Blue and White(1)
「――反乱軍は増える一方、武器を手に入れるルートも腐るほどある。それに比べて国軍は人員補充も補給もままならねぇ状況で、均衡を保つのもやっとこさだぜ。このままやっていけるのかねぇ。どう思うよ、博士」
ディルク・ハーセはトランプに興じながら、椅子に座ってコーヒーをすする“博士”にだらだらと質問を投げ掛けた。
それと同時に地べたに直接座り込んでトランプをしている三人――ディルクとエマ、それからザシャが、一斉に手持ちを開く。
「ストレートフラッシュ!? マジかよエマ」
ザシャが一本取られたとばかりに自身の額を叩き、エマが一瞬誇らしげな表情を浮かべた。
ふんと鼻を鳴らしてディルクは片膝を立てた。
「どべはお前だザシャ」
「くそー」
と、唸り声を上げながらザシャはトランプを全て集めてまた切り始めた。
それを静かに眺めていた“博士”がようやく口を開いた。
「デザートローグ隊諸君、ここは君たちの憩いの場ではないのだけどね」
「細けぇこと気にすんじゃねーよ、博士」
立てた膝に頬杖をついてディルクはニヤニヤと笑う。
「……その博士ってのやめてもらえるか。私はただの医者だからね、違和感しかない」
「あだ名だろ、あだ名。かっこいいじゃねぇか、博士って、なあ?」
「そっすよ博士。白衣も博士っぽいし。っていうかさぁ、さっきからオレ一回も勝てねぇの! 博士、なんかポーカーのコツとか知らねぇ?」
ディルクに同意したザシャがカードを配りながら尋ねた。
背が低く少し腹の出ている“博士”がやれやれとため息を吐く。
「コツというかそれってほとんど運じゃないのか? やったことないから知らんが」
「え、やったことないってマジっすか!」
「だから誘っても断るんだな。教えてやるぜ?」
「いや、結構だよ」
特に興味もないからねと付け加え、“博士”はぐいっとコーヒーを飲み干した。
つまんねーの、とディルクとザシャが声を揃えて言った。
そしてディルクは自分の手持ちを確認した。これならストレートを狙えそうだ。
さっきはエマに出し抜かれたから、今度は勝ってやると内心意気込んだ。トランプをする際の強敵は大抵エマで、まあザシャは論外だ。
ちらりとエマに目をやると、彼女は涼しげな表情で手持ちを見つめていた。
エマ・ダグラス。ディルクが隊長を務めるデザートローグ隊の中で唯一の女兵士だ。
茶髪のショートヘアーに、青緑色の瞳。眉毛はキリリと整っているが、いささか童顔である。
しかし常に無表情であり、感情の起伏が乏しい。
そんな取っ付きにくい印象の彼女を自分の隊に置いているのは、とある理由があった。
「ディルク、先の質問の答えだが――」
“博士”――ダン・エリオットが呟いた。
山札に伸ばしかけた手を止め、ディルクは顔を上げた。他の二人もダンに目を向けている。
ダンは白髪混じりの頭を掻き、縁のない眼鏡を指で押し上げた。
「私は何となくやっていけそうな気がしているけどね、君たちがいる限りは」
「おいおい、それは褒めすぎだぜ」
気持ち悪いなと言わんばかりにディルクは肩をすくめた。
「別に褒めてはいないよ。君たちの隊って被害が一番少ないじゃないか。どんな戦い方してるのかね?」
「なぁに、普通だよ。死にたくねぇから、必死にやってるってだけでな」
「そうそう。隊長の口癖が『死ぬことは許さん』なんすから。部下のオレたちも大変っすよ」
ザシャが揶揄っぽく言い、エマも小さく一言加えた。
「でも簡単に死ぬつもりもありません」
「おう、お前らはただでは死なねぇよな。さすが俺の部下だぜ」
ディルクが偉そうに言うと、ダンがふぅんと呟いてデスクにコーヒーカップを置いた。
「君たちの隊は信頼し合ってるんだな。隊員はほとんどディルクが引っこ抜いたんだっけ?」
「引っこ抜いたというか、無理矢理引き取らされたというか――」
デザートローグ隊は問題児が多かった。他の隊でケンカ騒動を起こした者や、作戦を無視して考えなしに突っ走っていってしまうような者などなど。大多数が一、二度の処分を食らっている。
ようするに、気の荒い(短い)兵が集まってできたような隊だった。
初めはそいつらをまとめるのにかなり苦労した。しかし押さえ付けるよりも兵士ごとの特性を活かすように方針を変えたところ、随分やりやすくなった。
元々危険を省みないような馬鹿ばかりだし、度胸だけは人一倍あったため、戦地でも前線に行くことが多い。
そのせいか、周りからは有り難がられる反面、デザートローグ隊の活躍が面白くないと不愉快な顔をされることを多々あった。
まあ隊員たちはそれすらも気にしてないようだが。むしろ誇らしげにしているやつらもいる。どれだけ馬鹿なんだ。
ディルクがやれやれと僅かに肩を落とすと、エマが心外そうにこちらを睨んだ。
「私は自らの意思で隊長の隊にきました」
「あーすまんすまん、そんな睨むな」
「あ、オレもオレも! デザートローグ隊ってなんか面白そうだったんで、わざわざ前いたとこで騒動起こしたんっすよねー!」
「エマ、人員補充の要請を頼む。今一人減った」
「っていうのは冗談でー、オレ補給とかより前線に出たかっただけなんすよー」
ぎゃははと大声で笑う彼、ザシャ・クレンクは元々首都の基地に所属していた。
首都基地のお堅い感じがどうも苦手だったと、ザシャは言った。まあそうだろうなとディルクも納得してしまった。
色素の薄い髪をつんつん立てていて、やんちゃな印象が強い。話すことも子供臭いし、感情も表に出すぎだしでトランプには向いていない。
エマとザシャの性格を合わせたらちょうどいいぐらいになりそうだ。
しかしザシャは仲間想いで隊のムードメーカー的存在でもあり、彼の明るさは少し救われるものがあった。
――ジリリリリリリリリリリ!
