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名前はまだ無い勇者譚

作者: 涼杜 紫苑

※ふざけまくってます、ごめんなさい

 王は、かつて魔王を倒した勇者とその仲間を城へと招集した。魔王が復活したためである。

「勇者よ、君が呼ばれたという事は何が起きたかもう分かっているだろう」

「はい、魔王が再び現れたのですね……」

 勇者は顔を伏せ、視線を落としながら言った。城に入る際、勇者は王の体に呪いが掛けられているという話を聞いていた。だが、その体は健康体そのものである。勇者の心の内にその一点が引っかかる。

「勇者よ、魔王を倒し私に掛けられた呪いを解いてくれ」

 王は穏やかな口調で勇者に命を下した。全裸で。

「……なぜ一糸纏わぬ姿なのですか?」

 おかげで勇者はもちろんのこと、勇者の仲間も誰一人として王を直視できなかった。屈強な剣士は視線を泳がせ、まだ幼さの残る魔術師は自身の両目を両手で隠している。

「これが魔王に掛けられた呪いなのだ。衣類を一切身に纏う事が出来ない」

 召使いが二人、王が普段付けているマントを王の体に近づける。するとマントはそれを拒絶するかのように反発し、窓から外に飛び去っていった。

「マントだけなら良かったのだが、上着も下着も飛んでいく始末だ。これでは人前に出ることすら叶わぬ」

「それが魔王の狙いなのでしょうか……」

「そうかもしれんな……。何にせよ早く魔王を倒してきてくれ。この街の郊外に魔王城内に転移するゲートを開設しておいた。そこから直接乗り込み早急に倒すのだ」




 勇者、剣士、魔術師の三人は誰が見ても気怠るそうな足取りで郊外へと向かって歩いていた。

「なあミランダ、魔王が復活したのはこれで何回目だ?」

「四回目です」

 勇者の問いに魔術師が答える。なぜか魔術師ミランダは初めて魔王を倒した後、美少女アイドルとして王国内で活動し、国民の人気を得ていた。

「だよなー。あんな魔王は二度と復活してほしくなかったんだけど。クレイもそう思うよな?」

「ああ、あんな魔王と戦うの事はもう無いと思っていたのだが……」

 クレイと呼ばれた剣士は勇者に同意した。彼は魔王初討伐の後、剣の道場を創立し今となっては王国内一の道場の師範となっていた。

「私もあの魔王なんか本当は見たくもなかったですよ!」

 魔王の陰口を叩いている内に三人はゲートに辿り着いた。三人の会話から察するならば辿り着いてしまったである。

「復活してしまったものは仕方ない。すぐに倒して俺達の日常に戻ろう」

 三人はゲートの上に乗る。ゲートが光の柱を天に伸ばし、三人の姿は光の中に消えた。




 転移が完了し、目を開いた三人の前に広がる景色は怪しげな火が灯る回廊でも、ましてや魔王の玉座のある広間でもなかった。

 床は平坦に切り出された中程度の石が敷き詰められ、壁にはいくつものシャワーヘッド。広々とした空間の中央に陣取るは民家のそれとは比べようもない程大きな浴槽。ただの大浴場だった。

