきた馬車を見つけ、襲撃しようとしたのだが、馬車に乗った人間が何かを投げると、突然涙が出るほどの刺激臭が襲ってきたのだ。
それから何度か馬車に近寄ろうとしたが、その度に刺激臭がゴブリン達を襲い、遂には森からの脱出を許してしまった。
いつもなら、ここで諦めて別の獲物を探し始めただろう。
しかし、今のゴブリン達は違った。仲間を傷付けられた挙句、何かで酷い目に合わせられたのだ。我慢できるはずがない。
ボスは先陣を切って、森から飛び出す。
ゴブリン達はボスの後に続き、馬車を追うために平原に出る。開けた場所に、本能的に忌避感を覚えるが、怒りに染まったゴブリン達は気にせず馬車を追いかける。
そして、馬車が横転し、人間が飛び出したのを見た。その場で動かない人間に、遂に追い詰めたぞと、一斉に押し寄せた。
先頭を走るボスは、他の者より体が大きく、足も速い。故に、群れから突出してしまっていたのだが、元より戦術など皆無。ただ、本能のままに敵に向かって突き進んだ。
そして、ボスは憎っくき人間に飛び掛かる。眼下の人間が尖ったものを構えていたが、そんなもの恐るるに足らなかった。
それがボスの見た最後の光景となる。
途轍もない衝撃が体に伝わるや否や、ボスの意識はこの世から消滅した。
ゴブリン達は、自分達のボスが突然跳ね飛ばされたのに驚き、止まった。そして一斉に振り向くが、最前列を走っていた者は、前にいた者が邪魔で、ボスがどうなったのか見ることはできなかった。
一方、後ろの方にいたゴブリン達は、その光景を見て硬直する。
そこには、黒服の上に鎧を着た金髪の女が膝をついており、その向こうには首を吹き飛ばされ、胴体だけとなった自分達のボスだったものが転がっていた。
エレミアは、このままでは自分が追いつくよりも早く、先頭の少し大きいゴブリンが馬車の御者の青年の下へたどり着くと予測し、脚に力を入れた。
エレミアのチートは身体強化。この上なくシンプルなものだ。しかし、それはマサキが想像していたように、簡単に使えるものではない。
強化された体を使うのは、元の世界では体験したことのない、変な感覚なのだ。
無意識に動かしていた体を、意識的に動かすような、そんな未経験の感覚。
走るなどの単純な運動はまだできる。しかし、技量をそのままに、強化された体で戦うのは、鍛錬すればできるようになるだろうが、今は無理だ。
そのため、できれば使いたくないのだが、やむを得ない。
そして、先頭のゴブリンが、御者の青年に飛び掛った瞬間。
エレミアは体を強化し、発進する。
後方のアレクとリックが消えたと錯覚する程の速さで御者の青年を飛び越え、空中にいるゴブリン目掛けて跳び蹴りを放った。
跳び蹴りは見事、ゴブリンの頭を吹き飛ばしたが、エレミアは空中で体勢を崩し、地面にうまく着地できずに転がった。
何とか片膝立ちで止まったが、エレミアはうまく着地できなかったことが不満だった。
「まだまだ修行が足りませんね」
そして、自省するが、それも一瞬。直ぐに気を取り直して、エレミアは立ち上がろうとした。しかし、脚にうまく力が入らず、また片膝立ちに戻ってしまった。
「これは⁉︎」
突然の体の不調に、エレミアは動揺する。まるで麻痺してしまったかのように、脚を動かすことができなかった。
ゴブリン達は、自分達のボスが殺されたのを見て、戦慄し、動くことができないでいた。怒りの熱も、急速に冷えてしまっている。
指示を仰ごうにも、肝心のボスは真っ先にやられてしまっている。強いリーダーのお陰でなけなしの統制が保たれていた群れは、完全に浮き足立っていた。
故に、襲いかかりもせずに、突然現れたエレミアの様子を伺っていたのだが、エレミアの動揺に気付いた数匹が、野生の勘でこれはチャンスだと直感し、エレミアに攻撃を仕掛けるべく走り出した。
最初の数匹に釣られるように、ゴブリン達はエレミアに押し寄せていく。
しかし、それはまたしてもエレミアによって止められることとなる。
「仕方ないですね」
エレミアが動揺したのは一瞬だった。脚が使えないと分かると、右手を腰に回し、一丁の自動拳銃を取り出した。そして、左手を地面について体勢を安定させ、エレミアに向かって走り出した数匹に向かって発砲する。
先頭の数匹が吹き飛び、それを見た後ろの群れの足が止まった。
撃たれたゴブリン達は即死した訳ではない。肩や腹を撃ち抜かれた激痛にのたうちまわりながら絶叫している。
それが更に群れに恐怖を蔓延させ、足止めの効果を増やしていた。
元の世界の人類が開発した文明の利器は、異世界でも十分通用するようだ。
かといって、エレミアに余裕があるという訳ではない。
手持ちの弾は残り三十発程度。これでゴブリンの群れを全滅させる事など不可能だ。目算だが、五十匹以上はいるように見える。残りの弾全てを外さず、且つ即死させたとしても、殲滅は不可能。というか、そもそもそんな神業、エレミアにはできない。
ならば、拳銃の脅威を植え付けて、撤退させるしか道は無い。
「向こうの二人は頑張っているようですが、流石にこの数相手では分が悪いですね・・・」
