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Desert rogue Ⅱ(1)

「――さん……王女さん!」


 頬をペシペシ叩かれてナタはハッと目を開いた。

 何故か目の前――頭上に車の座席がある。何が起きているのか分からなかった。


「王女さん、大丈夫か? 悪い、ちゃんと守ってやれなくて」


 緊迫した声のする方を見ると、パットの申し訳なさそうな表情がすぐ側にあった。

 そして彼の頭から血がポタポタと落ち、ナタはギョッとする。


「パット、血が……!」


 そう言えば王宮を出てすぐ、パットは念のためと言って自身のヘルメットをナタに被せたのだ。

 慌てて起き上がろうとしたが、動いた途端、背中に激痛が走った。思わず息が詰まり目をぎゅっ瞑ると、パットがナタの肩を押さえた。


「どっか痛むのか、無理に動かない方がいい。俺は頭を少し切っただけだから死にはしない。とりあえず外に出よう」


 そう言ってパットはドアの窓を外すために蹴り始める。

 ナタは痛む背中を庇いながら身体の向きを変えた。その時、運転席でぐったりしているザシャの姿が目に映り、背筋が凍った。


「ザシャ……!」


 彼の服を掴んで揺さぶってみるが彼はぴくりともしない。

 ナタは絶句した。ザシャが死んだ? うそだ。いやだ。

 出会ってすぐ親しくなり、楽しい話をたくさんしてくれたし、何度も励ましてもくれた。ザシャは兄のように思っていた。


――自分のせいで大事な人が死ぬ。


 混乱のあまり頭の中がぐちゃぐちゃになり、上手く息が出来なくなった。

 するとパットがナタの思考を読んだように言う。


「勝手に殺すなよ、そいつは気を失ってるだけだ。でも動かすのはやめておけ、俺らより重傷だからな。おっ、開いた」


 ガゴンと音を立てて窓ガラスが枠ごと外れ、パットが外へ這い出す。ナタは呆然としたまま彼を見送った。


――死んでない? 本当に?


 慌ててザシャの首筋に手を当てると、脈が感じられ、そして温かい体温が伝わる。

 何て早とちりをしたのだろうと、ナタはホッと胸を撫で下ろした。安堵のあまり涙まで浮かんできた。


「王女さん、出てこい」


 身を屈めてパットが言い、ナタはもたもたとそちらに這っていく。

 壊れた窓まで行った途端パットに腕を掴まれ、引きずるように車外に出された。

 それからナタはよろよろと立ち上がり、横転している自分が乗っていた車を唖然と見つめる。そして追従してくれていた他の車両もあちこちで煙を上げているのを、絶望にも似た心持ちで見渡した。

 あれらに乗っていた兵士たちは無事だろうか。確認して回りたいのだが、すくんでしまったのか足が動かなかった。


 どうしてこうなったのだろう。

 車はマウラへ向けて順調に進んでいたはずだった。囮役を買って出てくれたカールとエマから離れ、町を避け、遠回りして砂漠を走っていた――。

 そうだ、突然爆発が起きたのだ。あまりにも急だったため回避行動すらとれなかった。そしてこの有り様だ。

 不意に隣でパットがため息を吐いた。


「さて……敵は三人、かな」


 パットの視線の先に目をやると、黒づくめの彼らはいた。風が砂を巻き上げる中、虚ろな目でこちらを見ている。

 ファーバーの姿はないが、どうやら囮作戦も無駄だったようだ。

 例えパットが《術師》だとしても、ヴェネフィカスを三体も相手にするのは厳しいはずだ。するとパットがナタの腕を掴んで後ろへ引っ張った。


「後退するぞ」

「に、逃げるの?」

「正確にはカールさんたちと合流する。さっきの爆発に気付いてこっちに向かってるだろう」


 ナタの背をぐいぐい押しながら、パットは右手をヴェネフィカスらに向けた。

 すると突然カッと空が光り、巨大な落雷がヴェネフィカスたちを襲った。バリバリと激しい放電が起こり、その轟音にナタは耳を塞いで悲鳴を上げた。あまりの眩しさに周りの景色が一瞬消えたような錯覚にさえ陥った。