突然けたたましい警報音が鳴り響いた。条件反射のようにすぐ立ち上がったのはエマだけで、ディルクは「またか」と呟き、ザシャがげんなりと肩を落とす。
「急いでください」
そうエマに急かされ、二人はようやく重い腰を上げた。
足早に去ろうとすると、ダンが声をかける。
「無茶はするなよ、怪我して帰ってきてもお前らは診てやらんぞ」
「うわ、ひっでぇ!」
「エマは不調が出たらディルクに言うんだよ」
「はい」
小さく頷くエマを横目で見ながら、ディルクは口を開いた。
「行くぞ」
「了解っす」
三人は駆け足でその場を後にした。
基地司令官からは救援に行けと言われただけで、詳しい任務の説明は省かれた。各々、現場に着いてから判断しろという話だ。何と適当な任務だと自ずとイライラしながらディルクは基地の建物を出た。
既に用意されていた四輪駆動車に飛び乗り、ドアを勢いよく閉めてディルクは無線を取った。
「場所と状況を報告しろ」
『ハーセ大尉ですか! こちら西部第三地区、グレイフォックス隊。反乱軍との銃撃戦になっています!』
「西部第三地区だ、向かえ」
運転席に座ったザシャがアクセルを踏み、一気にハンドルを切ってUターンした。西部は車が向いている方向とは逆だったのだ。
車に激しく揺られながら、銃撃音の聞こえる無線に向かってまた問い掛けた。
「反乱軍の人数は」
『およそ百はいます! 二小隊が応戦していますが、敵の狙撃手が多く、建物から出られない状態です。こちらの被害も甚大で、うちの隊長も負傷しました……!』
「了解。うちの隊の他にどこの隊が支援に行くと?」
『北部よりコヨーテ隊、南部よりレッドウルフ隊です!』
「なんだ犬ばっかだな。了解した。狙撃手はこっちが対応してやる。西部まで十分だ、恐らくうちが一番早い。それまで何とか耐えろ」
『了解。お待ちしています!』
ディルクはガチャンと音を立てて受話器を置き、後部座席のエマから小銃を受け取った。カペル軍が現在主流に使用している小銃だ。軽量で使い勝手が良い反面、いささか脆く壊れやすい上に型が古い。
新式の小銃もあるが、こんな僻地にはなかなか数が配給されない。最前線にも関わらず、だ。
ディルクは小銃に手早く弾を詰めていった。
そして自身の腰に付けているホルスターから拳銃を取り出した。装填数は十二。こっちは昔から――軍に入隊した頃からの愛用品だ。
するとディルクは急に思い付いたようにザシャに言った。
「伏兵がいるかもしれん、走る道は選べよ」
「わかってます」
「そういや点呼取ってねぇが、まあいいか。いるだろ全員」
「隊長ってそういうとこホント適当っすよねー。エマが確認してましたよ」
前方を見たまま運転席のザシャが言うと、後ろでエマが頷いた。
「デザートローグ隊全隊員、後ろの車両に乗っています」
「気が利いてんな、ありがとよ」
ディルクは礼も込めて片手を上げた。
拳銃の弾倉を確認して安全装置をしっかり止め、またホルスターに戻す。
「狙撃手が出張ってるようだ。エヴァン、お前に任せるぞ」
ディルクはそう言って小銃を胸に抱えるように持ち、ちらりとサイドミラーを見た。
エマの隣、ディルクの後ろに座る男――ディルク達よりも先に車に乗っていた――が悠々と窓の外を眺めている。
エヴァンはにこりと笑って頷いた。しかし彼の視線は楽しそうに流れる景色を追っていた。
この隊に入った時からエヴァンは何を考えているのか分からなかった。にこにこと笑っているばかりで、全く喋ろうとしない。