日常の終わりと異世界の始まり
放課後の帰り道、夕焼けに照らされた校舎を背に帰っていた日常の記憶、、、。
今、その日常が目の前で崩れ始めていた。それは何かを例えるための比喩表現などではなく文字通り2年間余りを過ごしてきた自分たちの学校が音を立てて崩れてゆく景色であった。
頭上には見間違うことのないであろうRPG好きならおなじみのワイバーンの群れ、そして廊下から漏れだすのはこの世のどの動物とも形容することのできないうなり声をあげる魔獣と恐怖におびえる人たちの声にもならない叫びの不協和音。どうしてこんなことになったのだろうかと、ぼんやりと霞がかっている記憶の回路をゆっくりとゆっくりとたどっていく、、、。
****************************************************
クラスの隅で目立たないように影を演じながらお気に入りの異世界転生もの小説を読んでいるのは、
クラスの中でもトップレベルの愛読家であり周りからは変人扱いを受けお世辞にもクラスに馴染んでいるとは言い難い佐々木セラだ。入学式から早2年と3ヶ月が経ち間もなく受験の夏がやってくるにもかかわらずあいもかわらず教室の中は1年生のころと同様に騒がしかった。佐々木セラはそんな周りの雑音を消すためにイヤホンをつける。耳に流れるのは大好きなRPGのゲームBGM彼は第三者から見ればクラスで浮いてしまった孤独な生徒に見えただろう、しかしこうやって音楽を聴きながら好きな小説を読むことは佐々木セラにとってどんなことにも代えがたい充実感を得る瞬間だったのだ。
ところがそんな幸せな時間は決して長く続いてくれるほど現実は彼に甘くない。
瞬間佐々木セラの耳からイヤホンが外れる。イヤホンの外れた耳から聞こえてくるのは、できれば丸一日その声を聞かずに生活できたらと思う奴からの声だった。「よ、セラ!先生がお前を呼んで来いって」そういって佐々木セラの机の前に立っているのはサッカー部のアイドル山川ショウタだった。佐々木セラは至福のひとときを邪魔されたことになにも不満な表情を見せることなく山川ショウタについていく、教室を出て廊下をしばらく歩いたところに人通りの少ない旧校舎へと続く長い橋がある。佐々木セラは職員室がそちらとは真逆にあることを知っていながらも山川ショウタの後をついて歩く。建物が急に年季を帯び始めたあたりの曲がり角で山川ショウタの態度が一変した、、、。
「おい、金よこせ!5千だはやくしろ」佐々木セラの胸ぐらを掴み脅すような声で金を要求するショウタ
そのことを日常の出来事であるかのようにただ平然と受け入れ財布から金を出す「今日は3千円しか入ってないんだ、、、これで見逃してくれないか?」文句を言うわけでもなく理不尽な要求に抗うでもなく佐々木セラの口はただ絶対的な強者からの許しを請うことに全力が注がれる。そんなプライド全てを捨てて頭を下げる青年に対して思いっきり腹に蹴りをいれるショウタ、彼はセラから金を奪い無言のままその場を去って行った。
腹についた汚れを払い落として教室に帰ろうとするセラの耳にショウタと彼の取り巻きのサッカー部員の声が聞こえる、「ショウタはまた根暗くんから金奪ってきたのかよw」ショウタはセラから奪い取った金を自分の財布に入れながら笑う「どうせ根暗くんのお金の使い道なんてオタクっぽい絵のついた中身スッカスカの安っすい小説とかなんだってwそれなら女の子とデートする俺が使ってやった方がはるかに価値のあるお金の使い道だと思うけどねw」その言葉を聞いて全く怒りがわかなかったと言えば、それはきっと嘘になるだろう。
だが、どんなに怒りが強く湧き上がっても長年この負け犬人生を続けてしまった佐々木セラの中の辞書に抵抗や復讐といった言葉は消えてなくなっていた。本当は目を向けて立ち向かわなければならない現実から逃げに逃げて自分の殻に閉じこもり好きなものや自分を裏切ることのないものだけに目を向ける生活がこれかからも続いていくのだ死ぬまで永遠に、、、。
5限の授業が終わりを告げるチャイムがなる。教室にいた生徒たちは各々部活動や委員会活動のための準備にとりかかり始め教室が慌ただしさを取り戻し始める。セラは重い腰を上げ下校しようと窓を見る誰かの「雨が降りはじめた」という声が聞こえる。傘を忘れたセラは雨が本降りになる前になんとか帰ろうと試みるがもう遅かった。雨はゲリラ豪雨のように強く降り出しその強風は窓ガラスをガタガタと鳴らす。セラは慌てる様子もなく、にわか雨だろうと思い再び自分の席に戻り座る。セラの予想通り雨は徐々に弱まり風も勢いを失っていく。雨が大量に降ったせいだろうか、霧が出始めどんどんと濃くなっていく。雨が止み絶好の下校チャンスを迎えたセラは足早に学校を去ろうとした。最高に落ち着ける愛しのマイホームが彼を待っている。ところがより一層濃くなる霧を無視しながら校門をくぐり学校の外に片足が触れる瞬間、セラの全身は再び校門の手前に戻されていたのだった。
*************************************************
佐々木セラはその突然の出来事に未だに理解が追いつかない状態にいた。ただその場に立ち続ける、彼の周りでは同じように校庭に出てきた生徒たちがセラと同じように校門をくぐり外に出ようとすると再び校門前に戻されるというループに混乱していた。
********************************************************
どれくらい経っただろうか、、、。最初はムキになって校門のループを繰り返していた運動部連中も20分ほどやり無理を悟ったのか一人また一人と諦めていった。もしかしたら、このまま食糧が尽きて餓死するまで永遠にこのままなのではないかと心配していたが、、結論だけ先に言うとそれは杞憂に終わったのだ。僕たちはこのあと数分後に餓死よりもずっと恐ろしい体験をすることになる。そして、このことをきっかけに大きな流れの中に巻き込まれていくことになるのだ。