《雷術師》と聞いていたが、本当に雷雲もないところで雷を起こせるのだなと、ナタは頭の隅で妙に冷静考えていた。

 その間もパットはナタの背を押して早く歩くよう急かし続ける。


「ま、待ってパット! ザシャたちは置いていくの!?」

「あいつらの攻撃に巻き込まれるよりはマシだろ。あれの狙いはあんただ。だったらここを離れるよりほかはない」

「でもっ」

「いいか王女さん、一人相手なら俺だけでも何とかやれるかもしれんが、あんたを守りながらのこれは分が悪すぎる。第一俺は防御ができねえ、付け焼き刃だからな」


 早口でそう言ってパットは何故か攻撃の手を緩めようとしない。

 落雷の眩しさのせいで何も見えなかった。


「こっちが攻撃してる間は、あいつらは防御に徹すると聞いた。だから俺は攻撃に徹するから、王女さんは前見て進め。ただし、俺から離れすぎるなよ」

「……わかった!」


 ナタは頷いて身体の向きを変えた。その時また背中が鈍く傷んだが、そんなの気にしていられない。

 砂に足を取られようが、砂塵が目に入ろうが、進み続けなければ。自分は死んではいけないのだ。それだけは、自ずと理解していた。

 恐怖してばかりはいられない。カールやエマと合流できればいい。希望はまだあるのだから。そう必死に言い聞かせ、己を奮い立たせて足を進める。

 背後で何度目かの雷鳴を聞いた時、ふと前方に黒っぽい小さな影が見えた。カールたちが追いついたのかと思い目を凝らしてみるものの、その影はその場から動いていないように見える。

 不審に思い、ナタは後ろのパットを呼んだ。


「パット、あれ何だろう」


「あ?」とパットが訝しげに振り返った。まさかたったそれだけの行為が油断となるとは――。

 突然、爆発音と共に傍らにいたパットが吹き飛ばされた。彼の身体は人形のように宙を舞い、ナタからだいぶ離れた地面に叩きつけられ、そして倒れたまま動かなくなった。

 その一部始終を目撃したナタの喉の奥から、声にならない悲鳴が飛び出した。


 自分がパットを呼んだせいだ。自分のせいでパットを、あのような――。

 気付いたらナタはその場にへたり込んでいて、口元を両手で押さえてガタガタ震えていた。

 もう嫌だ。何故自分だけが助かり、周りの、大切な人たちが負傷して死んでいくのか。もう守ってくれなくていい。もう、自分なんかのために傷付かないで。


 ナタは側に近寄っている三体のヴェネフィカスを、怯えた目で見上げた。

 三体とも、赤い瞳には生気がない。虚ろで、何も見ていない。

 車を大破させてザシャたちを負傷させたことも、パットを吹き飛ばしたことも、どうとも思っていないような感情のない眼。

 ナタは全身の血の気が引いていくのを感じた。身体に力が入らなくて、逃げることすらできない。


――どうしてわたしはこんなにも無力なんだろう……。


 ナタは口元を覆っていた手を胸の前でギュッと握りしめた。

 せめてもう一度、マクシーネに会いたかった。

 そう思った時、ナタを取り囲むヴェネフィカスたちが一斉に手を上げた。彼らの胸元の《マテリアル》が鈍く光を放つ。

 ナタは俯いて、ゆっくり瞼を下ろした――。



 しばらく経っても何も起こらなかった。いや、もしかしたら痛みを感じることなく死んでしまったのかもしれない。

 それはそれで有り難いと思ったが、ナタの身体はまだ座り込んだ体勢のままだし、地面の砂の感触もわかる。

 ナタはぱちりと目を開いた。そして周りの様子を見て思わず首を傾げる。

 ドーム型の透明な壁がナタを覆っていた。その上、側近くにいたヴェネフィカスらがいつの間にか離れている。

 この壁が何なのかナタには分からない。手を伸ばして触れてみると、ひやりと冷たく、表面はとても滑らかだ。どうやら晶石でできている。


「彼女に手出しはさせませんよ」


 不意にどこからか男の声がした。壁を隔てているためくぐもってはいたが、安心感を覚えるほど優しい声だった。

 ナタは声の主を探して振り返った。ナタの後方に、白いローブで全身を覆った長身の男と、その隣に同じローブを着た少女が佇んでいた。

 彼らが助けてくれたのだろうか。しかし、一体誰なんだろう――。

 歩み寄ってきた二人はナタを挟んで両脇に立ち、ヴェネフィカスと対峙する。


「遅くなって申し訳ありません。貴女がカペル国第一王女殿下ですね」

「え……はい」


 ナタがおずおず頷くと、長身の男はこちらを見て柔和な笑みを浮かべた。


「間に合って良かったです。我々はアマリアから、貴方をお迎えに参りました」

「あ、アマリア……?」

「私はシキ、彼女はチカ。どちらも《術師》です」

「え、ええ?」


 淡々と名乗るシキの言葉をナタは上手く呑み込めなかった。

 アマリアから何故わざわざ《術師》が?

 訳がわからないといった表情をしていると、シキはクスリと笑う。


「説明は後にしますが、とりあえず私たちは貴女の味方です。まずはあの者たちを退けましょう。いえ、倒した方が早いかもしれませんね」


 そう言って、シキは被っていたフードを外した。頭の後ろで一つに結われた銀色の髪が風になびく様を、ナタは不思議な気分になりながら見つめていた。

 遠くにいる三体のヴェネフィカスは、シキたちを警戒しているのか、ただただこちらを眺めている。


「ところで、貴女の側には数名の《術師》がいると聞いていたのですが……あそこに倒れている彼がそうでしょうか」


 シキはおもむろにパットを指差し、ナタに確認する。


「ええ……でもヴェネフィカスの攻撃をもろに受けてしまって……」

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