「おい、風呂に転移したぞミランダ」

「どうやらあのゲート、細かく座標指定されていなかったようですね」

 勇者の口から溜め息が漏れる。それはクレイもミランダも同じである。

 浴槽の中央から聞こえてくるシャッシャッという音に気付いた三人は、その音を発する正体が何であるか瞬時に理解した。

「何であいつデッキブラシで風呂掃除してるんだ?」

「「さぁ?」」

 一生懸命に浴槽の底をブラシで磨いているのは魔王その人である。人ではないが。

「うぉ!? お前は勇者! 何でここにいるんだ!?」

「お前がいるからに決まってるだろ……」

 裾と袖を捲り、ブラシを片手に持った魔王は頭部に水色と白色のストライプ柄の布を被っている。

 それを見たミランダの顔が青くなる。

「どうしたミランダ?」

 ミランダはわなわなしながら魔王の頭を指差す。

「あ、あれ……私の……」

「な、何!?」

 魔王はキョトンとした顔でミランダを見ていたが、納得したというように手を打つと頭の布を指差した。

「これは今能力で移動させただけだ」

「な、何だと!? じゃあ今ミランダは」

 勇者とクレイは振り返ってミランダに視線を向ける。ミランダは膝の少し上くらいの丈のスカートを両手で押さえている。

「くそ、魔王め。何も変わってないな」

「変わってない? この我が一年ぶりに復活して何も変わっていないとでも思ったか!」

 魔王は不敵な笑みを浮かべる。

「クレイ、来るぞ。構えろ」

「ああ、言われなくとも」

 勇者とクレイは剣を構える。魔王の動きに注意を払い、隙を見せれば一息で葬る算段を立てる。

「復活を果たした我が力、特と味わうがいい!」

 魔王の動きに細心の注意を向けていた二人だったが、瞬きをした途端に魔王の姿を見失う。

「速い!」

 魔王が通った場所には残像が現れ、勇者達を撹乱する。

「復活した時に新たに高速移動を手に入れた。前回まではお前達の連携に苦しめられたが、速く動くことができれば得意の連携も崩せる……だろう」

「何で確信してないんだよ!」

「いや、ほらさ、速いだけじゃダメじゃん?」

 疑問形の魔王だったが、動きは本物。クレイが呟く。

「高速移動する魔王とは……小物臭しかしないのだがな」

「……はっ! 返す言葉が無かった!」

 高速移動しながらボケ続ける魔王に勇者は溜め息しか口から出るものが無い。

 魔王は攻撃することも無く元々立っていた浴槽の中央で高速移動を止める。そして手にしていたデッキブラシを一回転させると構えを取った。

「魔王のくせに、凄まじい気だ」

「ああ、凄まじい魔力ではないのが謎だ」

 二人の後ろにいるミランダはスカートを押さえたままである。

「どうでもいいから早く魔王倒しちゃってください!」

「無茶言うなミランダ。あの魔王、今から何かやる気だぞ」

 構えたまま魔王は目を閉じている。

「分かっているのだろう勇者よ。我が頭にこれを付けているという事が何を意味するのか」

 勇者はミランダを一瞥すると魔王に顔を向けた。

「ま、まさか」

 勇者の隣でクレイが息を呑んだ。

「そうだ、予想はつくだろう」

「そ、そんな戯言で俺の気は逸らせないぞ」

「ほう、そうか。ならば受けてみよ、蘇った我が会得した奥義を!!」

 魔王が目を見開く。その刹那、再び魔王の姿が消えた。目が慣れた勇者とクレイはギリギリその姿を捉えていたが、体が反応しない。人間が知覚してから反応するまでの速度を完全に越えている。

 勇者とクレイの間を高速で通り抜けた魔王はミランダの隣を通る瞬間にデッキブラシを振り抜いた。振り抜いたデッキブラシは何かを捉えるでもなく、空を切る。魔王はミランダの数歩後ろで停止した。