ゴブリンの群れの向こうで、御者の青年を背に戦っているアレクとリック。
突出しているゴブリン数匹を相手に、今はまだ善戦しているようだが、混乱しているゴブリン達が押し寄せてきたら勝ち目は無い。
「このままでは・・・」
勢いを盛り返したゴブリン達が、再びエレミアに襲いかかってくるのを拳銃で迎撃しつつ、エレミアは焦燥感に駆られながら、頭をフル回転させ、解決法を模索した。
突然消えたエレミアに驚きつつ、アレクとリックは更に走る速度を上げた。
「リック、俺が援護するから、俺が撃ち漏らしたの殺ってくれ」
アレクの言葉に、リックは「分かった」と返す。アレクは一瞬、その頼もしい返事とは裏腹に、暗澹たる気持ちを抱くが、直ぐに振り払う。
「俺達は、あの御者さんが逃げるまでの時間稼ぎだ。それが終わったら、あの小屋に撤退する」
頷くリック。アレクは、リックの理解力や意志の強さに感心しつつも、つい眉を顰めてしまう。
リックは子供だ。ケンカくらいはしたことがあるだろうが、そんなものは今、当てにならない。
これから始まるのは、獣と人間の殺し合い。命と命の真剣勝負だ。勝敗が死に直結する世界。少しのミスが命取りになる。
エレミアという戦闘のプロが許したのだ。何かあるのだとは思う。
しかし、アレクは一抹の不安を拭えない。子供なのだから技量不足は当たり前だ。だが、それを抜きにしても、懸念はある。
リックは剣を持っている。重そうな剣だが、右手に剣を持ちながら、姿勢を崩さず走っている様子を見ると、案外軽いらしい。切れ味が悪いということはないだろうが、もし悪かったとしても、あの緑のが持っている棍棒というか、木の棒よりはマシだろう。
ただ、剣を振れたとしても、それで生き物を躊躇なく殺せるかは謎だ。況してや、あの緑のは、基本的なパーツは人間と同じだ。殺すのは容易くない。
正義感のようなもので、気持ちを奮い立たせているようだが、それだけで殺せるのか。子供だからできそうな気もするし、逆にできなさそうにも思える。
そして、子供にこんなことをさせるしかない自分の不甲斐なさを、アレクは情けなく思った。
自分は"あの人"のようにはなれそうにもないな、と自嘲の笑みを浮かべる。
「ま、俺がついてるから大丈夫だ。俺より強いエレミアもいる。なんなら、休んでてもいいぞ?」
努めて明るい声で言う。リックはクスリともしなかったが、張り詰めていた表情は若干緩んだようだった。
アレクとリックは、御者の青年を追い抜き、青年に背を向け、ゴブリン達と相対した。リックが前、アレクがその後ろという位置取りだ。
青年が驚いたような声を上げる。
「君達は・・・?」
アレクはそれに答えずに、振り向くと、一方的に青年に命令する。
「俺達が時間を稼ぐ。あの小屋まで走れ」
青年はその言葉に、困ったように言った。
「それが・・・右足を怪我してしまって、走るどころか、歩くこともできそうにないんだ」
「じゃあ、這ってでも逃げてくれ。あんたが逃げないと、俺達も逃げられないんだ」
それを聞くと、青年は「分かった」と短く言って、懸命に小屋を目指した。
残ったアレクとリックは、突然の闖入者を警戒するゴブリン達を前に、覚悟を決める。
「リック、相手は人間に似た奴らだが、躊躇うなよ?」
「迷わず殺せ」と言外に言うアレク。それにリックは答えず、じっとゴブリン達を見ていた。
「リック?」
やはり無理なのではと、アレクは心配する。
リックは小さく、「大丈夫です」と答えただけだった。
そんなリックの様子を見て、アレクは、いざという時は、何とかしてリックが逃げる時間くらいは稼ごうと決意した。
そして、ゴブリン達が動き出す。
最初は二、三匹。それに釣られてぞろぞろと、ゴブリン達が押し寄せる。
リックは先手必勝とばかりに拳銃を構えてゴブリン達を撃つ。突出していた数匹が吹き飛び、エレミアの時と同じように、ゴブリン達の足が止まる。
「このままじっとしててくれる・・・わけないわな」
が、直ぐにまた動き出した。どうやら、ボスを殺されたという衝撃がない分、アレクとリックの脅威度は、ゴブリン達に低く見積もられているようだ。
アレクは出し惜しみせずに弾を撃ち続ける。しかし、ゴブリン達の歩みは止まるどころか、寧ろ勢いを増していた。
「うわー。完全に逆上してるよ、あれ」
これはまずい。あの数に飲み込まれたら、戦う戦わないの前に、蹂躙される。一匹倒す間に十匹に殴られそうだ。
「逃げる訳にもいかんし、死んだかな」
アレクは薄く笑いながら呟く。今から逃げるのは無理。ならば、覚悟を決めよう。
ギリギリまで撃ち続けると、しまう手間も惜しいとばかりに拳銃を投げ捨てた。そして隠し持っていたナイフを腰から抜く。
迫るゴブリンに、リックは体に緊張を走らせ、剣を構えた。
アレク達とゴブリン達が衝突する、まさにその刹那。
上から何かが降ってきた。球状のそれはゴブリンの一匹に当たり、破裂した。
そして、辺りにミントのような香りが瞬く間に広がり、戦場の様相は一変した。