 勇者とクレイは消えた魔王を視界に収めるため振り返る。

 突風が巻き起こる。その風はミランダの両手ごとスカートを勢いよく捲り上げた。

「時渡る性のそよめき。これが我が会得した奥義」

「な……んだ……と……」

 何が起きたか理解したミランダはスカートを押さえ、悲鳴を上げる。

「おい、今の見えたか……?」

「あ、ああ。しっかりと……」

「「スパッツだ」」

 二人の腹部に氷塊が激突し、その衝撃で二人は壁に叩きつけられた。

「「がふっ!」」

 ミランダの放った無詠唱の氷属性魔法である。そして背後の魔王が炎に包まれる。

「え、我も? ウソだろ、我見てないから! 熱いって!」

 ミランダが無言で振り向く。魔王には、その姿が瞳から真紅の光を放つ悪魔にしか見えなかった。

「ま、待て。話せば分かる、そうだろう? 人は話せば分かりあえる、そうだろう?」

 そんな事を言いながら後ずさりしつつも、右手からは遠距離用の闇属性魔法が放たれている。しかし、その魔法は全て光の障壁に阻まれた。

「あなたは人じゃない、そうでしょう? なら話し合う必要は無い」

 ミランダは笑みを浮かべている。ただアイドルとして国民に見せる笑顔からは余りにもかけ離れている。

「待てよ、高速移動して逃げれば良いのか」

 魔王は高速移動で出口からの逃走を図る。だが、床に置かれていた石鹸を踏みつけ盛大な転倒事故を見せた。

「運に見放されるとは……」

「その石鹸、私が転がしておいた物ですけどね」

 笑顔を崩さないミランダに魔王は戦慄する。

「人間の女ってやっぱり怖い!」

「さようなら」

 ミランダの前に出現した魔法陣が光を放ち、その光は集束して魔王に襲いかかる。光属性の光線を受けた魔王はその身を焼かれ、光の奔流が収まる頃には完全に焼失していた。

 魔王を焼き尽くしたミランダは、その一部始終を見ていた勇者とクレイに声をかける。

「さあ、帰りましょう二人とも」

「「女って怖いわー」」

「何か言いましたか?」

「「いいえ、何も」」

 三人でゲートに向かおうとしたその時、大浴場の入り口が勢いよく開かれた。

「兄貴ー? 風呂掃除終わったー?」

 頭から角を生やした少女が大浴場に足を踏み入れた。

「あれ、勇者じゃん。何しに来たの? あ、まさか兄貴倒されちゃった?」

「え、まあ。倒しちゃったけど」

「マジで? さんきゅ。あの変態中二病ウザかったからさー。ところで勇者さ、ここに来たってことはさ、いよいよアタシと結婚する気になったということで良いのかな? 式はこの城で挙げようか。それで勇者は子ども何人が良い? 私は何人でもいいよ?」

 はにかんで見せる少女に勇者は体が震え始めた。

「おい、早くゲートに乗るぞ。俺の貞操が危ないと理性が叫んでいる」

 勇者は走ってゲートに飛び乗った。それに続きミランダとクレイもゲートに乗る。

「あ、待ってよ勇者!」

「無理だ!」

 再びゲートから光の柱が伸び三人を包むと、今度はゲートごと光の中に消えた。

「あーあ、行っちゃったか。やっぱり勇者は恥ずかしがり屋だね、かわいー」




 三人は無事に街の郊外に転移していた。

「危なかった。本気で危なかった」

「あのままくっついちゃっても良かったじゃないですか」

「さっきは悪かったから、冗談はよせ。勇者と魔王の妹なんて組み合わせあり得ない、それにあいつはタイプじゃない」

「はいはい、今度色々と奢ってもらいますからね。二人には」

「やれやれ、分かったよ。さて、王に報告しに行かないとな」




 勇者は王に魔王を倒したことを報告した。

 試しに王が服を着ようとすると、何の抵抗も無く着ることができた。王は着る物の偉大さを改めて知ったという。

 それから半年、ミランダはアイドルとしての多忙な生活に戻り、クレイは師範として日々の指導と稽古に勤しんでいる。

 そして勇者はと言うと、王に魔王の妹を討伐するよう任務を受け再び魔王城に訪れていた。しかし勇者が魔王城に辿り着いた頃には魔王城は蛻の殻と化し、魔王の妹は見つからなかった。

 玉座に張られている紙を勇者は手に取る。

『勇者へ。そろそろアタシの討伐命令が出てそうだから旅に出ます。もちろん勇者は探しに来てくれるよね、信じてるよ? 勇者はアタシのこと愛してるもんね』

「探しに行くと言えば行くけどさ、愛してるからではないぞ。ただの仕事だ」

 大きく溜め息を吐いた勇者は魔王城を後にするのだった。


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